廻れ、
- 廻 れ 、 廻 れ 。 時 空 よ 、 廻 れ -
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奥へ、奥へ。
本丸へと誘うような動きを見せる豊臣軍。
一糸乱れぬ動きは、いっそ何かに操られているかのようにも見えた。
それはきっと、竹中半兵衛と言う軍師の能力の高さだ。
本来であれば、相手の策に乗って奥へと進むのは愚の骨頂。
しかし、目的がある以上、紅は止まるわけにはいかなかった。
これ以上は馬では移動できないと、虎吉の背から飛び降りる。
少し向こうで数百の兵を前にする政宗が見えた。
何かを感じたのか、彼が紅を振り向く。
二人の間に声はない。
しかし、交差した眼差しが、確かに言葉を交わした。
紅は関節剣を小太刀に持ち替え、城の中へと走り出した。
紅の姿を見送った政宗は、意識を戦場へと戻す。
押し、押され…不自然なほどの拮抗を保つ戦況。
彼女がここを離れる事で、恐らく何かが変化する。
それは今までの勘でしかなかったけれど、それを無視するほど愚かではなかった。
戦場を一望できる位置へと馬を走らせ、小十郎を従えてじっと待つ。
何一つ見落とすまいとしていたからだろうか―――政宗の独眼が、それを捉えた。
「…!?」
「政宗様?」
異変に気付いた小十郎が彼を呼ぶ。
「あの馬鹿…っ」
苛立ちを露わに吐き捨てた政宗が、城へと向かう単騎を差し、小十郎に指示を出す。
「氷景に伝えろ」
「は!…あれは、もしや…」
「間違いなく、アイツだな」
こんな戦場で何やってんだ、と呟くが、政宗は理由など当にわかっているのだろう。
だからと言って、何もせず見送るわけにはいかない。
少なくとも、“彼女”は紅にとって大切な人物だ。
やや危うくも城の内部へと消える背中を見つめ、隠す事もなく舌打ちをした。
そこで、戦況が動きを見せる。
城への侵入を阻むかのように守りに入った豊臣軍。
兵の配置を見渡し、穴を探す。
そして、見つけたそこへと一直線に馬を走らせた。
「一番隊、兵を東へと回せ!!二番、三番は西!両側から一気に畳み掛けろ!!」
馬上で六爪を構えながら、戦場を駆ける。
怒鳴るような命令に、伊達軍は即座に動き出した。
城に入ってからと言うもの、追撃は一切ない。
罠であることは明らかだが、紅は足を止めずに走る。
初めての城内では進むべき道を迷う所だが、やはり誘うように残された気配。
それを頼りに、紅は奥へ奥へと最短の道を進んでいた。
気管支が乾き、肺が悲鳴を上げる。
それだけの距離を走ったはずなのに、不思議な事に疲労感はなかった。
階段を上り、そして辿り着いたそこ。
それが正しい場所だと言う確信はないけれど、大きな扉の向こうに感じる気配が教えてくれている。
この先に、いるのだと。
弾んだ呼吸を整える。
関節剣ではなく、小太刀を抜いた。
この戦に出る前に、南次郎の手によって完璧な手入れを施されたそれは、刃毀れひとつなく美しい。
今から、この刀が何を斬る事になるのか、誰を斬る事になるのか―――それは、紅にもわからなかった。
一番に目に入った竹中半兵衛。
それは、彼がそれだけの存在感を持つ人物だと言う事。
その場に豊臣の姿はない。
竹中の独断とは思えないので、豊臣も全てを知っているはずだ。
知った上で、今回の戦には関わらないと決めているのだろう。
そして、その傍ら。
静かに控えるその人は、凛とした立ち姿で、そこにいた。
「………夕日、さん」
紅の唇から零れ落ちた声に、驚きや戸惑いはない。
その声はただの事実を口ずさむだけに過ぎず、感情自体が抜け落ちているようにも聞こえた。
声が届く距離だった。
紅の声を拾った彼女は、ただただ美しく微笑んだ。
「ようこそ、奥州の戦姫」
竹中の声が響く。
「もう少し驚く表情を見せてくれるかと思っていたけれど…どうやら、見込み違いだったようだ」
「…そうね。可能性の一つとして、察する事は出来ていたわ」
ヒントは様々な所に落ちていた。
言葉を交わしていなかったけれど、紅もまた、悠希と同じ結論に達していたのだ。
つまり、紅と悠希以外の第三者がこの世界に流れてきていると言う可能性。
違っていたのは、悠希は「紅を深く知る人物」と考え、紅は「悠希を大切に思う人物」と考えた事。
紅は、一連の事を、悠希への反応がなかったのではなく、彼女を関わらせないようにしたのだと考えた。
そこから導き出された結論―――それが今、目の前にある。
竹中の傍らに立つ彼女の名は夕日…佐倉夕日。
悠希の実の姉であり、唯一の家族。
「久しぶりね、紅ちゃん。随分…大人びたんじゃない?」
変わらぬ優しい口調。
その中に混じる敵意を誤魔化せないのは、彼女がこの世界での暮らしが短いからなのだろうか。
それとも…誤魔化せないほどに、その感情が深いのだろうか。
「紅ちゃんは、昔からとても賢い子だったから…きっと、私が“ここ”にいる理由もわかっているんでしょうね」
ここと言うのは、この世界を指す言葉ではない。
そして、彼女が言うように、紅はその理由がわかっている。
これは、紅の罪なのだ。
欲するあまりに、見えていなかったもの、その結果。
それが生み出した悲劇であり、そして咎。
―――必ず…生きろ。
政宗の声が聞こえた。
それは紅の記憶に蓄積された声だったけれど、震えそうだった手が、囚われそうだった思考が、冷静を取り戻す。
真っ直ぐに、媚びる事も怯える事もない目を向ける紅。
それを見た夕日は、無言で目を細めた。
その目に浮かぶ感情の意味は、彼女自身しか知らない。
11.04.10