廻れ、

- 廻 れ 、 廻 れ 。  時 空 よ 、 廻 れ -

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頭のどこかが納得している。
そして…恐らく、彼も彼女の思いに気付いている。
では何故―――そう考えて、紅はそれを振り払うように頭を振った。
これは本人同士の問題で、第三者が口に出す事ではない。
ぼんやりと何かを考えては、先ほどのよう頭を振る紅。
そんな彼女を見ていた政宗は、人知れず溜め息を零した。

「…悪いな。お前にとっては面倒なことばかりだろう」

突然声を掛けられ、彼女は驚いたように振り向いた。
政宗がそこに居る事は意識していたつもりだが、どうやら相当深く考え込んでいたらしい。
そんな彼女の様子に、彼は苦笑いを浮かべる。

「いいえ。人との関わりを面倒だと思ったことはありません。ただ…」

そこまで言って、紅は先ほどの遣り取りを思い出した。
愛姫の表情、言葉、想い―――全てを考えていると、やはりどうしてもこの答えへと行き着く。

「ただ、愛姫様のお心は、政宗様に向けられているのではない気がします」
「……………」
「政宗様に向けられるお心は、義務感にも似たもの。思慕の感情は…」

政宗に向けられているのではない。
そう思えてならないのだ。
紅は語尾をそう濁した。
しかし、政宗には正しく伝わったようだ。
彼は苦笑にも似た表情を浮かべ、彼女の頭を撫でた。

「…お前は、本当に人の心をよく見抜くな」

この答えで十分だった。
彼もまた、彼女の想いを知っていて、そして恐らく…その想い人が誰なのかも、気付いている。

「ご存知なのですね」
「…お前なら、愛姫が慕い続けてる相手も気付いたんだろ?」

彼の問いかけに紅は小さく頷いた。
愛姫が慕っている相手は、政宗ではない。
そして、自分が向けられる視線の意味を理解すれば、自ずと答えは見えてくる。

「愛しい人が誰かのものになってしまうのは、とても辛い事です」

紅はまだ失っていないから、その思いは想像することしか出来ない。
けれど、想像しただけでも胸が張り裂けてしまいそうだ。
現実に政宗が誰かの所へ行ってしまったらと思うと…苦しくて、息ができなくなってしまう。
思わず着物の胸元をかき寄せた彼女に、政宗は落ち着かせるようにその肩を抱いた。

「…氷景」

不意に、政宗がそう声を掛ける。
いつもならば数秒とおかずに参じる彼が、今日ばかりは10秒の間を置いた。
庭先へと降り立った彼は、そのまま膝を着いて顔を上げない。

「言いたい事はわかるだろう?」
「筆頭、俺は…」
「お前の忍としての思いや考えも、俺はわかってるつもりだ」

氷景が何かを言う前に、政宗はそう言って彼の言葉を遮った。
それに続けるようにして、だが、と言う。

「このままの状況は、悪意を生みかねないことは理解出来てるだろう」
「…はい」
「決着は自分でつけろよ」

そう言うと、政宗は立ち上がった。
見上げてくる紅に気付くと、安心させるようにその頭を撫でる。
そして、そのまま部屋の中へと入っていった。
残った二人の間に微妙な沈黙が下りる。

「…お願いしたい事がある。けれど…これを言ってはいけないという事も、わかっているの」
「姫さん…」
「ごめんなさい。私は愛姫と同じ女だから…やっぱり、好きな人とは一緒に居たいと思ってしまう」

叶わない恋なんて、悲しいと思ってしまう。
出来るならばそれを叶えてあげたいと、人の感情が絡むことに口を出してはいけないのに、そう思ってしまう。

「何も言わないから、その代わりに…ちゃんと…」

言葉を詰まらせた紅は、そのまま自身の口元を手で覆った。
このまま話し続けると、駄目だと分かっていても口に出してしまいそうだ。
そんな彼女に、氷景は真剣な表情を見せた。

