廻れ、

- 廻 れ 、 廻 れ 。  時 空 よ 、 廻 れ -

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城門のところで客人を迎えるべく佇んでいた紅は、近づいてくる一団に気付く。
小さかったそれがやがて大きくなり、彼女の前に止まった。
馬を下りる元親の前へと進み出て、穏やかに微笑む。

「長旅ご苦労様です。お変わりなさそうなご様子で安心しました」
「よぉ。あんたも元気そうだな。うちのはどうしてる?」
「風邪の方は既に回復して、元気すぎるくらいです」

馬を家臣に預け、元親を城内へと案内する。
庭に面した廊下を歩きながら、紅は思い出したように口を開いた。

「…もし、四国へ戻られてから悠希の体調に影響が出た場合は、すぐに手紙でお知らせください」
「ん?いつもあいつがそうしてるだろ?」
「そうではなく…恨み言も、謹んでお受けいたします」

そう言った彼女に、怪訝そうな表情を見せる元親。
紅は足を止めて彼に向き直った。

「この度の滞在中に、家のことに巻き込んでしまい…悠希にはいらぬ心労をかけてしまいました。
医者は別状ないと言いますが、やはり心配は残ります。ですから…」

そこで言葉を区切った彼女に、彼は頭を掻いた。
それから「悠希は」と言葉を発する。

「悠希は、何て言ってる?」
「この程度で元親殿の子がどうにかなるとは思えない、そう言ってくれましたけれど…」
「それは俺も同感だな。その程度の心労でくたばるようじゃ、海の男はやっていけねぇ」

少し痛いくらいに、頭に強く手を置かれる。
そして、無遠慮に髪を撫でられてしまった。
彼の息子の信親の年齢を考えれば、元親と紅は恐らく10以上は離れている。
その事実と、この遠慮ない行動が、まるで子供のように扱われていると感じてしまった。
だが…不思議と、嫌悪感は抱かない。

「紅」
「…はい」
「あいつはいい女だろ?」

押さえつけてくる手の下から、彼の表情を盗み見る。
満足げで、そしてどこか優しい彼の表情に、紅は素直に頷いた。

「ええ。自慢の友人です。彼女が居てくれてよかった」

そう答えると、元親はまるで子供のような笑顔を浮かべて「そうだろ!」と笑う。
大事にされているのだと、感じることが出来た。

「―――元親殿はこちらでお待ちください。悠希を呼んで来ますので」

一部屋に案内した紅は、そこに控えていた侍女に持て成しを頼んでそこを後にする。
そして、悠希を呼びに行くべく慣れた床を踏んだ。












「紅。元親は来たか?」

廊下を歩いていた紅は、向こうから歩いてきた政宗にそう問いかけられる。
紅は軽く頷き、そして答えた。

「ええ、いつもの部屋にお通ししました。持て成しも頼んでありますよ」

にこりと微笑んだ彼女に、政宗は苦笑する。

「で、お前は悠希を迎えに行く途中か。…普通、逆だろ」

主人が足を使って迎えに行き、侍女が客を持て成す―――少し、違う気がする。
しかし、その感覚は彼女には理解し難いものだったようだ。

「逆…でしょうか」

首を傾げる彼女に、彼は「構わない」と告げた。
彼女を常識の枠で縛ってしまうことは、その個性を奪うことになる。
ひいては、彼女という人間に線引きをしてしまう結果となるのだ。
彼女は、自由にいきるのが一番だ。

「それより…どうした?髪が乱れてるぞ」

そう言って、政宗が彼女の髪に手を伸ばす。
歩いている間に乱れたというよりは、故意的な手が加わった状況に見える。
政宗は、絡まっているわけではないらしい彼女の髪を梳き、整えてやった。

「あ、えっと………少し、童心に返っていました」

的を射た返答ではなかった。
予想通り、政宗は不思議そうに首を傾げる。
しかし、紅はそれ以上説明するつもりはないらしく、ニコニコと嬉しそうに笑うだけだ。

「…嬉しそうだな」
「ええ。悠希は、良い方の所に嫁ぎました。本当に…そう思います」
「何だ、羨ましいのか?」

僅かにからかいを含ませてそう問いかける彼。
肯定の言葉を返すはずがないとわかっていながら、聞いてくるのだ。

「悠希が幸せなのが嬉しいだけです」

そこに、他意はない。
偽りのない声でそう答える彼女に、政宗は口元に笑みを浮かべた。
そして、乱れた髪を整え終えた手で、その髪の一房を掬い取る。

「―――後悔してないか?」

つい先日まで、色々とあった所為だろう。
ここで彼女が頷かないことを理解していても、言葉としてそれを聞きたいと思う。
彼の思いに気付いたのか、紅は少しだけ困ったように微笑んだ。

「私は悠希のように慣れていないから、政宗様の望むことに気付かない事も多いと思います。
けれど…これだけは、言わせてください。私はあなたと一緒に居られることが本当に幸せなんです」

恋愛経験値は、悠希よりも遥かに低い。
それなりに男性から交際を申し込まれたことはあったけれど、全て断ってきているのだ。
本当の意味で政宗は彼女にとって初めての恋人であり…今となっては、夫だ。
相手が何を望んでいるのか―――それに気付くまでに、経験がない分、時間がかかってしまう。

「例え傷ついて辛い思いをすることがあったとしても、後悔だけはしません」

未来は不確定なものだ。
しかし、これだけははっきりと言える。

「…そうか」

彼はそう言って僅かに口角を持ち上げる。
いつもの不敵な笑みとは違い、穏やかなそれに、紅が目を奪われた。
彼女の髪を遊ばせていた手が頬を滑り、目元を撫でていく。
誘われるように視線を絡め、互いに小さく笑い声を発する。

「―――客人を待たせてしまいましたね」
「まぁな。だが、そんなことを気にするような野暮な奴でもねぇだろ」

そう言うと、政宗はポンポンと紅の頭を撫でる。
優しい手の平の感触に、心も一緒に撫でられているような感覚を覚えた。

―――やっぱり、一番落ち着く。

「ほら、悠希を呼んで来い。俺は先に行ってるからな」
「はい。すぐに戻りますから、お願いします」

紅がそう答えると、彼はまた穏やかに微笑んで、最後とばかりに彼女の髪を撫でてから歩いていく。
その背中を見つめ、撫でられた頭から頬へと手を添えた。
小さく笑みを浮かべ、彼女も悠希の部屋へと歩き出す。

08.05.04