廻れ、

- 廻 れ 、 廻 れ 。  時 空 よ 、 廻 れ -

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その日、紅は雪耶の家臣を連れ、領地の村々を回っていた。
忙しくしている彼女は、そう高い頻度でこうして見回ることは出来ない。
けれど、数ヶ月に一度は必ず自身の領地を回り、人々の生活を知ろうとした。
そんな彼女の行動は、初めの頃こそ偽善とも取られていたけれど、今となっては自然な形で受け入れられている。

「紅様」

馬を休ませるためにと、立ち寄った村で一休憩を入れていた紅は、その声に振り向いた。
いつの間にかそこにいた氷景が彼女の前に膝を着く。

「戻ったのね」
「は!次の村までの主となる道は、先の暴風雨が原因で土砂に埋まっていました」
「…そう。予想通りね。あのあたりは前から危ないと思っていたし…」

彼からの報告を聞き、紅はどうしたものか、と腕を組む。
この道を通らなければ次の村までは酷く時間がかかってしまう。
先に氷景に様子を見てきてもらって正解だった。

「…迂回しましょうか」
「迂回路も地盤が緩んでいるので同意しかねます。今日はここまでにし、いったん城に戻られるのが上策かと」
「……困ったわね。そうなると、あの村への視察が遅れてしまうわ」

先ひと月は予定が完全に埋まっている。
何とか時間を作って…と考えたが、やはり無理だ。
視察程度は氷景に頼めば十分に事足りる。
しかし、紅は自らが村を訪れることに意味があると思っていた。
ふと、そんな彼女らに近づく農民がいた。
あの…と控えめにかけられた声に、その場の全員が声の主を見る。
地面に額をこすり付けんばかりに平伏した状態で、農民はそこにいた。

「恐れながら、紅様に申し上げたい事が…」

ここで、家臣の視線が紅へと向けられる。
無礼者とその申し出を切り捨ててしまわないのは、彼女がそれを望んでいるからだ。
紅は軽く手を動かして家臣らを動かし、その農民の前に移動する。

「どうしたの?」
「はい。実は…隣村までの土砂崩れは、人為的なものだとの噂が…」

頭を下げたままそう言った彼に、紅は思案するように表情を真剣なものへと切り替える。
氷景の方へと視線を投げると、彼は即座にその場から消えた。

「詳しく聞かせてくれるかしら?」
「は、はい!」













男の話によると、このあたりの山に山賊の一団が住み着いたらしい。
それだけでも迷惑な話だが、その山賊は隣村を孤立させようと目論んでいるそうだ。
その証拠に、隣村へと通じる道がひとつずつ封鎖されている―――と言うことだ。

「ありがとう。下がっていいわ」

紅はそう言って農民を帰すと、再び腕を組んだ。
その表情は、先ほど予定云々を考えていた時とは比べ物にならない。
彼女の空気により、家臣一同は今回の視察で山賊を捕らえることになりそうだ、と覚悟した。

「紅様、如何なさいますか?」
「よくわからない部分も多いけれど―――人為的だったとすれば、動く理由にはなるわね。
竜の膝元で悪さをしようとしたこと…後悔させてあげるわ」

ニッと口角を持ち上げる。
もちろん、紅は状況を楽しんでいるわけではない。
しかし、この不敵な笑みが、家臣たちの不安を取り除くのに一役買っている。
彼女が居れば大丈夫―――そう思わせるだけの強さを秘めた表情だ。
程なくして、氷景が再び姿を現した。

「現場で火薬の名残を見つけました。雨で緩んだ地盤を爆破したものと思われます」
「―――よし。じゃあ、さっさと行きましょうか。山賊の根城は?」
「特定してきました」

彼が土砂崩れの現場を調べるだけで帰ってくるとは思っていなかった。
その予想を裏切らぬ行動を見せた彼に、紅は満足げに微笑む。
だが、案内して、と告げるよりも先に、氷景が口を開く。

「しかしながら、奴らも随分と警戒している様子。準備なく根城を攻めるのは危険かと思われます」
「…政宗様に報告すべきだと?」

彼の言葉の裏に含まれた意味を理解した紅がそう尋ねる。
氷景は静かに頷いた。
紅は彼の反応に、考えるような素振りを見せる。

「…そうね。勝手に動くべきではないのかもしれないわ。政宗様にご意見をいただくべきね」

雪耶の領地内での問題とはいえ、ここが奥州の領内であることに変わりはない。
紅の判断で動いたとしても、恐らくお咎めはないだろう。
しかし、氷景が攻め急ぐべきではないと判断したのだ。
彼の忍としての能力を高く買っている紅は、その進言を無視しようとは思わなかった。

「とりあえず、崩れている箇所の状況だけ見ておきたいわ。氷景、ついてきて」
「は!」
「では、紅様。我々も…」
「あなた達は、手分けして噂を集めておいて。他にも何か知っている人がいるかもしれないから」

共に、と言葉が続く前に、紅はそう言った。
しかし、共が忍一人と言うのは少し頼りなく思えてしまう。
納得しかねている家臣の様子に、彼女は苦笑しつつ虎吉の手綱を握る。

「氷景が一緒だから大丈夫よ。それに、ほら…忍に村の人の話を聞いて回らせるわけにもいかないでしょう?」

情報収集ならばまだしも、面と向かって話を聞いて回るのに忍は不適切だ。
出来るだけ顔が知れていない方が裏で動きやすいからである。
その言葉には、確かに、と思う部分もあったのか、彼らの反応も随分と良くなった。

「じゃあ、頼んだわ。氷景、行きましょう」

もう大丈夫だと判断したところで、紅は虎吉の背に跨る。
いつもなら凍雲を使う彼だが、さほど距離がないからか、虎吉が追える速度で走り出した。
それを追うようにして、紅も虎吉を走らせる。
二人の背中が見えなくなるまで見送り、家臣たちは自分たちの役目を果たすべく動き出した。








「―――それで?」

いくらか走ったところで、紅が突然そう切り出す。
氷景はちらりと彼女に視線を向け、その口角を持ち上げた。

「あんたのそう言う所が好きだぜ、俺は」
「好いてもらえて嬉しいわ。で、どう言う事なの?」
「視察の情報が洩れてる。今回の視察にあわせてこの道が封じられたらしいからな」

速度を変えることなくぴたりと虎吉の横につき、氷景がそう告げた。
彼がすべてを話していなかったことは、その空気から何となく感じていた。
家臣を置いて単独行動をすると言ったのもこのためだ。

「…別に、視察の情報程度が洩れたところで痛くも痒くもないけれど…。
雪耶の家臣と政宗様しか知らないことが筒抜けと言うことね」

はぁ、とため息を吐き出す。
そして、徐々に速度を落とすよう手綱を操り、早歩きまで速度を落とさせる。

「目星は?」
「まぁ、一番に疑うべきは今回入ってきた新入りだが…」
「………念のため、探っておいて」

本当ならば家臣を疑うようなことはしたくはない。
しかし、そんなきれいごとばかりを言っていられないのが紅の地位だ。
上に立つ者として、時には腹心の部下だって疑わねばならない。
全ては政宗を守るため―――紅は、嫌がる己に目を閉じた。

08.05.26