廻れ、

- 廻 れ 、 廻 れ 。  時 空 よ 、 廻 れ -

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政宗だったならば、今回のような状況であれば、自ら乗り込んでいって敵の将を抑えただろう。
しかし、紅は自分の実力にそこまでの自信を持っていなかった。
もちろん、不安を抱いているわけではない。
何か不測の事態が起こった場合、それを対処できるかどうかがわからなかった。
だからこそ、彼女は精鋭部隊の殿につく。
穴倉を拠点とする山賊に、背後を取られてしまうことを考慮した結果だ。

「広さは身丈の2倍ほど。存分に刀を振るうことは出来るだろう。だが…その広さはあくまで、奥の生活区に限る」

事前に氷景からそう説明を受けていた。
入り口は狭く、奥は広いつくりになっているようだ。

「紅様、私に斥候を。中の様子を探ってまいります」
「…任せるわ。状況が悪ければ引いて。場合によっては…この入り口を封じれば、片はつくから」

後半部分はやや表情に影を落としつつ、そう命じる。
地理的条件が悪い。
踏み込んだが最後、心中とばかりに閉じ込められたのでは意味がないのだ。
入り口の封鎖―――それは、即ち…山賊たちを生き埋めにするということ。
出来るならば、そんな事はしたくはない。
しかし、将として、人の上に立つ者として…紅は、それも覚悟していた。
慎重に進んでいく彼の背中を見送りながら、出来るならば、と思う。
やがて、彼は穴の中へと消える。

「氷景」
「はい」
「―――火薬の設置を」

理由はわからない。
けれど、そうしておかなければならないと言う義務感のようなものが、紅の思考を支配した。
氷景は何も言わず、ただ軽く頭を下げ、城から運んできた荷から火薬の箱を探す。
大小あわせて20個の設置を終えるまでに、1分とかからなかった。
それらの導火線の位置を確認してから、再び紅の元へと戻る。
彼女は氷景の作業は見ておらず、睨み付ける様にアジトの入り口を見つめていた。

―――遅い。

氷景から聞いていた中の広さを考えれば、もう出てきてもおかしくはない。
一向に姿を見せない斥候の彼に、紅は組んだ腕を解いた。

「…どう見る?」
「慎重に進んでるのか、あるいは…すでに敵に捕獲された後か」
「………あと1分待って―――」

紅の言葉が半ばで途絶えたのは、足音が近づいてきたから。
彼女の警戒を読み取ったのか、その場に居た精鋭部隊の彼らもまた、自身の得物を意識する。
自分の鼓動の大きさを意識しつつ、次第に大きくなってくる足音のするほうをじっと見つめた。
やがて、暗いそこから人影が見えたかと思えば、その人物はふらふらと歩き、やがてザァッと地面に転がった。

「暁斗!」
「―――ですっ」

何かを言っているのがわかったけれど、紅にはその言葉が聞き取れなかった。
一応小太刀の片方を抜き、入り口を意識しながら彼へと駆け寄る。
傍まで駆け寄った彼女は、その姿に息を呑んだ。
あるべき場所に右腕がない。
代わりに、そこからは夥しい量の血があふれ出ている。

「暁斗っ!」
「――――っ」

彼は、残った片腕で身体を起こし、痛みに表情を歪めながら紅を見た。

「罠、です…!」
「え?」

どう言う事だと問う前に、彼が何かに気付いた。
そして、それと同時に、氷景も何かに対して反応を見せる。

「姫さんっ!!」

彼らに2秒ほど遅れ、紅もまた、自分に向かって一直線に伸びてくるそれに気付く。
咄嗟に抜き身の小太刀を構えたが、それで往なすよりも早く、暁斗の手により体勢を崩された。
紅の髪を一筋切り裂くようにして、それが真横を通り過ぎていく。
見覚えのあるそれに、彼女の目が見開かれた。








即座に動き出していた氷景が伸びたそれを攻撃するも、それを逃れるようにして伸びたそれが引いていく。
林の向こうへと消えて行くそれを目で追い、その場に居た全員が抜刀した。
体勢を崩していた紅も追撃に備えて姿勢を整え、小太刀を構えなおす。

「何奴!姿を見せろ!!」

一人がそう叫んで林の方へと走り出そうとした。
紅はそれを見て軽く舌を打つと、左手で関節剣を抜き、一気に突き出す。
紅の剣は走り出していた男の脇を通り抜け、彼に向かって伸びてきたそれを弾き飛ばした。

「動くな!奴の間合いは広い!!」

紅の怒鳴り声に、全員がぴたりと動きを止める。
その間に立ち上がった彼女は、剣を戻す動作と同時にその場から駆け出した。

「暁斗の止血と山賊の確保を!誰一人逃がすな!!」

石像と化した家臣らにそう命令し、紅は逃げるそれを追って林の中へと駆け出した。













相手も移動しているのか、踏みしめた草がずっと続いている。
それを追う様に走りながら、紅は周囲の気配を読んだ。

「兵たちの姿が見えないわ。確認してきて」
「…一人で大丈夫か?」
「相手は意図を持って移動しているわ。場所に誘導するまでは止まらないだろうから。急いで」

紅の頭上、木の枝を移動するようについてきていた氷景の気配が遠のく。
兵たちはまだ生きているようだが、打ち合わせとは違う位置に移動しているのが気になる。
彼ならばそこまでの移動は、ものの10秒と言ったところだろう。

「ついて来いとばかりに速度を落として…気に食わないわね。そして、何より…」

紅は左手の関節剣を見下ろした。
一撃目も二撃目も、これと同じ関節剣による攻撃だ。
相手も同じ武器を手にしていると言うことは、まず間違いないだろう。
これを扱う者として、その危険度は重々理解している。
ギュッと柄を握りなおしたところで、前を逃げていた気配がとまった。
一旦そこで足を止め、近づく前に相手の周囲を探る。
他に人の気配はない。
紅は走ることなく、歩いて残りの距離をつめた。
少し開けた場所に出れば、漸く相手の姿が見えてくる。

「ようこそ、伊達の戦姫」

白い衣装を纏い、抜き身の関節剣を持つ細身の男。
紅の持っている関節剣は白銀だが、相手の剣の刃は黒い。
仮面と形容していいのかはわからないが、顔の一部を隠したそれに、紅の脳裏に悠希の声が甦った。

―――紫の仮面をつけた優男。白い衣装で、関節剣って言う伸び縮みする武器を使うのよ。その男の名前は…

「竹中…半兵衛…」

呟いた声が届いたのか、男は綺麗に口角を持ち上げた。

08.06.15