廻れ、
- 廻 れ 、 廻 れ 。 時 空 よ 、 廻 れ -
-- 107 --
夜、夕餉の後、紅は政宗から頼まれ、元親を部屋へと案内した。
「こちらです」
そう言って襖を開き、元親を中へと促す。
襖の反対側は庭に面していて、夜の空気を楽しむように障子がギリギリまで開かれている。
そこに、すでに来ていたらしい政宗の姿があった。
「政宗様。元親殿をお連れいたしました。ついでに、お酒を頂いてきましたけれど…」
「ったく…また途中で預かってきたのか?こっちに持ってきてくれ」
仕事を取ってやるなよ、と苦笑しつつ、彼は手を招いて紅を迎える。
どうぞと目線で促せば、元親が先に歩き出した。
酒の用意を挟み、並んで胡坐をかく二人。
二人の間は何とも微妙な距離だ。
「紅。下がっていい」
「…はい」
「うちの嫁を楽しませてやってくれよ」
元親にそう言われ、紅は頷いた。
昼間に言われていたのだが、今回の酒盛りは二人だけのものと決まっている。
参加しないと決まっている紅と悠希は、久しぶりに同じ部屋で眠ろうと言う事になった。
どちらも夫を放っておかなければならないからと躊躇ったのだが、背中を押したのは彼ら。
一晩くらいは語り明かせ、そう言われれば、それ以上拒むのは野暮と言うものだ。
少しだけ物言いたげな表情を見せてから、紅は失礼します、と部屋を後にした。
男と言うのは、これが中々厄介な生き物である。
紅や悠希のように友人関係であったならば、この微妙な空気にはなかっただろう。
これは性格にもよるのだろうけれど、政宗と元親はどこか似ている。
だから、と言えばいいだろうか。
兎に角、どちらも声を上げず、ただ用意された酒ばかりが減っていくだけの時間が続いた。
「回りくどい話はなしだ」
あと3秒でも遅ければ、口を開いていたのは元親の方だっただろう。
そう言えるくらいに、同じタイミングだった。
政宗の言葉に、元親は静かに頷く。
恐らく、自分たちの中にある考えは、どちらも同じ。
「長曾我部元親。奥州筆頭として、四国との同盟を申し込みたい」
杯を置き、並ぶようにして庭に向いていた身体ごと元親の方を向く。
それに倣う様に、元親も政宗に向き直った。
右目と左目が、互いを見合う。
「…考える事は同じだな。俺もそれしか道はねぇと思ってる」
「嫁を泣かせない為には、か」
政宗の呟きに、元親は僅かに口角を持ち上げた。
頷く彼を見て、やはりと思う。
もちろん、それだけが理由ではない。
海での戦に於いて、長曾我部の軍の力は得がたいものだ。
陸の戦に於いては、伊達軍の突撃力と各武将の技量が戦を左右する。
奥州と四国。
東と西と言う位置関係からしても、互いに利益になることは多かった。
同盟を組むには多少遠さは感じるが、さして問題ではないだろう。
そう言った利点を後押ししたのが、紅と悠希の存在だったと言うだけの話だ。
「その同盟…長曾我部元親として、喜んで受けさせてもらうぜ」
元親の答えに、政宗はニッと笑う。
そして、杯に新たな酒を注ぎ、持ち上げた。
「何を祝う?」
「そうだな…竜と鬼の結束にでも祝っとくか?」
二人は軽く掲げた酒を同時に煽った。
明かりを消した部屋の中は暗い。
二つの布団を寄せ合い、そこに横たわる紅と悠希。
「ねぇ、二人の話…何だと思う?」
「同盟」
悠希の質問に対し、紅は迷いなくそう答えた。
彼女の反応に、クスクスと笑う悠希。
「なーんだ。紅も同じ事を考えてたのね」
「奥州と四国は位置的にも手を結ぶに値するわ。幸い、お二人の思想もよく似ているし…。
きっと、部下も気が合うと思うの。長曾我部の海での力は、とても素晴らしいものだと聞いているし」
「…流石ね、紅。何だか、伊達軍の一角を担ってるんだって実感する言葉だわ」
スラスラと詰まる事もなく自身の見解を述べる紅に圧倒される。
少しばかり苦笑を浮かべつつ、悠希はそう言った。
「私の考えは、そこまで根拠がないの。ただ…何となく、そうだったらいいなぁって」
希望的な予想でしかない。
そう言って舌を出す彼女に、紅は心中で苦笑する。
「もし、今回お二人の話がそれじゃなかったとしても、私から提案させてもらう予定よ」
「同盟を組んだら、って?」
「ええ。東から順に統一させていくには、あまりに時間が掛かりすぎるもの。
東西の両方から中心に向けて兵を進める方が効率よく事が進むわ」
各国を統一させようと言うのだから、ある程度の時間が掛かる事は分かっている。
けれど、政宗の代で天下を統一しようと思えば、あまり時間をかけたくはない。
時間は、紅の頭を悩ませているうちの一つでもある。
そして何より、時間をかければそれに比例して、多くの兵を失うことになるだろう。
それは、彼女も…政宗自身も決して望まないことだ。
時間は短く、被害は最小に。
青臭いと言われようとも、それが一番望ましい未来だ。
真っ直ぐ天井を見上げる紅を横目に見て、悠希は静かに息をつく。
「問題は…天下、ね」
悠希の反応に気付く事無く、紅はそう呟いた。
決して大きな声ではなかったけれど、二人きりの室内では十分な音量だ。
天下、そう言った彼女が何を言っているのかを悟り、悠希は口を開く。
「それならきっと大丈夫よ。元親は戦好きだけど、誰よりも海を愛している人だから」
「そう…なの?」
「うん。各国が勢いづいてくるのに影響して、張り切ってるだけ。あの人は天下を治めるような人じゃないわ」
出来ない人ではないだろう。
けれど、そうして落ち着いている事は不可能だ。
すぐに海へと出ては、数週間も帰ってこないような人に、天下は治められない。
何より、あの自由な人はそれを望まないだろう。
悠希には、そんな確信があった。
「でも、乱世が続いている事に対しては、元親も懸念してる。誰かが治めないといけないことも、わかってる」
だからこそ、彼は政宗から申し出があったならば、断らない。
そう言った悠希に、紅は天井ではなく彼女を見つめた。
そして、どこか安心したように微笑む。
「まぁ、私達は知ることを許されていないわけだし…」
「そうね。明日になれば、ちゃんと聞かせてくれるでしょうから」
「この話はおしまい!さ、ここからは本音トークと洒落込もうじゃないの!」
にこっと笑った悠希に、顔を引きつらせる紅。
即座に背中を向けた紅は、彼女に向けて一言。
「………おやすみなさい」
もちろん、それで逃がしてくれるような彼女ではない。
「駄目よ!今夜は徹夜してでも語り明かすんだから!」
「ちょ…悠希!重い!」
「………へぇー…いい身体つきになったわねぇ。日頃の鍛錬と筆頭のお蔭?」
「きゃあっ!!どこ触ってんの!!」
城の者が駆けつけてこなかったのは、紅の自室が他の部屋からは離れているからだ。
今回はその事が幸いしたと言えるだろう。
騒がしすぎるほどの夜が更けていく。
08.01.02