廻れ、
- 廻 れ 、 廻 れ 。 時 空 よ 、 廻 れ -
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翌朝、やや寝不足の奥方二人は、揃って昨夜の話の内容を聞かされた。
予想通りの内容、予想通りの結末に、二人で手を取って喜んだものだ。
「ありがとう、元親!!紅と戦わずに済むなんて…あんた、最高!!」
きゃー!と感極まっている様子で元親へと飛びつく悠希を見つつ、紅は微笑ましそうに目を細める。
政宗がそんな彼女の隣に並んだ。
「ありがとうございます、政宗様」
「心配が一つ消えたか?」
「ええ。彼女と…いいえ、彼女の住まう国を滅ぼさずに済むと言う事、本当に嬉しい」
はにかむようにしてそう答えた彼女に、政宗は穏やかに笑みを返した。
それから、その表情を悪戯めいたものへと変え、彼女の耳元へと唇を寄せる。
「何なら、その喜びをあいつみたいに態度で示してみるか?」
「……………………」
態度で示す自分。
それを想像し、思わず黙り込んだ紅。
正直、人前であんな風に喜びを身体で示すなど、自分の柄ではない。
何とも微妙な表情で沈黙してしまう彼女に、政宗は苦笑を浮かべた。
それから、紅の髪を撫でる。
「冗談だ」
そう言って笑うと、彼は紅を追い越して二人の方へと歩いていく。
「元親!家臣の奴らに説明する。ついて来い」
くいっと廊下を指し、そのまま返事を聞かずに歩き出す彼。
悠希に2・3言言い残し、元親も彼に続いた。
残された悠希は思い出したように紅の元へと戻ってくる。
「人前でよくやるわね…」
呆れた風な、しかしそれで居て微笑ましいと思うような、そんな表情で迎える紅。
そんな彼女に、悠希はケロリとした様子で答えた。
「別に紅だってしても良かったのよ?私、気にしないし」
「そう言う問題じゃないわよ」
「まぁ、紅の性格を考えると無理よねー。夜の寝所なら甘える事も出来るんでしょうけど」
とりあえず悠希の口を塞ぎ、自室へと戻ろうと踵を返す。
そこで、悠希が軽く口元を押さえるのに気付いた。
「…こほっ」
「…悠希、風邪?」
「あんた、そんな風邪薬のCMみたいな聞き方はないでしょ」
悠希らしい返事だが、今はそんな事はどうでもいい。
紅は踵を返した足を元に戻し、彼女の額に手を伸ばした。
そっと触れたそこは、心なしか熱い程度。
「うーん…一応、お医者さんを呼ぶから、部屋に戻っていて」
「大丈夫よ。この程度、風邪の内に入らないわ」
「何言ってるの。大事な子供がお腹に居るんでしょ?」
やや怒るように表情を険しくして、紅がそういう。
彼女に自主的に動いてもらうのは諦めたのか、悠希の腕を引いて歩き出す紅。
やれやれ、と肩を落としつつも大人しく着いてくるようになった頃、漸くその手を離す。
そして、己が羽織っていた着物を悠希の肩にかけた。
「いいわよ、そこまでしてくれなくても」
「冷やすのが一番いけないの。病人は大人しく言う事を聞きなさい」
「病人じゃないし」
「じゃあ、言い方を変えるわ。奥州筆頭の妻として、同盟国の奥方の病状を悪化させるわけには行きません」
OK?と念を押せば、彼女は渋々ながらも頷いた。
と言うよりも、それを出されれば頷かざるを得ないのだ。
この時代の同盟とは、何が原因で破棄されるかわからないもの。
歴史が得意な彼女は、それをよく知っているはずだ。
仕方なく紅の上着をしっかりと羽織る彼女に、紅は満足げに微笑んだ。
そして、途中すれ違った侍女を呼び止める。
「楓。少しいい?」
「はい、紅様」
「医者を私の部屋に呼んで欲しいの。
お預かりしている同盟国の奥方が風邪を引いてしまったみたい。病状は…咳と、喉の痛み?」
確認するように悠希を振り向けば、彼女は素直に頷く。
それからもう一度楓に視線を戻した。
「―――と言うことだから」
「分かりました。軍医に伝えて参ります」
そう言って頭を下げると、楓は急ぎ足でその場を去っていく。
町医者を呼ぶと言わなかったのは、同盟国の奥方であると言う事への考慮だろう。
彼女を見送り、紅はふと視線を彷徨わせた。
「氷景」
「―――は。筆頭と長曾我部殿に伝えます」
「ええ、お願いね」
即座に姿を見せた彼は、何を頼まれるか分かっていたのだろう。
すぐに動いてくれる彼に彼女は嬉しそうに微笑んだ。
氷景が去ったのを見届け、悠希が口を開く。
「何だか…大事になってるんだけど」
「そんな事はないわ。この時代は、現代のように特効薬なんてないの」
風邪一つでも命に関わってくる。
流行り病で村人が何人死んだ、そんな報告も耳にしている紅は、それが恐ろしい。
現代ならば、風邪はよほどでなければ医者に掛かり、処方された薬を飲めば治るものだ。
しかし、この時代にそんな薬はない。
少しの油断が死に繋がる可能性の高さを、紅は誰よりも心配している。
「例えその風邪が大した事はなくても、お腹の子に悪影響があっては駄目でしょ」
「…そうね。ちょっと甘く見てたかも。ありがと」
悠希は思いのほか素直に己の間違いを認めた。
彼女の手が静かに自身の腹を撫でる。
それほどに大きくはなっていないにせよ、確かに息づいている命がここにある。
守らなければならないのだ。
紅はそんな彼女の反応を見て、「よし」と微笑んだ。
そして、再び彼女を連れて歩き出す。
そろそろ楓が軍医の元へと辿りついた頃だろう。
彼女からの伝言を聞き、用意を済ませた軍医が紅の元を訪れるまでには半刻は必要だ。
「(安静にしているように、と言う診断は免れないだろうから、布団の準備をして…)」
これからしなければならないことを順に頭の中で整理していく紅。
そんな彼女の隣を歩きながら、悠希は改めて友人への感謝を心の中で呟いた。
彼女がしっかりしてくれているから、自分はこの世界でやっていける。
他人には甘い彼女だが、節度は弁えている。
怒らなければならないところは怒り、用心しなければならないならば注意する。
それが出来る彼女だからこそ、こうして時代を超えても周囲から好かれるのだろう。
「…立派に天下人の奥方だわ」
慕われている自覚はあるけれど、彼女とは比べ物にならない。
呟いた悠希の声は、小さすぎて紅には届かなかった。
08.01.05