廻れ、
- 廻 れ 、 廻 れ 。 時 空 よ 、 廻 れ -
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「―――はい」
少しの間を置いて、紅ははっきりとそう答えた。
背筋を伸ばし、逃げる事無く視線を向ける彼女。
そんな彼女を見つめる夕日の目は冷めている。
「半兵衛さん。時間を…くれるのよね?」
確認するように、彼女は竹中に問いかけた。
彼はもちろん、と頷き、ゆっくりした動作でその場から立ち去る。
広いその場所で、紅と夕日は二人だけになった。
「ねぇ、紅ちゃん。この世界に来てから…色々な事を聞いたわ。結婚したんだって?おめでとう」
ありがとうございます、と答えられないのは、夕日の目がそれを祝っているように見えなかったからだろうか。
紅はその真意を測りかね、唇を結んだ。
「とても良い夫婦だって…ここにまで聞こえてくるくらいよ。
…大好きなのね、伊達政宗が。ううん、愛してる、の方が正しいのかしら」
彼女は楽しげに笑った。
紅ちゃんは昔から何だか冷めていて…人を好きになれないみたいだったから。
悠希がいつも心配していたわ。
でも…ちゃんと、好きになれる人が見つかったのね。
だから、私…嬉しかったのよ。…本当よ?
夕日は、静かにそう話す。
紅はかつての自分を思い出した。
何度か告白された事はあったけれど、自分から誰かを好きだと思った事はない。
悠希のような友人への好きと、異性への好きの区別すら、よくわからなかった。
人を愛する心。
人に愛されたいと思う心。
この世界に来てから、知った。
「紅ちゃんが幸せなんだって知って…嬉しかったわ。だって、紅ちゃんも…私にとっては妹みたいだったから」
過去形で語られる言葉が悲しい。
今の自分は、彼女にとってどういう存在なのだろう。
「きっと、すごく喜べたんだと思う。あなたが…悠希を巻き込まなかったら」
夕日の声が低くなる。
彼女の目に、懐かしさに浸る感情はない。
あるのは、憎悪にも似た深い負の感情だ。
「あなたがどんな状況でこの世界に来たのかはわからないわ。でも、きっと恵まれていたんだと思う。
だって…あなたは、笑っているから。愛されて、守られているから」
コツ、と足音が響いた。
夕日が一歩、紅へと近付く。
「でも、忘れているんじゃない?この世界は私たちの世界とは違う…ゲームの世界。
見えていない所で、多くの人が傷つき、死んでいく―――そう言う設定が作り出した、世界」
偶像が生み出した世界だと言われている気がした。
彼らは人ではないのだと―――そう、言われているような気がして、思わず口を開く。
「…私たちの世界と言う視点で見ればそうかもしれません。けれど、彼らはこの世界で生きている」
「あぁ、勘違いしないで?彼らを否定したつもりはないの。
私が言いたいのは―――ここは、とても危険な世界だと言う事」
夕日は紅の間合いのすぐ外で立ち止まった。
そして、グイッと自身の衿元に手をかけ、そこを寛げる。
露わになった白い肌には―――
「夕日さん、それ…」
紅が言葉を失う。
着物の衿でギリギリ隠れる位置に、大きな傷跡があった。
この世界に慣れている紅は気付く。
それが、刀傷であると。
もちろん、紅も傷一つない身体と言うわけではない。
彼女の白い肌には大小さまざまな傷があるけれど、夕日の傷はそれとは比べ物にならない大きなものだ。
「私が落ちた場所は、数日前まで戦が行われていた場所だった」
丸腰の女は、落ち武者の目にどう映ったのだろうか。
あの時、竹中がそこを通らなければ、夕日は生きてはいなかっただろう。
辛うじて彼が間に合い、救われた後も深い傷の所為で一週間、生死を彷徨った。
そして、刃の毀れた刀で斬られた傷は、醜い跡を残す。
自嘲気味に語る夕日に、紅は自らの身に起こった事のように表情を歪めた。
そんな彼女を見て、夕日は静かに苦笑する。
「こうして生きているんだから、私も運が良いと言えば確かにそうね。でもきっと…次はないわ」
いつまでも幸運は続かない。
身を以てそれを知っている夕日は、焦った。
まだ傷の癒えない身で竹中に縋り、切実に協力を求めた。
こんな危険な世界に、悠希を置いていられない。
その想いだけが、彼女を突き動かしていたのだ。
「こんな世界は、駄目。一日でも、一秒でも早く…平和な世界に帰るべきなのよ」
夕日の目は揺らがない。
強い意志を持つ彼女に、紅は沈黙した。
やがて、紅は深く頭を下げる。
「…悠希を巻き込んだのは私が原因です。とても、申し訳なく思います」
ごめんなさい、と告げてから、紅は顔を上げ、けれど、と続ける。
「彼女も、この世界で愛する人を見つけました。決めるのは、彼女です」
「知ってるわ。あの子も結婚して…子供までいるんでしょう?でもね…恋も愛も、命があるからできるのよ」
死んでしまえば、そこに感情も何もないのだ。
全ては、命があるからできる事。
「紅ちゃん。あなたは、残される人間の気持ちなんて…わからないでしょう?」
夕日は二度、その気持ちを味わった。
一度目は両親が死んだ時。
そして、次は悠希が消えた時。
家族、愛する大切な存在を失う―――身が切られるような絶望。
「知らないから言えるの。愛だのなんだの…そんなもののために、悠希は死なせない」
「死ぬと決まっているわけじゃないんです!彼女にだって、守ってくれる人がいる!だから…」
「守ってくれる人…か」
ぽつり、と呟かれた声が、驚くほどの力を秘めていた。
半ばで遮られた言葉が消え、次の言葉が失われる。
「紅ちゃんにも、守ってくれる人がいるのよね?背中を預けられる人、守りたい人…全部、同じなんでしょ?」
「…は、い」
「そっか…じゃあ、その人が紅ちゃんを守れるなら…信じてあげる」
スラリ。
音もなく、白銀の刃が姿を見せる。
その様子を、紅はまるで金縛りにあったかのように瞬き一つせず、見つめた。
しかし、身体は本能的に動く。
慣れたように小太刀の柄に手をかけるが、それを抜くことは出来なかった。
「紅ちゃんが戦で死ぬような事があれば…悠希も、わかってくれると思うの。この世界は危険だって」
夕日の目が狂気を帯びる。
この目は駄目だ―――咄嗟に、紅はそう思った。
刀に酔う、人が持つべきではない狂気。
「私の腕では、紅ちゃんには敵わないわ。だから」
彼女は抜き身の刀を自分の首に添えた。
「夕日さん!?」
「刀を捨てて。抵抗するなら…」
僅かに動いた刃。
首筋を流れ落ちた赤に、蒼褪める紅。
「夕日さん、やめてくださいっ!!」
「刀を捨てて」
冷たい声が飛ぶ。
紅はぐっと奥歯を噛み締め、刀に手をかけた。
ガシャン、と鞘入りの刀が床に落ちる。
「…ごめんね。私にはもう、あの子しかいないの…」
刀を振り上げた夕日が、哀しく呟いた。
11.04.17