廻れ、

- 廻 れ 、 廻 れ 。  時 空 よ 、 廻 れ -

-- 番外編:まつ 摺上原双竜陣03 --

前日に引き続き紅を乗せて遠出に出られる事にご機嫌の虎吉。
そんな彼の手綱を握り、紅は前を行く政宗の背中を見た。
一行が向かっているのは、奥州領地内の摺上原。
伊達が誇る、火を噴く竜の済む場所だ。
そうは言ってももちろん本物の竜が生息するわけではない。
口から勢いよく火を噴く竜の形を模した石像。
それが至る所に設置されていて、侵入者の進行を防ぐ、と言うものだ。
偶に目詰まりなどを起こし、竜が火を噴かないことがある。
その為、2ヶ月に1度ほどは点検を兼ねて双竜陣を動かすのだ。
どうやら、今がその時期だったらしい。

「運良くどこかで足止めでもされていたらいいんだけど」

そうはいかないだろうなぁ、と呟く。
伊達軍に野菜を育てる名人が居ると聞くなり、前田夫妻はその続きも聞かずに出発してしまった。
しかも、米沢城ではなく、紅が今向かっている摺上原の方角へと。
地理関係や距離から考えて、恐らく二人が摺上原を越えるのは今日の午後だ。
因みに補足しておくならば、現在時刻は正午よりも少し前。
一行が摺上原に到着するのは、午後になってからと予想される。

「うーん…。………氷景?」

どうしようか、と頭を捻り、とりあえず氷景を呼んでみる。
即座に姿を見せた彼は、紅の様子に苦笑を浮かべた。

「偵察か?」
「うん。一応、ね。元気が有り余っている人たちだから、何をするか…」

悪い意味ばかりではないけれど、そこは不安な所だ。
双竜陣を破壊されでもした日には、その修理に無駄な金を動かさなければならなくなる。
彼らの野菜に対する執念に火がついてしまう前に、何とか穏便に事を済ませたいものだ。
了解、と答えた氷景は、凍雲を呼ぶとその足に掴まって先を急ぐ。
それを見送った所で、紅は虎吉の足を速めた。

「政宗様。氷景を偵察に向かわせました」
「そうか。所で、さっきから何を悩んでんだ?」

気になる事でもあるのか。
そう問われ、紅は答えるかどうかを悩む。
答えても問題はないだろう。
冗談…ではないにせよ、野菜が欲しいと遥々やってきた二人を、鼻もかけずに突き帰すような人ではない。
逆に、笑って事を済ませてしまいそうだ。
いや、この場合は笑って楽しむ…だろうか。

「…実は―――」
「筆頭――――!!」

意を決して例のことを伝えようとした紅の声に重ねるように、向こうの方から走り寄ってくる兵。
顔を確認してみると、それは斥候として双竜陣に出向いていた者だ。
普段は使われていない双竜陣とは言え、何かあってはまずいと放っていた斥候が戻ったらしい。

「どうした?」

馬の手綱を引いて足を止め、駆け寄ってくる兵を見下ろす。

「双竜陣でやたらと強い女が暴れてます!」
「女ぁ?」

何で女がそんな所で…。
そう思ったのだろう。
それが表情に出ていた。
しかし、彼はそこで紅の存在を思い出したのか、彼女を振り向いてくる。
物言う視線に、彼女は頷いた。

「今まさにそれをお話しようと思っていました」
「ふぅん…それの原因、か」
「え?あ、いや…これは違う…事もありませんけれど。直接的原因ではありませんよ」

暴走させた馬を止めようとして、自分が怪我をしただけのこと。
彼らに傷つけられたわけではないのだが…事実は変わらないのかもしれない。
話しているうちにそんな風に思い出したのか、彼女の言葉は尻すぼみだ。
その思考が手に取るようにわかるのだろう。
政宗は口元に笑みを浮かべつつ、指示を待つ斥候を見た。

「適当に遊んでやれ」
「は!」
「あぁ、怪我はすんなよ。遊びで命を落とすなんざ、馬鹿のやる事だ」

そう言って笑い、斥候を見送る。
それから、政宗は馬首を返して小十郎へと向き直った。

「お前も行くか?小十郎」
「ご命令とあらば、いつでも」
「OK。なら、一の竜で止めて来い。相手は女だ。あんまり怪我はさせてやるなよ」

小十郎は政宗の命令に頭を下げた。
そして、そのまま馬の腹を蹴って双竜陣の方へとかけていく。

「お前が言おうとしてたのはこれか?」
「ええ、まぁ…」
「相手は何者だ?」
「前田家ご当主とその奥方です」

淀みなく答える紅に、政宗は軽く目を見開いた。
今ここでその名が出てくるとは思わなかったのだろう。
紅自身も、彼の反応に苦笑を浮かべる。

「…とにかく、こんな所で突っ立ってても仕方ねぇ。行くぞ」
「はい、政宗様」

馬を駆る彼に続くようにして、紅も虎吉の腹を蹴る。















前田家、と言うからには、それなりに相手を立てておくべきだろう。
とりあえず本陣を整えた紅は、政宗と共にそこにいた。
氷景からの報告により、二人が近づいてきている事は知っている。
さて、どうしたものか…。

「しかし、待ってるだけっつーのは暇なもんだな」
「将としてはこれが普通の事です。政宗様が飛び出しすぎるんですよ」
「奥で縮こまってても仕方ねぇだろ。将対将の一騎討ち。それで戦が終わるなら、それに越した事はねぇ」

彼の言い分も分からないではない。
将と将が一騎討ちにて戦の勝敗を分ければ、その下に居る兵達に被害は出ない。
被害を最小限に抑えるには、それが一番手っ取り早いのだ。
しかし、それには将たる者の実力がなければ不可能。
彼にはそれをなす実力がある―――だからこそ、敵陣に一人でも突っ走ってしまう。

「それで政宗様がお怪我をされては、意味がありません。ご自愛ください」
「それをカバーするのがお前らの役目、だろ?」

彼はそう言って不敵に微笑む。
全幅の信頼と取ってもいいのだろう。

「一騎討ちに手を出すなと言われては、守る事もままなりませんよ」
「それはお前…当然だろ。手を出されてたら一騎討ちの意味ねぇだろ」
「それはそうですけ―――」

けれど、と言う言葉半ばに、紅はそれを止めた。
近づいてくる蹄の音を聞きつけたからだ。
しかし、それが覚えのある音である事に気付くと、自然と握っていた剣の柄から手を離す。

「政宗様!」

本陣に戻ってきたのは小十郎だ。
やや草臥れた様子の着衣は、既に一戦を交えた後だと言う事を教えてくれている。

「どうした、小十郎。負けたか?」
「怪我をさせるなと言われておりましたので…退いて参りました」
「ほぉ…お前が怪我をさせずには止められねぇ相手か。…面白ぇ」

楽しみだ、と言葉には出さないまでも、その目が語っている。
爛々と輝いたそれに、紅は肩を竦めた。
伊達政宗と言う人は、こうあってこそ、伊達政宗なのだろう。

08.01.27