廻れ、
- 廻 れ 、 廻 れ 。 時 空 よ 、 廻 れ -
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この道も久しぶりね。
青毛の愛馬、虎吉に向かってそう話しかける。
すると、山道を歩いていた虎吉がヒン、と返事をくれた。
「幸村様は元気かしら。虎吉も嬉しいでしょう?」
問いかけに対し、ヒヒン、と言う声が返ってくると、紅はクスクスと笑った。
虎吉と言う名を手放しに褒めてくれた幸村。
その恩と言うか何と言うか…とにかく、それを忘れていないのだ。
信濃に向かうことがわかっているのか、上機嫌で歩を進める虎吉。
予想以上の速度で進んでおり、予定よりも早く到着できそうだ。
少し険しい山道には、そこに住んでいる獣の気配以外は感じられない。
悪意がないからだろうか。
紅は安心して虎吉の手綱を握ることが出来ていた。
彼が歩く度に、馬具と紅の刀がカシャン、と控えめな音を立てる。
左側に装着してある関節剣を見下ろし、ふと南次郎のことを思い出した。
―――彼は、その後どうなったのだろうか。
命に別状はないと言った氷景の言葉を疑っているわけではない。
ただ、具合が良くなってきているのだろうかと、気になっただけのこと。
「寄る時間は…あるかしら」
呟いた言葉に答えるような絶妙なタイミングで、ザァ、と木々が風に踊った。
「…紅さーん」
バサッと言う羽音が聞こえた。
それに重なるようにして、小さな呼び声が聞こえてきた。
紅は虎吉を留めることなく、声のほうを振り向く。
もちろん、少し前から近づいてきていることは知っていた。
「や、紅さん。予定よりちょっと早かったな」
「ええ。天気が良かったから、変に足止めされることもなかったしね」
「そっか、良かったよ。城で旦那がお待ちかねだ」
「…随分と久しぶりね。幸村様は息災かしら?」
「それは会ってからのお楽しみ、ってな」
悪戯に片目を閉じて見せた佐助。
その態度が答えを表しているようなものだ。
クスリと笑った紅は、烏に掴まって風に乗る彼の背に続くように手綱を操る。
「それにしても…氷景があの薬を持ってきたってことは、かすがから貰えたんだな」
意外だったよ、と呟く彼に、驚いた表情を見せたのは他ならぬ紅自身だ。
きょとんとした表情の彼女を前に、彼は飄々とした様子で続ける。
「あいつ、かーなーり頑固だろ?味方じゃない相手に薬を分けるような女だとは思えなかったんだよなー」
「…ちょっと待って。あなた、それを知ってて…」
止めなかったの?と言う言葉は必要ない。
紅の言葉を聞いた佐助はニッと口角を持ち上げた。
「あの場合は止めても無駄っしょ?」
悪びれた様子もない彼。
紅は虎吉の上でがくりと項垂れた。
「ま、紅さんならやると思ってたよ。南次郎も回復してきてるぜ」
「…それを聞いて安心したわ。時間があれば、彼の様子も見て行こうと思っていたから」
「それなら好都合だな。南次郎は今、旦那が城に招いてるよ」
あまりにもあっさりと告げられた所為で、重要なことを聞き流す所だった。
南次郎が城に?
疑問がそのまま表情に表れていたのか、佐助が頷いて状況を説明してくれた。
「実は、旦那の頼みごとって言うのは、武田軍の刀を打ってもらうことだったんだ。
それを頼みに行って、まさか襲われてるとは思わなかったけど…丁度良かったよ」
「彼は武田軍に?」
「今の所はまだ保留。ま、あの怪我じゃ考えをまとめるどころか、起き上がることもままならないからな。
旦那は、怪我が治るまでは城に居て返事をじっくり考えて欲しい、って言ってるよ」
「…そう」
話をしつつも足を進めていたお蔭で、城下町へと入った二人。
既に烏を手放している佐助が、紅に向かって手を伸ばした。
「虎吉を預かるよ。走りづめで疲れてるだろ?」
「そうね。お願いするわ」
ひらりと鞍から下りた紅は、持っていた手綱を彼の手に乗せる。
そして、褒めるように虎吉の首をぽんと叩いた。
「城下町の真ん中の通りを真っ直ぐ抜ければ門だ。門番には伝えてあるし、先に行っててくれる?」
「ええ。丁度、城下町を通りたいと思っていたから…こちらとしても都合がいいわ」
「旦那の馴染みの店は、二つ目の角を西に折れて三つ目の店だぜ」
こちらの考えなどお見通しだと言った様子の彼に、紅は肩を竦めて礼を述べた。
そして、剣と小太刀を解いて腰に結わえ付けると、彼が教えてくれた店を目指して歩き出す。
「旦那、結構待ちわびてるからさ。あんまり遅れないようにしてくれよ」
思い出したようにその背中に声をかける。
振り向かずにひらりと手を上げた彼女は、そのまま二つ目の角へと消えていった。
「まさかあのかすがを手懐けるとはなー…。凄いよ、お前のご主人は」
手綱を握ったまま虎吉に話しかけると、彼は自慢げにヒン、と短い声を上げた。
まるでこちらの言葉を理解しているかのような絶妙な声に肩を竦める佐助。
主人が主人なら、馬も馬だな。
常識から少しかけ離れている一人と一匹に、思わず笑みが零れてしまう。
「はい、いらっしゃい。お嬢さん初めて見る顔だねぇ」
気前よく声をかけてくれた店の店番と思しき女性が紅を覗き込む。
「こっちに来たのは久しぶりですから。このお店は初めてなんですよ」
「そうかいそうかい!うちの団子は美味しいからね!堪能しておくれよ」
「ありがとう。ねぇ、真田殿が好んで注文する団子はどれ?」
「幸村様のお客かい?道理でイイ身なりのお嬢さんってわけだ」
並べられている商品を見下ろしながら問いかけると、女性は納得したように頷いた。
身なりはいい…だろうか。
疑問に思いつつ、自分の姿を見下ろしてみる。
落ち武者の格好ではないけれど、町娘やお姫様の格好でもないだろう。
腰には男顔負けの刀が三本。
普通の娘の格好ではないはずだ。
「あのやんちゃな幸村様には、あんたくらいのお嬢さんが丁度いいのさ。
大人しいお姫様に支えられるような器の小さい武士じゃないからねぇ」
紅の疑問に答えるように、女性が豪快に笑う。
そうして、並んでいる団子の中から串のそれを一本持ち上げ、彼女に差し出した。
「幸村様はこれがお気に入りだよ。食べてみな」
「…いただきます」
渡されたそれを受け取り、一つ目を食べる。
甘すぎず、かと言って甘くないわけでもなく。
丁度良い加減の蜜がかかったそれは、確かに幸村が好むに値する味だった。
「じゃあ、これを」
「まいど。何本包んでおこうか?」
「………二十本で足りるかしら」
「はは!幸村様には足りないかもしれないねぇ!じゃあ、十本おまけしておいてあげるよ」
「ありがとう。ついでにオススメのものをいくつか包んでくれる?」
「気前がいいねぇ。そう言うお客は大歓迎さ」
豪快な口調や対応の割に、団子を扱う手つきは丁寧だ。
幸村が好にしているだけの事はある、と納得する。
団子とは思えない重量たっぷりのそれを受け取り、代わりに少しばかり多めの金を渡す。
手土産も出来たところで、と漸く城に向かって歩き出した。
09.05.04