廻れ、

- 廻 れ 、 廻 れ 。  時 空 よ 、 廻 れ -

-- 番外編:前田慶次 長谷堂城突破戦01 --

紅は部下からの報告書を読みながら、のんびりと時を過ごしていた。
内容と言えば、その陽気な空気には似合わぬ山賊関連のもの。
始めこそ5人から始まった一団は、雨水を得た水溜りのように、百を越える人数へと達したそうだ。
流石に、このひと月でそこまで大きくなるとは、紅も政宗も予想していなかった。
迅速に対処すべきと判断してからの二人の行動は早い。
すでに小規模な部隊が編成され、明日には城を出発する手筈となっている。
現在、政宗はその最終調整に行っている筈だ。

「この程度の人数ならば私一人でも大丈夫です」

そう進言した紅が、政宗だけではなく小十郎やその他部下にまで却下の声を上げられたのは、まだ記憶に新しい。
もちろん、政宗が「俺が行く」と言い出した時には、小十郎共々猛反対したわけだが。
こうして兵を割く必要があるのだろうか、と紅はぼんやり浮かぶ雲を見上げた。
天気は悪くないのに、雲の形がはっきりしない。

「旅に出たいなぁ…」

当てもなく彷徨うのは、あれで中々楽しかった。
今の生活に不満があるわけではない。
そこだけは、はっきりと言っておこう。
ただ時折…ふと、あの雲のように漂ってみたいと思うのだ。
今ここに居られる事が幸せで、政宗にも他の人たちにも大事にされて。
それなのに、そんな事を考えるなど…人とは、まったくもって厄介な生き物である。





「お帰りなさい」

ふと顔を上げた紅は、その人物を目に捉える前にそう紡いだ。
彼女の言葉が終わる間際、氷景が庭先へと降りる。
いつものように「おう」と短く返した彼は、すぐにその場に膝を着いた。
ここには彼女しか居ないのだから、いつものように砕けた調子でも構わない。
となると、彼の次の言葉は今回の任務の報告だ。
意外と、彼はその辺りの区別をしっかりとつけている。

「東西、共にこれと言った動きはなし。各地、小さな内乱は見受けられるも、火種になる恐れは低いものと思われる」
「…そう。本当に、各国動きを見せない日が続くわね…」

こうなってしまうと、中々自由に動けなくて困る。
大きく兵を上げれば、それが挙兵と見做されて他の国から注目されてしまう。
その為に、今回の部隊もかなり小さくしているのだ。

「その他には?」
「他は…あぁ、そうだな。面白い事を聞いた」
「面白い?」
「前田の風来坊が脱走したらしい」

前田の風来坊。
紅がその名を頂戴している人物を知らぬわけがない。
一度はきょとんと目を瞬かせ、それから苦笑に似た笑みにそれを切り替えた。

「あの人は…どこまでも自由な人ね」

風来坊と言うその名に残る言葉のように、彼は風の如く自由。
羨ましいのだろうか。
…少し、違う気がする。
そう、この気持ちは―――きっと、それが彼らしいと言う、納得だ。
彼のように気軽に旅に出たりは出来ないけれど、紅はそれが羨ましいとは思わない。

「いずれ、奥州にも顔を出してくれるかしら」

そうなれば、少し話をしたいかもしれない。
そう言ってクスリと笑った彼女に、氷景は曖昧な表情を見せた。
その表情の意味を、彼女はこの一週間後に知る事となる。
















長谷堂城を部隊の拠点に置き、三日。
すでに山賊の一件は片が付いている。
蓋を開けてみれば、何の事はない。
政宗と紅、そして小十郎が先陣を切っていき、何とか三人を逃れた残党を部下達が抑える。
実に、簡単な作業だった。
どこか不満げな政宗の様子も、致し方ないだろう。

「ったく…骨のない連中だぜ」
「政宗様。骨のある山賊では、民に迷惑が及びますよ」

つまらない、と不満を漏らす政宗に、紅はそう苦笑した。
最近は情勢が膠着状態にあり、いい加減に彼も焦れてきているのだろう。
今回の一件はいい発散になるかと思ったのだが、不完全燃焼は逆効果だったようだ。
どうしたものか、と思う紅の前に、氷景がやってきた。

「筆頭」
「ん?」
「あんたの暇を潰せそうな奴が、門のところに来てるんだが」

どうする?と視線を彼と、そして紅に向ける。
その目配せに、紅は気付いた。

「まさか…」
「多分、姫さんの頭に浮かんだ奴…だな」

まさか、来るとは思わなかった。
驚きに目を丸くする紅を見て、政宗は眉を顰める。

「知り合いか?」
「…多分?」
「紅の知り合い、か…」

それに続く言葉を口にしようとするも、彼の声よりも先に別の声がそれに重なってしまう。
政宗様、とどこか急くような小十郎の声色に、今度は何だ、とでも言いたげな視線を彼に向ける政宗。

「前田慶次を名乗る輩が門を破ってきました!」
「…あら、まぁ…」

感想と言うよりは、声が漏れたと言った感じだ。
紅は苦笑のような、純粋な笑いのような…微妙な表情でそう呟いた。
小十郎の焦り具合から見る限り、結構腕の立つ輩、なのだろう。
尤も、紅自身はそれを目の当たりにした事はないのだけれど。

「痛い目見せて追い出してやんな」

は!と頭を下げ、小十郎が来た道を引き返していく。
それを見送る政宗の目は楽しげだ。

「追い出して…いいんですか?」
「その程度でやられる奴なら、どうでもいい」
「あぁ、なるほど…」

確かに、その程度の者ならば、政宗の眼鏡にはかなうまい。
思わずそう納得してしまい、紅は苦笑した。

「姫さん。前田慶次から伝言があるんだが…聞くか?」
「?もちろんよ」

聞かないと言う選択肢はないだろう。
そう思い、紅はそんな当たり前な事を聞く氷景に首を傾げた。
彼はそうか、と短く頷き、口を開く。

「“竜だか蛇だか知らんが、お手合わせ願う!”…門前の、奴の第一声」
「………………………」

その場の空気が一気に冷めた。
いっそ恐ろしいほどに綺麗に微笑んだ紅に、あぁ、やっぱりな、と氷景は思う。
明らかに腰の刀を意識したまま歩き出そうとした彼女を止めたのは、他でもない政宗本人だった。

「落ち着け」
「は、なしてくださいっ!一言言ってやらないと気がすみません!」

蛇って何です!?と食いつく彼女に、二人は顔を見合わせて苦く笑う。
自分もそれなりに熱い性格だと理解しているが…彼女も、負けていない気がする。
その低い沸点の理由が自分にあるのだと思えばその姿も愛しい。
だが、それとこれとは話が別だ。
襟を掴まれて動けず、もがく彼女の頭を撫でる。

「中間地点は小十郎の役目だ。ここまで来たら、文句の一つも言ってやれ」
「…わかりました」

渋々ながらも、彼女は前に歩こうとするのをやめた。
それを見計らい、氷景が言う。

「“勝った暁には伊達の戦姫との時間を貰うから、そこんとこよろしく”とも言ってたな」
「…ほーぉ…大した度胸じゃねぇか。是非ともここまで来てもらいたいもんだな」

奪えるものなら奪ってみやがれ。
強気な発言に、紅は軽く視線を彷徨わせた。
何とも真っ直ぐな言葉に、柄にもなく…と言うわけではないが、素直に照れてしまったようだ。
遠くから聞こえる喧嘩の賑わいが届いているのだが、この場は平和な事この上ない空気が流れていた。

07.12.04