廻れ、
- 廻 れ 、 廻 れ 。 時 空 よ 、 廻 れ -
-- 番外編:前田慶次 長谷堂城突破戦03 --
被害状況を確認してくる。
そう言って氷景が紅の元を去って、暫く経った。
未だに政宗と慶次の勝負の決着はついていない。
断言していたように、慶次は斬る事を目的として攻撃を繰り出してはいなかった。
もちろん、それは政宗にも言えることである。
お互いに実力を半分も出していない以上、先に仕掛けるのは政宗だろう。
紅はそう予測していた。
「俺さ、ここに来てよかった」
不意に、慶次がそう言い出した。
何を突然、とでも言いたげな二つの視線が彼へと向けられる。
一時、攻めの手を休めてしまった。
「別れ方が結構唐突だったから、ちょっとだけ心配してたんだ。だから、今のあの子を見て安心したよ」
そう言って慶次が指したのは、言うまでもなく紅。
横目でその視線の先に彼女があることを確認した政宗は、軽く鼻を鳴らす。
「うちの嫁が随分と世話になったみてぇだな」
チャキ、と鍔を鳴らす彼の言葉に、紅の頬が少しだけ緋色を帯びる。
もう何ヶ月も経つのだが、相変わらず直接的な言葉には慣れない。
そんな紅を見て、慶次はハハ、と声を上げて笑った。
「ホント。安心したよ。あんたがどっかの姫を娶るって噂を話したら泣いちまったもんなぁ」
「…………………」
「………な、泣いてない!話を勝手に誇張しないでっ!」
口ほどに物を語る政宗の視線を受け、紅はブンブンと勢いよく首を横に振る。
記憶が正しければ、涙を流した覚えはない。
確かにあの時は酷く動揺して、記憶もあやふやだが…泣いていない筈だ。
必死の様子の紅を見て、彼はそれ以上の言及を避ける。
気にする事でもない、と思ったのか、はたまた別の要因があるのかは分からない。
「紅に碌でもない噂を吹き込んだのはてめぇか…」
やや呆れるような口調でそう言った政宗に、慶次が首を傾げた。
通りで紅が不思議な思い違いをしてくれるわけだ。
落ち着くところに落ち着いた今となっては時効ではあるけれど、迷惑な事をしてくれたものである。
片や呆れ、片や不思議そうに疑問符を浮かべ。
そうして、それぞれの反応が分かれている状況は、そう長くは続かなかった。
「…ま、あんたには“恋しなよ”って助言は必要なさそうだな」
「生憎、紅は結構な暴れ馬でな。他所に目を向けてる暇も余裕もねぇよ」
「はは!いい男にいい女!伊達の行く末は安泰だな」
「…今戻った―――…おーい…姫さん?」
シュン、とその場に降り立った氷景。
報告を、と口を開くも、主の様子に首を傾げるだけで報告の言葉を忘れてしまった。
紅は、顔を覆うようにして大きな岩に背を任せている。
「もーやだ…」
「どした?」
「あの二人の口を閉じてきて…恥ずかしくて死ぬ」
「はぁ?」
訳がわからない、と言った様子の声を上げる。
それから、あの二人、と称された彼らの方を向いた。
周辺の地面やら岩やらが抉れているのは、彼らの勝負の影響だろう。
あれで、何故恥ずかしくて死ぬ?