「…姫さん…いや、紅様。私は、誰が何を言おうと、あなたに従うと決めた。
忍として、この生涯をあなたのために使うと、自分自身に誓った。これだけは…何があっても、譲れない」

紅は彼の言葉に何度も頷いた。
彼はそれを見届けると、闇に紛れるようにしてその場から姿を消す。
気配まで完全に遠のいた所で、紅は弾かれたように立ち上がった。
部屋の中へと駆け込めば、分かっていたとばかりに政宗がこちらを振り向く。
迷いも何もなく、彼女は彼の腕に飛び込んで行った。

「氷景に頼んでしまいそうです…!愛姫の想いを受け止めてあげてと…それが、いけないと分かっているのに!
私の事なんて守らなくてもいい、彼女のためにと…そう言ってしまいそうで…!」

それが彼の望まない事だと分かっていても、そう言ってしまいそうな自分を止めかねた。
何とか鉄の理性で押さえ込んだけれど、次は耐えられないかもしれない。
彼自身が、命令ならばそれを聞き入れてしまうかもしれないと分かっていても。

「氷景が、私ではなく政宗様に仕えていたならば、愛姫はあんなにも苦しまなくて済んだんです」
「紅、お前が悪いんじゃない」
「好きな人が他の女性に仕える姿を見て、彼女がどれほど…」

自分は、どれほど彼女を苦しめてしまったのだろうか。
きっと、政宗との婚姻を受け入れたのも、氷景の近くに居られるからだ。
想いを成就させる事が出来ないならば、せめて近くに居たいと思ったのだろう。
その切なくなるような願いすらも、自分は奪い取ってしまったのだ。
自分が居なければ…そんな事さえ考えてしまう。

「馬鹿なことを考えるなよ、紅。俺はお前がここに居る事を一瞬でも後悔した事はない。
お前は、ここに…奥州にとっても、俺にとっても必要なんだ」

それだけは忘れるな。
強い力で抱きしめられながら、紅は彼の言葉に頬を涙で濡らした。
自分が居なければ彼女があそこまで追い詰められる事はなかった。
分かっているけれど、それでもこの場所は譲れない。
この場所だけは…何を失っても、この場所だけは手放せない。









「政宗様…」
「何も考えるな」
「…それでは駄目なんです。私は…氷景の主として、政宗様の妻として…何かをしなければ…」

甘やかされているだけでは駄目だ。
こんな風に、自分を責めているだけでも駄目なのだ。
何かをしなければならない。
分からないならば、それを考えなければならないのだ。

「…お前がそこまで背負い込む必要はないんだぞ。俺が守ってやる事もできるんだ」
「私は、あなたに守って欲しいから妻になったわけではありません。共に…歩みたいと思ったから…」

涙を拭い、紅は彼の胸元に手を添えて少し距離を取る。
それでも、二人の間には子供一人が入れるほどの隙間しかない。
その距離で、紅は彼を見上げた。

「…こうして取り乱した私でも、ちゃんと受け止めてくれる。あなたが居るから、私は歩き続けられます」

普段は冷静だと言われる自分でも、どうしようもなく不安な時はある。
苦しくて、悲しくて、切なくて…先ほどのように、声を荒らげたくなる時もあるのだ。
少し落ち着けばいつもの自分を取り戻せるとしても、その少しが難しい。
紅が己を取り戻す事ができるのは、政宗の存在があるからだ。

「私…もっと、強いつもりでした」

何事にも動じる事無く、常に平静と共に過ごす事が出来る。
そう思っていたのに、現実とは何とも儚いものだ。
何度、こうして彼の腕の中で涙を流したのだろうか。

「俺はお前に完璧を求めてるわけじゃねぇ。人間らしく、偶にはこうやって縋り付いて来い」

そうしたら、思い切り甘やかしてやるから。
彼はそう言って笑い、二人の隙間をなくすようにその身体を抱き寄せた。
紅もまた、クスリと微笑んでからその胸元に頬を寄せる。


歩みを再会するのは明日でいい。
今はただ、この熱に甘える事にしよう。

08.02.21