廻れ、

- 廻 れ 、 廻 れ 。  時 空 よ 、 廻 れ -

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他人が操る馬の背で長時間。
乗馬に慣れている紅も、痛む腰を誤魔化す事は難しかった。
政宗がどれほど馬術に長けていようと、紅は彼自身ではない。
ある意味では仕方がない弊害に腰を押さえる紅を見て、彼は苦笑を浮かべた。

「越後からはちょっと遠かったな。大丈夫か?」
「…ええ、何とか。歩けないほどではありませんから」

そう答えた彼女は、やはり腰を摩るようにして庇っている。
その様子に、政宗が何かを考えるように沈黙した。

「政宗様?」
「…そうしてると、明けを思い出すな」
「明け…?」

明けとは、何の明けだ?
首を傾げた彼女に、彼は楽しげに口角を持ち上げる。
その笑みを見て、意味が理解できずとも、自分にとってよろしくないものである事はわかった。
彼から離れようと一歩引いてみるも、逃がさないとばかりに腕を引っ張られれば何の意味もない。
呆気なく彼の腕の中に納まった彼女は、そのままひょいと抱えあげられた。
片腕に乗せるようにして歩き出した彼に、政宗様、と焦ったように声を上げる。

「安心しろよ。腰を痛めてるお前を褥に引きずり込んだりはしねぇよ」
「し…!そんな話をしているのではありません!真昼間から何を仰るんですか!」
「耳元で怒鳴るなって」
「政宗様」

楽しげな会話を続けつつその場を去ろうとする二人に、低い声がかかる。
ぎくりと肩を強張らせる紅と政宗。
後ろ向きに抱えられている所為で正面から向き合う事になっている彼女は、表情が引きつっていた。

「誤魔化そうとしても無駄です。行動相応の説教は受けていただきますよ」

笑っているのに、目は笑っていないと言う矛盾した表情。
それを目の当たりにした紅は、近くにあった政宗の髪をくいと引っ張った。

「…どうしましょう。小十郎さん、凄く怒ってます」
「…いつものことだろ」
「あなたにとってはいつもの事でも、私にとっては非常事態なんです。おろしてください」
「一人だけ逃げる気か?」
「ご指名は政宗様だけですから」

離してください。
付き合えよ。

静かな攻防を続ける二人に、はぁ、と言う溜め息が届く。

「政宗様、紅様をお離しください」

小十郎の言葉に、ほらみろ、とばかりに政宗を見る紅。

「紅様には楓が待っております」
「…左様で」

要するに、紅を叱るのは自分の役目ではない、と言う事か。
紅が納得すると同時に、政宗は彼女を床におろした。
自分だけが説教されるのではないとわかった途端におろすなんて、と言いたげな紅の目が見上げてくる。

「紅様。あちらに参りましょう?」

いつの間にか現れた楓が、ニコリと微笑んでいる。
とりあえず、恐い。
口元を引きつらせた紅は、はい、とか細い返事をして、楓の促すままに歩き出した。













米沢城に帰ってきたのは昼過ぎだというのに、楓から解放されたのは夕暮れ時だった。
風呂で身を清め、浴衣に袖を通し、自室へと戻った彼女。

説教…と言うよりは、延々と紅の立場と、いかに彼女が奥州に必要なのかと言うことを諭された気がする。
自分自身を軽んじているわけではない。
人質にでもされれば、国が、とまでは行かずとも、奥州兵に影響を及ぼす事は必至だ。
根本的な考えの相違もあるけれど、心配させた事に変わりはない。
申し訳なさそうに肩を落とした紅に、楓は溜め息と共に続きを飲み込んだ。

「これで、明日信濃に向かうと言ったら…楓が高血圧で倒れてしまうわね」

その予定だったのだが、少しだけ先に延ばすことにしよう。
明日はお伺いの手紙を書き、氷景に届けてもらえばいい。
その返事を待った上での訪問の方が、確実に幸村に会うことができる。
そうと決まれば、と文机を引き寄せる。
手紙の準備を始めた所で、政宗の気配が近付いてくるのを感じた。

「お帰りなさいませ、政宗様」

お疲れ様でした、と微笑めば、着流しに身を包んだ彼が苦笑を浮かべる。
そのまま大股で部屋の中に入ってきた彼は、彼女が手紙を書こうとしていることに気付く。

「誰に宛てた手紙だ?」

墨すら用意していない状況を見て、政宗がそう問いかける。
紅は筆を用意しつつ、彼の問いかけに答えた。

「幸村様に宛てる手紙です。今度、信濃にお邪魔しますので、ご予定を伺おうかと―――って、政宗様?」

書いてもいない手紙が、伸びてきた彼の手によって握り潰された。
勿体無い、と言う言葉を何とか飲み込み、彼の真意を探るべくその独眼を見上げる。

「随分と活動的な寝床だな?ゆっくり休むことも出来やしねぇ」

そっと頬をなでる指の感触。
紅は彼が何を言わんとしているのかを理解し、軽く目元を染めた。

「あの…申し訳、ありません…?」
「謝るってことは、行かねぇことにするのか?」
「いえ、お礼がありますので」

きっぱりと答える彼女に、政宗はククッと喉を鳴らす。

「…お前らしいな」

そう言って、政宗の大きな手が紅の頭を撫でる。

「紅、来いよ」

立ち上がって隣の寝所へと向かう彼に呼ばれた紅は、文机の上に残された皺くちゃの紙を見下ろした。
そして、新しい紙を用意することなく、文机を部屋の端へと寄せる。
手紙を書かないという選択肢はないけれど、政宗以上に優先する必要はない。
ぐるりと部屋の中を一瞥してから、呼ばれた寝所へと向かう。
後ろ手に襖を閉ざせば、そこから先は夜が支配する時間だ。




「氷景」
「筆頭?」
「信濃への手紙を受け取ったか?」
「あぁ。今朝姫さんから預かってるけど…どうかしました?」
「燃やせ」
「………や、流石にそれはちょっと…無理っす」
「―――…ただのジョークだ。ついでに、真田幸村に腕を磨いとけって伝えろよ」
「了解、筆頭―――って、もういねぇのか。…ジョークには聞こえなかったんだけどな」

09.04.20