廻れ、

- 廻 れ 、 廻 れ 。  時 空 よ 、 廻 れ -

-- 番外編:前田慶次 長谷堂城突破戦02 --

真横に薙ぐ。
風を斬る音がして、紅の周囲の風向きが変化する。
薙ぐ、斬る、薙ぐ―――まるで、舞でもしているかのように、彼女は大きな動作で身体を慣らすように動かした。
氷景により、戦況は事細かに伝えられている。
防衛地点である小十郎が突破されたのは、今から少し前の事。
そして、それは紅が身体を動かし始めた時間でもある。
多少の怪我はあれど、命に別状のあるものは一つもないらしい。
それが、いかにも慶次らしいと思った。

「紅。前田慶次ってのは、どんな奴だ?」
「…噂通りの方ですよ。そよ風のように掴みどころがなく、春風のように優しい人でした」

確かにそこで頬を撫でていくのに、掴もうとすれば逃げてしまう。
存在を感じさせるだけで、決して本質に触れさせはしない…そんな人。
飄々とした表情の裏に、彼は何を隠しているのだろうか。

「小十郎は手を抜いたと思うか?」
「いいえ。仮に小十郎さんが手を抜いていたとしても…慶次殿が、それを許さないでしょう」

きっと、彼はわざと小十郎を煽ってでも本気で戦わせようとする。
その為ならば、多少の無茶な言葉だって口にするはずだ。
付き合いと言えば旅先のあの時だけだが、紅はそう確信している。
小十郎は、彼に負けたのだ。

「そうか」

クッと口角を持ち上げ、楽しげに笑う政宗。
どうやら、慶次は彼の眼鏡にかなったようだ。
もう間もなく到着するであろう彼の姿を思い浮かべ、紅は腕を下ろした。
遠心力を失った関節剣が、地面へと落ちる。
最後の門の向こうが騒がしくなった。
紅は腕を引いて関節剣を戻し、スッと身を構える。
バァン、と勢いよく門が破られた。













「よーし!本陣とうちゃー…くぅっ!?」

伊達兵の一人を吹き飛ばし、そのまま力の限り門をぶち破る。
開けた視界の先に見えたのは竜でもなければ蛇でもない。
いや、ある意味…白銀色の、蛇だ。
凄まじい勢いで自分へと真っ直ぐに迫ってくるそれに、彼は半ば本能的に刀を構えた。
ガキィン、と耳障りな音が響き渡る。

「危ねーなぁ…」

迫ってきた半分くらいの速度で引いていく剣を見ながら、慶次がそう呟く。
剣先が戻っていった先に、彼女が居た。

「久しぶり。伊達の戦姫さん。派手な歓迎、光栄至り、ってな」
「ええ、久しぶりね。前田の風来坊さん。こんな所をうろついてないで、さっさと帰ったらどうなの?」
「あれ?何か怒ってる?」

きょとんとした様子の彼は、本当にわからないようだ。
微笑んでいるのに、笑っていない。
そんな彼女の笑顔には、慶次も覚えがあった。
彼のおばであるまつが怒っている時の、それだ。

「あ、なたねぇ…っ。政宗様に蛇だなんて…あんな気色の悪いものと一緒にしないでちょうだい!寒気がするわ!」
「蛇…?あぁ、あれか」
「あれかって!!だいたい…っ」

紅の声は最後まで紡がれる事なく、途中で途切れた。
後ろから腕を回され、口を塞がれたからだ。
覚えのある腕に、彼女はピタリと動きを止める。

「いい子だから、その辺にしとけ」

子供じゃないんだから。
そう思ったけれど、その言葉は出てこなかった。
口を塞がれているからではない。

「お前が前田慶次…か?面白いことを言ってたらしいな。こいつが欲しいって?」

手の位置をそのままに、グイッと彼女を引き寄せる。
片腕で口を塞がれ、抱きこまれ…自然と縮まる距離に、紅はいよいよ動きを止めた。
最早、思考自体も上手く機能しているのか怪しい。
そんな二人の様子を見て、慶次はへぇ、と楽しげに笑った。

「あんたが独眼竜か。話が届いてるなら、丁度いい。戦姫を賭けて、お手合わせ願う!」

高らかにそう宣言し、超刀を構える慶次。
そんな彼を見て、政宗は鼻を鳴らした。
そして、紅を解放しつつ彼に答える。

「こいつをそう言うのに巻き込むのは御免だが…今回だけは、勘弁してやるよ」
「政宗様?」
「下がってろ。俺をご指名だ」

そう言われれば、頭が嫌がろうとも身体が下がってしまう。
何とも忠実な自身の身体に自嘲しつつ、紅は政宗を見た。
それから、慶次の方へと視線を動かしていく。

「…命までは取らないって」

安心してなよ、と彼は屈託のない笑顔で笑う。
どこか少年のそれを思わせるそれに、一瞬の内に安心させられてしまった自分。
彼の性格のなせる業なのだろう。

「…小十郎さんに怒られるかな…」

どちらともなく駆け出した彼らを見ながら、紅はそう呟いた。
















「小十郎さんはどう?」
「特に酷い怪我はないな。とりあえず、止血だけ済ませてきた」
「そう。ありがとう」

安心したわ、と答える。
近づくのに気付かれるのも、もう慣れた。
紅は氷景に背を向けたままそう答える間も、決して政宗たちから視線を逸らさない。
彼もまたそれをわかっていて、こちらに視線が向かないことを不満に思ったりはしない。

「落ち着き次第こっちに向かうと言ってたな」
「…まぁ、怒られるのは仕方がないわよね」

はぁ、そう短く溜め息を吐く。
小十郎とて、最終的には政宗の意思に従うのだ。
こればかりは、彼と言う人柄に心底惚れ込んでしまっている自分達には、仕方がない。
最後まで彼に抗う事など、出来はしないのだ。

「…強いな」

慶次の動きを見ていた氷景がそう呟く。
紅は彼の言葉に頷いた。
慶次は間違いなく強い。
軍こそ率いていないものの、恐らくはその人望だけで兵を集める事のできる人材だ。
本格的に天下を望めば、その争奪戦に名乗りを上げる事も、決して夢物語ではない。

「でも…甘い」

見る者が見れば、自ずと分かるものだ。
彼の剣は、人を殺す事を目的としていない。
だからこそその決定打に欠けており、それが最大の弱点でもある。
こちらから致命傷となるように懐に飛び込んだ時、彼の剣は少しだけ迷うのだ。

「何より、こっちの弱点を付こうとしない…。優しい人ね」

一種の苦笑も含まれた表情でそう呟く。
政宗の弱点―――死角の多さ。
あえて独眼ゆえの弱点を避けるように攻撃を仕掛けていることくらいは、3度の攻撃を見れば分かる。
自分でも気付いているのだから、それを仕掛けられている政宗自身はより鮮明にそれを感じているだろう。

「どっちが勝つ?」

氷景はニッと口角を持ち上げて、そう問いかけた。
紅の斜め後ろに控える彼には、彼女の表情は見えていない。
だが、彼にはその表情に浮かんでいるであろう笑みが、自然と想像できた。

「…愚問ね」

信頼と言う枠で四方を固められた言葉に、迷いはない。

07.12.06