廻れ、
- 廻 れ 、 廻 れ 。 時 空 よ 、 廻 れ -
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スラリとした細身の背格好は、一見しただけでは性別を迷ってしまう美しさも秘めている。
何かの病に侵されている所為なのか、存在そのものが儚くも見える。
しかし…矛盾しているが、彼の存在感は強い。
政宗ほどではないにせよ、一端の兵とは比べ物にならない存在感だった。
「知っていてもらえるとは…光栄だ」
「…私のことも、知っているようね。………今回の一件…あなたが裏で手を引いていたのかしら」
質問ではなく、断定的に話す。
彼は仮面の下で目を弓なりにした。
「馬鹿な人間ではなさそうだね。安心したよ。わざわざこんな所まで来た甲斐があった」
自信に満ちたその言葉に、紅は軽く眉を寄せた。
彼がここにいるということは―――
「私の兵士に何をしたの!?」
紅がそう声を荒らげる。
山賊の根城を囲うように配置していたはずの兵。
村人たちが使う道を避けるように配置していたとはいえ、こんな風に中心へと侵入するには、それを越えねばならない。
「何をした、とは心外だな。伏兵は潜んでこそ意味がある」
「…豊臣の兵士が入り込んでいたのね―――情けないことだわ」
金で豊臣に寝返ったのか、豊臣の兵が雪耶の兵に潜んだのかはわからない。
しかし、彼の息のかかった兵士が紅の兵の中にいると言うことだけは明らかだ。
「さて…そろそろ本題に入らせてもらおう」
竹中はそう言ってパシッと関節剣で手の平を叩いた。
そして、その剣の切っ先を紅へと向ける。
「君の持つ関節剣を渡してもらおう」
「…言っていることの意味が理解しかねるわ」
「理解する必要はないよ。刀匠、刀狩の南次郎の関節剣を渡してくれれば、用件はそれで終わりだ」
話すつもりはないらしい。
会話にならないな、と思いつつ、溜め息を吐き出す。
そして、関節剣を鞘へと戻し、代わりにもう一つの小太刀を抜き取った。
「彼の願いと共に受け取ったこの剣を、誰かに渡すつもりはないわ」
「…元々、その剣は僕が譲り受ける筈の剣だ。それを、他の人間の手に委ねるとは…実に、愚かしい」
「あなたが…?」
そんな話は聞いていなかった。
南次郎が、この剣を『血啜りの剣』と呼び、今まで主を持たなかった刀だと言っていたのは覚えている。
しかし、これを他の誰かに譲るつもりだったと言う話に覚えはない。
竹中の思い込みなのか、それとも―――
「生憎、僕には秀吉のような力はない。この身体で戦うには、優れた武器が必要なんだよ」
「………それに関しては、同意できる部分ね。でも、引くわけには行かない」
女性のように細身の彼が戦場で生き残るには、力以外の要素が必要になってくる。
刀ではかばいきれない部分を補うこの関節剣は、彼にとっても重要な武器なのだろう。
「何故、この剣を求めるの?あなたはすでにその関節剣を持っているじゃない」
新たなものを求める必要など、どこにもないはずだ。
そう告げる彼女に、竹中はフッと嘲るように笑みを浮かべた。
「その関節剣は、南次郎の作の中でも最高峰だと言われているんだよ。
故に、今までの主人はその剣を扱えなかった。望む者の数だけ、血を啜った剣だ」
紅に恐怖を抱かせることが目的なのか、竹中は声を低くしてそう語る。
彼の言葉に偽りがないと言うことは、その目を見ていれば理解できた。
恐ろしい剣だとは思う。
しかし、紅は彼からこの剣を受け取った。
乱世を生きていくならば、この剣を使えと譲ってくれた彼の意思を思えば、手放すことなど考えられない。
「これがどのようなものであろうと、関係はないわ。私は…ここで、乱世を生きていく。
その為にはこの剣が必要だった。だから、彼からこれを受け取る覚悟をしたの」
人の命を啜った、呪われた剣を受け取るには、その命の重みを背負う覚悟が必要だった。
その覚悟を決めた以上、紅に迷いはない。
「………交渉決裂、か。君は賢い人間だと思ったんだが…どうやら、南次郎と同じ道を辿るのが運命のようだね」
