廻れ、
- 廻 れ 、 廻 れ 。 時 空 よ 、 廻 れ -
-- 147 --
「すまねぇな、遅い時間に」
部屋にやってきた悠希を一瞥し、政宗はそう言った。
彼は眠る紅の傍らに腰を下ろしている。
頼りなく、けれど縋るように政宗の着衣の裾を握る紅の手。
政宗はただ、自身の手で彼女のそれを包み込んでいた。
「…こんな風に倒れるまで悩ませた」
政宗の横顔は、それを悔やんでいるようだった。
悠希は何も言わず、その光景を見つめる。
「こいつが何に怯えてるのか…お前なら、わかるだろうと思ってな」
「…痛いほどに、わかるわ」
悠希とて、楽しい日々を送りながら、その裏側ではいつだって怯えている。
自分たちが存在すべきではない世界。
いつ、何が起こって―――この世界から弾かれてしまうのか。
この世界に永住する権利を得られるとすれば、どんなものでも差し出すだろう。
「紅が怯えるのは、あなたを失う事。紅はきっと…あなたのいない世界では、生きていけない」
心優しい彼女には、身を切るような苦しい選択だったはずだ。
悩み、苦しみ…それでも彼女は、生まれていない我が子を選ぶ事は出来ない。
彼女にとって、唯一で絶対の人がいるから。
「私たちはそれぞれ、違う時にここに来たわ。でも、共通している事があるの」
政宗の視線が悠希を見る。
「この世界に来るその瞬間に―――音を聞いた。澄んだ鈴の音」
忘れもしない―――あの鈴の音に導かれ、彼女らはここに来た。
「私は少なくとも、この事を誰かに話した事はない。元親にすら、言っていないの。恐らく…紅も」
政宗は悠希の言葉にそうだろうなと納得した。
彼に話さないならば、誰にも話さない。
紅はそう言う部分には特に義理堅い性格だと知っている。
「誰にも話していない事を、何で竹中が知ってる?」
「わからないけれど、罠にしても的確過ぎる。でも、可能性があるなら―――私だって、そうする」
それが誰かの手の中にあるならば、何をしてでも奪い取る。
「例えそれが―――」
「誰かの命を奪う事になろうとも」
突然聞こえた声に、二人の視線が動く。
布団の上で瞼を開いた紅は、ぼんやりと天井を見つめていた。
「紅…」
「申し訳ありません、政宗様。私の注意の甘さにより、ご心配をおかけしました」
倒れた事に対する謝罪。
返事の代わりに頬を撫でる政宗の手に、彼女はそっと瞼を伏せた。
「ずっと…何よりも切望していた物があります」
紅はまっすぐ政宗を見つめて、唇を開いた。
「この世界にいられる保証。この世界が、夢幻のように消えてしまわない事」
―――私は…っ、世界に弾かれるのが怖い…っ!!
紅の言葉が脳裏を過る。
政宗は一切口を挟まず、彼女の心の言葉を聞いた。
「この子を愛しています。きっと、私自身が思うよりもずっと深く」
紅は布団の上から自身の腹の上に手を載せた。
そこにはまだ、生命の息吹は感じない。
けれど、確かに存在する命がここにある。
漠然とした感覚を、驚くほど愛していた。
「けれど、私は…あなたを愛しています。ほんの少しでも、あなたの隣に存在できる可能性が広がるなら…
私は、刀を取ります」
紅の目に迷いはなかった。
全てを覚悟し、決意した眼。
最早、説得できる状況ではない―――政宗は、それを悟った。
「…一つ、約束してくれ」
政宗は紅の手に自身のそれを重ねた。
この手の下に存在する小さすぎる命に心の中で、すまない、と謝罪する。
「本当なら俺の傍を離れるなと言いたいが…戦場でそれは無理だ」
「………はい」
「絶対に、無茶はするな。必ず…生きろ」
独眼が、厳しくも優しく、紅を見つめる。
重力に従った涙が目尻からこめかみへと流れた。
「…はい…っ」
ごめんなさい、と続けようとする声を、口付けと共に奪う。
何かに耐えるように寄せられた眉に、紅はただ涙を流して唇を受け入れた。
悠希は、無音で襖を閉ざす。
紅が目を覚ました時点で腰を上げ、話を始める頃には部屋の外にいた。
ここから先は、夫婦の問題だ。
廊下を歩きながら、悠希は様々な事を考えた。
「竹中半兵衛はどこで知ったの…?紅が話すはずがないのに」
悠希の考えの行き着く先は、そこだ。
情報が漏れた、などと言う簡単なものではない。
これを知るには、それこそ頭の中を読み取るような超能力的な力が必要だ。
紅と悠希が話した時だって、夜、一つの布団に入って内緒話のように話しただけ。
人がいない事も、紅がちゃんと確かめた。
知り得るはずのない情報だ。
「…そう、私たち、からは…」
呟いたところで、悠希は足を止めた。
そう、二人からは知り得るはずがない。
ならば、他の誰かならば、どうだろうか。
もちろん、それはこの世界の人間ではなく―――紅たちと同じ世界の人間。
そう考えると、絡まり合った糸が一本に繋がった気がした。
「可能性はゼロじゃない。なら、一体誰?少なくとも、紅か私を…いいえ、紅を知っている人物」
二人だと知っていたならば、その両方に何かしらの反応があるだろう。
しかし、文を受け取ったのは紅だけ。
紅の関係者、と考える方が自然だ。
「…どうやって調べればいいの…?考えなきゃ…」
ぶつぶつとうわ言のように呟く悠希。
彼女が気付くはずはないけれど、そんな彼女を見つめる人物がいた。
庭の木の上に身を潜め、必要ないけれど気配を絶つ彼。
さらり、とその髪を風が揺らす。
「――――――」
氷のような薄い水色の目は、切れそうなほどに鋭い。
その目から、何かの感情を読み取る事は出来なかった。
11.01.02