廻れ、

- 廻 れ 、 廻 れ 。  時 空 よ 、 廻 れ -

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城に入るなり、素晴らしい待遇で迎え入れられた紅。
部屋に通されて数分後、男らしいと表現できるであろう足音が近付いてきた。

「お待たせしてすまぬ!佐助からの報告を聞くまで兵達と鍛錬に励んでいた故に」
「…いえ、お気になさらず」

少しの間が空いてしまったのは、幸村の服装が見慣れた赤い格好ではなかったから。
袴姿の彼の髪は、汗を流してきたのか僅かに水に濡れているようだ。
恐らく、紅が着いたと聞いて、髪を乾かさずに来てくれたのだろう。
思わずクスリと微笑んだ彼女を見て、幸村が首を傾げた。
同時に、ストン、と彼の後ろに舞い降りる影。
その影は、幸村が振り向く前に後ろから手ぬぐいで頭を覆ってしまった。

「ぅわっ!何をする!!」
「旦那、髪ぐらい乾かしなって。だらしない」

そう言いながら、二、三度乱暴に手ぬぐいで頭をガシガシと掻いてから、本人に任せるように手を離す。
佐助の言葉や行動は、まるで母親のように見え―――紅の笑いを誘った。
クスクスと控えめに笑い声を上げる彼女に気付いたのか、手ぬぐいを頭から外した幸村が佐助を振り向く。

「笑われているではないか、佐助!」
「え、それって俺の所為?元はと言えば、旦那がそんな状態で客の前に出てくるからだろ。
城主がそれじゃ、部下に示しが付かないよ」

汗に濡れているならばいつもの事かも知れないが、風呂上りで、となれば話は別だ。
所謂寛いだ状態を客に見せる事は、決して褒められる行為ではない。
ましてや、彼女は兄弟でもなければ侍女でもないのだ。
今更にその事実を思い出した幸村は、やや肩を落として大人しく手ぬぐいを動かした。

―――まるで母親に叱られている子供みたい。

そう考えると、その配役がぴったりとはまってしまうような気がして…三度、笑いが込み上げた。
いよいよ本格的に笑い出してしまう前にと口元を引き締め、脇に置いていた土産を差し出す。

「つまらないものですけれど、どうぞ」
「おぉ!それは某の馴染みの茶屋の!これはかたじけない!!」

先程からは一転。
表情が輝き、いそいそと手が出てくる。
何とも単純な彼の反応には、堪えた笑いが再発しそうだと思った。
口の端を引きつらせた彼女に、佐助の同情めいた視線が向けられる。

「茶を頼んで来よう!!」

団子を持って部屋を出て行く彼の勢いに、思わず無言で見送ってしまう紅。
彼女もあまり細かい事で人を使う事に慣れては居ない。
いやしかし―――城主自ら茶を頼みに足を運ぶものだろうか。
行動力がありすぎると言うのか、今一自分の身分を理解していないと言うのか。
長い溜め息を零す佐助を見ていると、どうやら日常的に行われている事らしいと推測する。

「…苦労するわね」
「いや、ほんとに。氷景もさ、始めは大変だったって聞いてたんだけど…今では慣れてるみたいだし」
「あはは………耳が痛いわ」

ごく一般的な家庭…いや、寧ろ厳しいくらいの家庭で育った紅は、尽くされる事に慣れていない。
お茶を自分で用意して、楓から一時間ほど諭される羽目になった事もあった。
今となっては適度に人を使う事も覚えたために、小言を言われる事もなくなったけれど。

「でもね、今でもお茶くらい自分で入れようと思うのよ。だって…皆、自分の仕事で忙しいじゃない」
「あのな、紅さん。侍女ってのはそう言うのも含めて主の世話をするのが仕事なの」
「それはわかってるんだけど。夕餉の準備中とかに呼び止めてお茶を一杯なんて、やっぱり言いにくいのよ」

喜んでしてくれると言う事はわかっているけれど、今でもやはり、言いにくいと思う気持ちは残っている。
気にしなくていいんです、と強く言われているから、小さな違和感を無視して頼むことにしているけれど。

「その辺は旦那とよく似てるよ、紅さんは。旦那なんて、未だに自分で茶を用意して来る事もあるんだぜ?」

やれやれ、と肩を竦めたところで、足音が帰ってきた。
開けっ放しで出て行ったそこから彼が登場するなり、思わず顔を見合わせる紅と佐助。
帰ってきた幸村の手にはお盆があり、その上には湯気立つ湯飲みが三つ。
自分で用意してきただけではなく、佐助の分まで用意されている。
今まさにその話をしていただけに、笑いを堪えきれない。
顔を逸らして口元を覆う紅、これだよ、と溜め息を吐く佐助。
二人の様子に、幸村が首を傾げた。












幸村御用達の店の団子は、やはり美味しかった。
とは言え二本も食べれば十分な紅は、着々と残りを減らす幸村に目を見開いて唖然とする。

「…よく召し上がりますね」
「うむ!ここの団子なら二十本は軽いでござるよ!」
「二十…」

二十本“は”と言う事は、それ以上も大丈夫と言う事なのだろう。
はじめに頼んだ二十本では、彼を満足させられなかったかもしれない。
他の種類よりも、たれの付いたこの団子が大変気に入っているようだ。
幸村の食欲に中てられた胃を慰めるように、別の種類をいただく紅。

「旦那、そろそろ止めときなよ」
「む…しかし、まだ残っている」
「前に大将に止められただろ?団子を食べ過ぎだって」

大将、こと信玄の話題が出ると、幸村の手が止まった。
既に彼の皿の脇には十数本の団子の串が並んでいる。
中途半端な位置で止まった手はうずうずと動いており、彼の欲求が納得していない事が窺える。

「止められてるんですか?」
「いやー…うん。流石に二十本以上も毎回食べてたらさ、身体に良くないだろうって」
「まぁ…健康は大事だから仕方がないとは思うけれど…」

大将自ら止めなければならない頻度だったのだろうか。
やや驚いた様子の彼女を横目に、未だに団子から目を離す事ができない幸村を窘める佐助。

「大体、昼餉を忘れて鍛錬に励むから駄目なんだよ」
「それは…集中している時が一番、何かを掴める時なのだ」
「そりゃそうだけど。体が資本なんだから…頼むよ、まったく」

これ以上は客の前ですべき討論ではないと判断したのか、佐助が幸村の視線の先から団子の皿を奪う。
名残惜しそうに見つめる目を無視して、紅の前へと置いた。

「いえ、もう結構です」
「そう?じゃあ、旦那が食べないよう見張っててよ。俺、そろそろ見回りの時間なんだよね」

そう言って立ち上がった彼は、ごゆっくり、と言い残してその場から消える。
残された二人の間には微妙な空気が流れた。

「…とりあえず、幸村様」
「う、うむ」
「少し間を空けて、後からいただく事にしましょう。一気に食べるのは身体に良くありませんから」

要は後からならばもう少し食べられるという事だ。
それが伝わったのか、幸村の空気が変わる。
そこから漸く、二人は本題へと入るのであった。

09.08.18