廻れ、
- 廻 れ 、 廻 れ 。 時 空 よ 、 廻 れ -
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悠希が奥州にやってきた翌日。
昨晩の内に、彼女は自身の口から事情を話し、政宗に滞在の許可を得ていた。
そして、二人はまた、城下町に繰り出している。
甘味処巡りも諦めてはいないようだが、目下の目標は町の事情を知ることだ。
紅自身もそちらの方面に明るいとは言えず、良い機会だと一緒に勉強しようと思っている。
二人してあれやこれやと話し合いながらのんびりした歩調で進む。
その時。
「あっちの酒屋で喧嘩だ!!」
「怪我人も出たらしいぞ!!」
派手な音が聞こえたと思ったら、状況を説明する声が耳に届いた。
即座にそちらに足を進めようとした紅だが、ハッと思い出す。
―――揉め事には関わるな。怪我の一つでもしやがったら、城に閉じ込めるからな。
心配性ですね、と苦笑できる空気ではなかったと断言しておく。
行動派の紅が、政宗の言葉を思い出しただけでも、その影響力は計り知れない。
眉を顰めた彼女は、気配の方に向かって氷景、と呼ぶ。
「止めてきて。状況の確認もよろしく。必要があれば当事者を城に」
「………」
「私は大丈夫。ここから動かなければいいでしょう?」
紅の護衛が最優先である以上、氷景は彼女の命令を聞けない。
けれど、この場を動かないと約束すれば、彼女はそれを守るだろう。
少し悩み、御意、と言い残した氷景の気配が消えた。
「ごめんね、悠希。ちょっとこの店を見ていようか」
「別にいいわよ。寧ろ、あんたが行かないことに驚き。どうしたの?」
漸く自覚でもできた?と首を傾げる彼女に、そうじゃないと首を振る。
そして、二人のすぐ近くにあった雑貨屋へと足を向けた。
城下町と言うだけのことはあり、人の気配は多い。
気にしていたらきりがないから、不穏な気配だけに注意している。
そして、気付いた。
簪を取り上げた紅の手が止まる。
ごく自然に、ほんの一瞬動いた視線に、悠希は気付かなかっただろう。
「…あっちにも悠希の好きそうな種類があるわよ」
紅は隣の棚を吟味している彼女にそう声をかけた。
どこ?と問う彼女に、指でその方向を示す。
悠希がそちらへと動き、そう広くない店の中で、僅かに二人の間に距離が出来た。
スッと自然に隣に滑り込む気配。
紅はそちらを見るともなく、けれど意識した。
相手も彼女が気付いているとわかっているのだろう。
二人の間に会話はなく、傍から見ればただ隣り合う棚を物色しているだけに見える。
それくらい、二人は自然な振る舞いをしていた。
商品の一つを手にし、紅側から身体を反転させ、棚に背を向ける。
その一瞬の間に、彼女の手に滑り込まされた1通のそれ。
宛名も差出人もない。
男は何も言わず、商品代金を支払って、店を出て行った。
紅はそれを見送ることもなく、懐へとそれをしまう。
そして、向こうの棚で悩む悠希の元へと足を運んだ。
城へと戻るまでの間、紅はずっと上の空にならないよう注意しなければならなかった。
あの手紙のことが気になって仕方がないけれど、それを悠希に悟られるわけにはいかなかったのだ。
漸く城へと戻り、悠希があてがわれた部屋へと下がる。
氷景も、部下の報告を聞くためなのか、紅の自室の安全を確認してから、彼女の傍を離れていた。
気配がないことを確認して、手紙を取り出した紅は紐を解く。
書かれていた内容は、短かった。
―――音を手に入れた。
挨拶も何もなく、まず書かれていたのはそれ。
意味を理解できず読み進めた紅は、眉を顰めた。
欲するならば、次の戦に出陣しろ―――そう書かれた内容。
つまり、音とは紅が欲する何かなのだ。
もう一度、一番初めの文を読む。
音、音、音―――ありとあらゆる可能性を考える紅。
そして―――気付いた。
「う、そ…」
自然と、声が零れた。
全身の血が、まるで氷のような冷たさを帯びた。
誰かに対して、それを口にしたことなど…ただの一度も、ない。
紅が最も恐れ、そして欲しているもの
事実確認をするすべはない。
何故、紅がそれを欲していると知っているのか。
どうやって、それを手に入れたのか。
それは、本物なのか。
浮かぶ疑問は途切れることなく、次から次へと溢れ出る。
紅が握る手紙に皺が入った。
文脈の最後に捺された紋は、九枚笹。
それは、竹中半兵衛の家紋だった。
10.11.27