廻れ、
- 廻 れ 、 廻 れ 。 時 空 よ 、 廻 れ -
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次に来る時は、子供も一緒に連れてくるね。
そう言った悠希に「数ヶ月も会わないつもり?」と問いそうになった。
しかし、状況を思い出し、その言葉を飲み込む。
二人が暮らす場所には現実的な距離の壁が立ちはだかっていて、ひとつきに何度も会うことなど出来ない。
現状を思い出した紅は、一旦口を噤んだ。
そして、頭の中で整理し終えた言葉を口に出す。
「元気な子に会える日を楽しみにしてる。今度は私の方から会いに行くのもいいかもしれないわね」
「会いに来るなら、天下を統一してからにしなさいよ。陸路はまだまだ群雄割拠の時代なんだから」
危険を冒してまで会いに来いとは言わない。
それくらいならば、安全なところから手紙を送ってくれる方が何倍もマシだ。
悠希の思いに、紅は強く頷いた。
「…時代が動き出す。きっと、海路も安全ではなくなると思うわ」
「わかってる。元親も…そんな事を言ってたから」
「彼がいるから大丈夫だと思うけれど、無茶はしないようにね。一人の身体じゃないんだから」
「…何か照れるわね、その言葉」
まさか自分が言われることになるなんて。
悠希は僅かに頬を染め、そして小さく笑った。
「ちゃんとわかってるから」
大丈夫。
ぐっと拳を握ってそう告げる彼女に、紅は安心したように微笑んだ。
海原へと進みだした船の上から、悠希が大きく手を振った。
やがてその姿が見えなくなると、紅は空を仰ぐ。
寂しくない―――そう言うと、嘘になってしまう。
けれど、彼女にも自分にも、個人の生活があり、生きるべき場所がある。
すぐには会えないくらいに遠いところだけれど、今生の別れというわけでもないのだ。
「大丈夫―――私の夢は、ここにある」
胸元に下げている首飾りを拾い上げる。
政宗を思い出させるその青い石に、紅はそっと唇を落とした。
―――彼がいる限り、自分も歩き続けられる。
「帰ろうか、虎吉」
紅は傍らで佇んでいた虎吉の手綱を取り、鐙に足をかけて一気に鞍へと跨った。
高くなった視界は、それだけで清々しい気持ちにさせてくれる。
いつの間にか慣れてしまっているこの視野に目を細め、手綱を握りなおした。
そして、虎吉の馬首を返すように手綱を操り、帰路へとつく。
城へと戻り、虎吉を馬小屋に預けた紅は、そのまま自室へと向かって歩き出した。
途中、賑わっている様子の道場の方へと視線を向ける。
「?」
何だか、いつもより騒がしいような気がする。
この時間は、小十郎が兵たちの訓練を行っているはずだ。
今日は一段と厳しい訓練なのだろうか―――騒がしくなる一方のそこに、少しばかり興味を抱く。
特に何かしなければならなかったわけではない。
頭の中で今日の予定を確認した紅は、よし、と進路をそちらに変更した。
近づくにつれ、賑わいの中に時折「ダァン」という何かを打ち付けるような音が聞こえてくる。
音の種類が多くなるに従い、何となく騒ぎの理由がわかってきた。
換気のために開かれたままになっている入り口から、ひょいと顔を覗かせる紅。
30人ほどの興奮する兵たちの向こうに、予想通りの光景があった。
「…珍しい…政宗様と小十郎さんがしあってるなんて」
輪の中心で、木刀を持った小十郎と政宗が対峙している。
本気ではないだろうけれど、7割程度の実力は出しているのだろう。
木刀の限界が見えているような気がする。
尤も彼らが本気で打ち合えば、この建物が無事ではすまない。
とりあえず、床の一部や、なぜか天井が割れているが、その形は保っている。
数メートルの距離が一気に縮み、バァンと激しい音がして木刀同士が弾き合う。
それを見ていた紅は、兵たちが興奮気味に魅入っている理由を悟った。
荒々しく繰り返される攻防。
取って取られて、読み読まれて。
次の一手どころか、五手先くらいまで相手の動きを読んで動いているであろう彼ら。
凄いとしか言えない。
目を奪われ、言葉を失う。
バキッと一際大きな音が響き、折れた木刀が壁に突き刺さった。
その音によりハッと我に返る紅。
一呼吸をおいて、野太い歓声が建物を揺らした。
わらわらと彼らを取り囲んでいた輪が小さくなっていく。
中には彼らが如何に格好良かったかと力説する声もあった。
散れ、と告げる小十郎の表情も満更ではない様子で、久々の対峙を楽しんだのだとわかる。
晴れ晴れとした二人の表情を見て、紅は自然と笑みを浮かべた。
しかし、彼らと同じように二人に駆け寄ったりはせず、入り口のところから一歩も動かずにその様子を見つめる。
すると、政宗の視線が動き、確かに紅を見た。
彼の手首の動き一つで兵たちの壁がザザッと割れ、道が出来る。
歩き出す彼を追っていき、他の者も紅の存在に気づいたようだ。
その場から動かずに挨拶をしてくる彼らに、紅は軽く微笑む。
「帰ったのか」
紅のすぐ傍らまで歩いてきた政宗は、木刀を持っていない方の手で髪を掻き揚げた。
汗で少し湿った髪は額を覆うようには戻らず、そのままの状態で落ち着く。
こめかみや首筋に浮かんだ汗に気づき、紅は壁にかけてある手拭いを取り、彼に差し出した。
「先ほど帰ってきたばかりです。長曾我部ご夫妻も、問題なく沖を離れました」
「そうか。悪かったな、任せちまって」
汗を拭いつつそう言う政宗に、紅は首を振って「構いません」と返す。
それから、解かれた襷と共に手拭いを受け取った。
「久しぶりですね。小十郎さんと鍛錬されている姿を見るのは」
「…そうだな。最近はあいつを斥候の指揮に向かわせることも多かったからな」
二人の時間が上手く合わなかったのだろう。
紅は彼の返事を聞き、その後ろを見る。
すでに小十郎の指示の元、訓練が再開されているようだ。
「元親殿からいくつかお話をいただきました。報告はどうしましょう?」
「汗を流したら聞く。部屋で待ってろよ」
そう言って歩き出す政宗に続き、紅も足を進める。
そして、ふと彼の姿を見つめた。
着流しではなく、訓練に適した袴を着ている彼。
袖から覗く腕などは、すらりと筋肉がついていて、いかにも男の人らしい。
「…紅?」
視線を感じたのか、政宗が振り向いた。
ビクン、と肩を揺らしてしまった彼女は、僅かに頬を染めつつ彼の隣に並ぶ。
「どうした?」
疲れたのか?と顔を覗き込まれ、紅は首を振った。
「…政宗様の格好に、男性らしさを感じて…いただけです、から…お気になさらず」
言っていて恥ずかしくなってきてしまった。
口元を隠して顔を背ける彼女を見て、政宗は軽く笑みを浮かべる。
そして、彼女の頭を撫でた。
「あんま見慣れんなよ」
「え?」と首を傾げた彼女に、政宗は笑みを深めた。
「その反応がなくなるのは勿体無ぇ」
08.05.20