氷景の脳内に疑問符が一つ。
だが、暫く眺めていて気付いた。
聴覚が拾うその言葉に、あぁ、と納得する。
相手を挑発するような声を上げている政宗だが、内容は正直な所惚気だ。
対する慶次も、そんな挑発を物ともせず受け流し、氷景ならば絶対に口にしないようなことを返してくる。
確かに、この二人の会話を聞けと言うのは紅には拷問に近いだろう。
それが証拠に、髪の合間から見え隠れする耳が赤く染まっている。
「…ご愁傷さん」
「そう思うなら止めてきて。今すぐに」
そろそろ限界が近いのか、紅の声は少し強い。
何でこんな事に…と言う呟きが聞こえ、本気で止めにかかった方が良さそうだと悟る氷景。
「って言うか、政宗様は何で今日に限って饒舌なの…?」
「何でって…姫さん、気付いてないのか?」
紅の予想外の言葉を聞き、氷景が軽く目を見開いて問い返す。
そんな彼の反応に、紅は「え?」と漸く上げた顔を彼の方へと動かす。
「元々筆頭は直情的だろ」
「…と言うと?」
「あんたに合わせて、抑えてるって事だ」
真正面から愛を囁くなど、彼には呼吸に等しく簡単なことのはずだ。
因みに言うならば、氷景は彼とは対照的にそう言う事を口にしないタイプである。
紅が直接的に紡がれるそれらに弱い…と言うよりも必要以上に照れてしまうから、あまり口にしないだけのこと。
代わりにあれだけ態度で示されていると言うのに、この人は気付いていなかったのか。
最早、鈍い以前の問題だ。
「………つまり、あれが本来?」
「まぁ、前田の風来坊に影響されて、2割増にはなってるけどな」
大方は、と頷く氷景。
彼女は彼の答えに緩く頭を振った。
「む、無理。日頃からあんな風に言われたら、心臓が持たない…っ」
「いっそ鍛えてもらったらどうだ?」
「鍛えられる前に止まったらどうするの!?」
精々頭をショートさせて倒れる程度だろう。
そう思ったけれど、流石に氷景もそれを言うほど鬼ではない。
紅が一杯いっぱいだと言う事は、今の様子を見れば火を見るよりも明らかだ。
漸く真面目な勝負へと変わってきているのだが、恐らく彼女は気付いていないだろう。
「とりあえず、あれは風来坊に影響されてても、本心だってことに変わりはない。
そこだけはちゃんと覚えててやれよ、姫さん」
「………そんなこと、言われなくても分かってるわ」
ふい、と顔を逸らしつつ彼女はぶっきら棒にそう言った。
政宗が、他に影響されたからと言って思ってもない事を言うような人だとは思っていない。
全てが本心であると言う事くらい、痛いほどよくわかっている。
分かっているからこそ、嬉しくてくすぐったくて、そして恥ずかしいのだ。
真っ直ぐな愛情を向けられる事に慣れていないが故に。
「―――で、姫さん」
「…」
「決着だな」
氷景の言葉と共に、政宗よりもガタイのいい身体が吹き飛んだ。
即座に振り向いた彼女は、そのまま刀を納めた政宗の元へと駆け寄る。
何だかんだと言っても、結局は彼女だって同じくらいの想いを向けているではないか。
口に出すか、全身でそれを伝えるかの違いだ。
近づいてきた紅に穏やかに答える政宗と、嬉しそうに微笑んでいる紅。
二人の様子を眺め、氷景はクスクスと笑った。
「イテテ…。もうちょっと優しく…」
「十分優しくしてます。大体、手当てをしてもらえるだけありがたいと思って欲しいわ」
ねー?と膝の上の夢吉に話しかける。
キ、と頷くような素振りを見せた彼は、そのまま腕を伝って紅の肩まで移動した。
紅は軽い体重が移動していくのをくすぐったそうに支える。
「でも、本当に良かったよ。あんたが笑ってないなら、一発ぶん殴っとかないとって思ってたからな」
「そうなったら、私があなたを殴らなきゃならなかったわね」
こっちの手が壊れそうだけど。
そう言って苦笑した紅に、慶次は豪快に笑った。
それから、少し真面目な表情を見せて、こう言う。
「おめでとう」
「…ありがとう」
この日一番綺麗な笑顔を浮かべる彼女に、慶次もまた笑みを返す。
恋する女性は本当に綺麗だ、声には出さないけれど、改めてそう思うような笑顔だった。
「こっちこそ、ありがとな。久しぶりに優しいものを見せてもらったよ」
「…もう行くのね」
「あぁ。旅はまだまだ長い、ってね」
「おば様が迎えに来ない事を祈っておくわ」
「………そりゃ、是非ともよろしく」
最後に二人で笑い合い、慶次は小さなお供と共に奥州を去った。
彼を追って来た前田家の夫婦が奥州を訪ねるのは、この数日後の事である。
07.12.14