廻れ、

- 廻 れ 、 廻 れ 。  時 空 よ 、 廻 れ -

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「幸村様には色々とご迷惑をおかけいたしました。此度の南次郎の怪我は私が原因です」

紅は隠す事もなくそう言って、深々と頭を下げた。
そんな彼女を前に慌てることなく背筋を伸ばしていた幸村は、城主に相応しい態度だ。

「うむ。話は佐助から聞いている。紅殿に怪我がなく、何よりだった」
「ですが…」
「南次郎も日々回復に向かっている。これ以上そなたが心を痛める事はない。
それに怪我が回復次第、すぐにでも話を聞くことが出来る状態は、某にとっては悪くはない」

そう言って屈託なく笑った彼は、それ以上の謝罪を受け入れなかった。

「…ありがとうございます」

そう言って、今一度頭を下げる紅。
うむ、と素直に礼を受け取った幸村が、控えている佐助を近くに呼んだ。

「南次郎の具合はどうだ?」
「今日はいいみたいだよ。案内しようか?」
「うむ。紅殿、折角だ。直接顔を合わせて話すといい」

幸村の言葉を聞いて立ち上がった佐助が、こっちだよ、と紅を招く。
彼と幸村を交互に見てから、紅も立ち上がって歩き出した。
部屋を出て廊下を進み、離れと呼んでも差し障りない一角へと案内された紅。

「入るよ」

中の者へとそう声をかけた佐助が、スラリ、と襖を開いた。
部屋の真ん中に敷かれた布団の上で、書物を手に上半身を起こしているその人。
以前よりも老け込んだように見えるのは、怪我による衰弱の所為だろう。
骨の立った身体を見て、紅が僅かに表情を歪めた。

「俺は席を外すよ」

そう言った佐助が姿を消し、静かな離れには紅と南次郎の二人だけ。
書物を傍らに置いた彼は、僅かに乱れた身なりを整えた。

「お久しゅうございます、紅様。このようなだらしのない姿でしかお出迎えできず…申し訳ござりませぬ」
「いいえ。傷は…深かったようですね」

着物の合間から見える包帯の量を見れば、自ずと怪我の程度も知れる。
表情に影を落としたまま襖のところから動かない紅に対し、先に動き出した南次郎。
彼は痛む身体を折り、深く頭を下げた。

「申し訳ござりませぬ」
「…どうして、あなたが謝るのですか?」
「竹中半兵衛なる男が貴方様の元へと攻め入った原因は、某の打った刀に他なりませぬ。
数多の血を吸い、不幸しか招かぬと知りながら…貴方様に関節剣をお渡しした某の非、と言う他はありませぬ」

流れるようにそう紡ぐ彼に、紅は謝る機会を逸してしまった。
確かに、彼女が彼の怪我に対して申し訳なかったと謝罪するのは少しおかしいかもしれない。
何も知らず関節剣を渡された彼女は、言ってしまえば巻き込まれた人間だからだ。
しかし、譲り受けた時点で、剣に関する全ての覚悟を負った彼女には、そうは思えなかった。

「譲り受けた時点でこれは私の問題でもあります。無関係を装うつもりはありません」
「…貴方様ならば、そう仰ると思っておりました。貴方様は覚悟を持って剣を握っておられる故に。
ですが、お顔を拝見できるならば、謝罪の言葉を述べたいと願っておりました」

こうも丁寧に謝られてしまっては、紅が逆に謝る事など出来るはずもなく。
謝罪のために開いた唇を閉ざし、彼女は漸く足を動かす。
床から出られない彼へと近付き、その程近い場所に腰を下ろした。

「怪我の具合はどうですか?」
「貴方様の忍のお蔭で、回復してきております。ひと月もすれば歩く事もできましょう」
「そうですか。…もし、身体が辛くないならば…聞かせてもらえませんか?竹中半兵衛の事を」

紅の願いに、南次郎は考えるように口を噤む。
そして、溜め息を吐き出すのと同時に、首をゆるりと振った。

「貴方様が望むような答えは何も。
力なく乱世を生きる事のできる刀を求めたあの男に、某は最初の関節剣を渡しました」

使い方を誤れば自らを蝕む、諸刃の剣。
竹中は傷を負いながらも、見事にそれを使いこなして見せた。
関節剣に関しては、天賦の才を持っていたのだろう。

「刀を望むものにそれを与える―――刀匠としての、某の務めを果たしただけの事。
男の剣筋を見て、新しく打った剣が、紅様の持つ『血啜りの剣』でございます」

最初の関節剣に改良を加えられたそれは、噂を聞きつけた多くの武士を引き寄せた。
結果として、群がった人の数だけ血を吸ったそれは、紅の手元へとやってくる。
同じ剣の使い手として、竹中が改良されたそれを望まないはずがなかったのだ。

「私も、乱世を生きるためにこの刀が必要です。ですから、彼にこの剣を渡す事はないでしょう」

奪うというのならば、剣を交えてでも。
強い意志と共にそう告げる紅に、彼は顔の皺を深くしてくしゃりと笑った。

「紅様、剣と小太刀を。床から出る事もままならぬ身ですが、手入れくらいは出来ましょう」

彼の提案に微笑んだ彼女は、氷景、と彼を呼んだ。
名前を呼ぶ一言で全てを察した彼の気配が消え、すぐに戻ってくる。
姿を見せた彼は、その腕に抱えた関節剣と小太刀二振を南次郎に差し出した。
南次郎は頷きながらそれを受け取り、まず小太刀を鞘から解き放つ。

「ふむ…丁寧に扱っておられる。手入れは殆ど必要ありませんな。何か気になるところは?」
「鍔迫り合いの所為で、鍔付近の切れ味が落ちているように感じますが…それ以外は何も」

紅の答えを聞いた彼は、刃先の方から指を滑らせてその具合を確認していく。
なるほど、確かに、少し切れ味が衰えている。

「刀を研いでおきましょう。氷景殿、申し訳ないが、そこの箱を取ってくださいますか?」

氷景の手により運ばれた箱から道具を取り出し、準備を始めていく。
動けない身体では満足な手入れは出来ないけれど、丁寧に扱われているためにこの状態でも問題はない。

「二刻もあれば全ての手入れが整いましょう。改めて、こちらへお越し願えますか?」
「わかりました」

恐らく刃の多い関節剣の手入れに時間が掛かるのだろう。
紅は迷いなく頷き、氷景を連れ立って離れを後にした。

「竹中半兵衛はどうなった?」
「豊臣の元に帰ったらしい。暫くは動かないだろうな」
「そう。一応、動向を見守ってくれる?」
「御意」

短くそう答える彼に満足して、スッと視線を逸らす。
庭に視線を向けていた彼女は、小さく苦笑を浮かべた。

「謝ることさえ出来なかったわ」
「………」
「私に出来る事は…彼との約束を守ること」

彼の子や孫が平和な世を過ごす事ができるように。
小太刀を受け取った時に交わした約束は、今もはっきりと覚えている。

「剣を受け取ったら、奥州に帰るわ。政宗様にそうお伝えして」
「―――御意」

真っ直ぐ前を見据え、また一歩、前へと進む。
それでこそ自分が認めた唯一の人だ―――氷景は心中で口角を持ち上げた。

09.12.18