そう言って、彼はスッと剣を構える。
高い位置に構えられたそれの切っ先が、真っ直ぐに紅を射抜いた。
「南次郎と…同じ…?」
ドクン、と心臓が跳ねる。
そんな彼女の変化に、彼はニッと口角を持ち上げた。
「今まで渋っていた割にはあっさりと他人に渡してしまったようだからね。
今更一人分の血を啜ったところで、この剣の重さに変わりはない」
―――あぁ、嫌だ。このことだったのか。
紅はスッと血の気が引いていくのを感じる。
それと同時に、頭の中が冷めていった。
「殺したの…?」
「さぁ、どうだろうね。後を追う君には、関係のない話だよ。
この件がなくとも、君は秀吉にとって妨げとなりかねない。―――実に、危ない存在だよ、君は」
ヒュンッと風を切る音が聞こえる。
真っ直ぐに自分に向かってくる、まるで意思を持っているかのような関節剣の刃。
己を貫かんと牙を剥くそれを前に、紅は眼差しを鋭くした。
タイミングよく小太刀を振り上げ、初撃を弾く。
耳障りの悪い金属音が林の中に響いた。
「危険だと言われて、はいそうですかと死ねるほど、私は自分の命を軽んじてはいないわ。
果たすべき使命がある以上、殺されるのを黙っているわけには行かない」
「―――――」
「何を驚いているの?私も、あなたと同じ関節剣を使っているのよ。刃の捌き方程度、知らないはずがないでしょう」
弾かれた反動で宙を舞っていた刃がジャラン、と地面にとぐろを巻く。
紅は言葉が終わるや否や、落ちた刃を踏み、回収を防いで一気に距離をつめた。
間合いへと入り込まれた竹中は小さく舌打ちをして、僅かに遅れながらも伸ばした刃を引き寄せる。
懐に入り込む紅の背を追うように刃が鍔元へと向かってきた。
紅は後ろも振り向かずにそれを避け、下段から斜めへと袈裟懸けに小太刀を斬り上げた。
刃先に手応えを感じたけれど、肉を裂いた感覚はない。
紅は深追いすることなく後方へと飛び、結果を見る。
白い着衣を斜めに引き裂くことには成功したようだが、その下に見える肌は紙一重のところで傷がない。
咄嗟に身を引いて切っ先を逃れたのだろう。
「―――なるほど。報告通り…随分と厄介だ」
瞬発力と、攻撃に転じるまでの決断力の速さ。
女性であると言う部分を補って余りある俊敏で正確な攻撃に、竹中は心中で眉を顰めた。
これならば、潜ませていた兵からの報告も、納得できる。
僅か数ヶ月の間に伊達軍の中で急速な成長を見せ、右目と並べる位置まで上り詰めた女剣士。
民や兵からの人望も厚く、場合によっては言葉一つで軍を動かすことの出来る力量を持つ者。
豊臣軍にとっては、厄介な存在である。
「ここで消しておくのが一番。だが―――」
「させねぇよ」
割り込むように声が降って来るのと同時に、地面に何かが落ちた。
着地と同時に弾け飛んだそれは、煙幕のようだ。
一瞬のうちに視界を奪われた竹中は、気配を頼りに走り出す。
紅は竹中の気配が遠ざかっていくのに気付いていた。
しかし、後を追うことはしない。
キンッと両側の鞘に小太刀を納め、ふぅ、と息を吐き出す。
「遅かったのね、氷景」
「10人だな。こっちを裏切ったわけじゃなくて、先月の半ばに志願してきた奴らだ」
「…そう。裏切りじゃなくて、何よりだわ。捕らえた?」
「もちろん。それより…逃がして、よかったのか?」
氷景は、紅ならば煙に乗じて竹中を攻撃できることを知っていた。
しかし、彼女は動かず、そして竹中は逃げた。
これは、紅が逃がしたからに他ならない。
「…今は追うべきではないと判断しただけよ。怪我一つ負ってはいけないことになっているから」
剣を交えて、わかった。
自分は彼に劣っていない。
けれど、無傷で済むかと言われれば、そこは頷けないのだ。
「それより、氷景。任務よ」
「…はい」
「信濃に向かって。任務の内容は…刀狩の南次郎の生死を確認」
「承知。姫さんを城に送り届けてから、すぐに向かう」
「………こんなことがあった後だし…止むを得ないわね」
そう呟くと、紅は腰に挿した関節剣を見下ろす。
そして、心の中であの老人の無事を願った。
08.06.19