廻れ、

- 廻 れ 、 廻 れ 。  時 空 よ 、 廻 れ -

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艶やかな着物を脱ぎ去り、動き易さを重視した物へと着替える。
あくまで動き易いものを、と侍女頭に申し出たところ、十数点の着物を前に並べられた。
前よりも増えているような気がしたのは、気のせいではないだろう。
とりあえず溜め息と共に全体を一瞥し、自分のものと、ついでに悠希に似合いそうなものを選ぶ。
着付けを、と言ってくれた彼女を丁重に断り、悠希の待つ部屋へと向かった。

「悠希。お待たせ」
「別にいいわよ……って、それ、何」
「着物」

着替えるでしょ?と首を傾げる紅に、あぁ、と納得する。
悠希の着物も、それなりに上等なものだ。
お蔭様で動きがかなり制限されているのを、今更に思い出す。

「貸してくれるの?」
「自分のものがあるなら、そっちを着てくれても構わないけど…船に置いてあるんでしょう?」
「よく分かってるね。荷物になるから、纏めて置いてきてるのよ」

紅の気遣いに感謝するわ。
そう言って手を差し出す彼女に、彼女用にと用意してきた着物を手渡す。
手を出してくる所を見ると、彼女も自分で着付けられるのだろう。
着付けと言っても、そんな本格的なものではない。
現代風に言えば、浴衣を着る程度の知識さえあれば問題はないのだ。
手早く着替えを済ませた二人は、日が昇りきらない内に城を後にした。

「本当にそれ持っていくの?」

悠希が僅かに口を尖らせながらそう言う。
彼女の言う「それ」とは、紅の懐に隠されている短刀のこと。
遊びに行くのに…とどこか拗ねた様子の彼女に、紅は苦笑した。

「本当なら小太刀の一つでも持ち歩きたいんだから…これ以上は譲歩できないわ」

一国の主の妻であると言う自覚がある。
だからこそ、自分の身が危ぶまれる事の危険性をよく理解しているのだ。
例えば人質に取られたならば、その迷惑をかけるのは政宗に他ならない。
そんな事態はあってはならない―――そんな警戒心が、丸腰の自分を許さない。

「筆頭の命令?」
「政宗様はそんな事を言わないわよ。私の独断」
「四国ではそんなの全然気にしないんだけどなぁ…。奥州ってそんなに危険なの?」
「奥州が、と言うよりも、私の名がそれなりに通っている事が問題なの」

紅の言葉に、悠希が首を傾げた。
彼女の言っている事がよくわからないのだろう。
説明を付け足そうとした紅の声にかぶるようにして、別の声が二人を引きとめた。

「紅様、お久しぶりです!」
「お忍びで町に来られるのは、ふた月ぶりですね。先の勝ち戦、おめでとうございます!」

紅様、紅様、と四方から声を掛けられる。
そんな声に対し、紅は柔らかく微笑んだ。
一つ一つに言葉を返すには、数が多すぎる。
それを理解しているのだろう。
町の人たちも、一声かけてその顔を見ると、すぐに元の場所へと引き返して行った。
引っ切り無しに紅を呼び止める声が邪魔をして、悠希は中々彼女の言葉の続きが聞けない。
しかし、そんな彼らの反応を見ていて、紅の言わんとすることが分かったような気がした。

「有名だから、狙われ易いのね…」

名前と顔が一致していると言う事は、本人であると言う確信を持って狙えると言う事。
つまり、紅は自分が雪耶紅であると言う看板を背負って歩いているようなものなのだ。
四国での悠希は、町中ではそれなりに顔見知りも多い。
けれど、隅々までその名と顔が行き渡っているわけではない。
元親は、町に出る悠希に「必要以上に名を明かすな」と言った。
それが、彼なりの守り方だったのだろう。

「全然違うのね」

同じように国を統べ、同じように幾万の部下に慕われている。
けれど、彼らは別の人間だ。
戦場での活躍に比例し、戦姫の名は独眼竜の名と共に各地へと伝わっていく。
防ぐ事ができない以上、力をつけるしか道はない。
常に危険と隣り合わせかもしれない状況で、こうして町中に降りる事を許されている。
それは、政宗が紅に寄せる信頼の証なのだろう。

「悠希」

腕に大量の品を抱えた紅が、彼女を呼んだ。
思考の中に沈んでいた彼女は、ハッと我に返る。
そんな悠希に気付いていたのだろう。
紅は苦笑交じりに彼女に近づいた。

「見て。お土産が沢山」
「…大量ね。それを抱えて歩くつもり?」
「まさか」

そう言うと、クルリと後ろを振り向いて「氷景」と呼んだ。
一呼吸分の間を置いて、紅の前に姿を見せる忍。
話には聞いていたけれど、顔を合わせる機会と言うのは本当に少ない。
悠希は見慣れない彼の姿に言葉を失っていた。

「ごめんね。いつもみたいに、城まで運んでくれる?」
「承知」

短く答えると、チラリと悠希を見てから紅の腕の荷物を受け取る。
野菜から小物から…豊富な種類のそれを受け取ると、彼はその場から消えた。

「クールな忍ねぇ…」
「人見知りが激しいのよ」
「人見知りって…犬猫みたいに言うんじゃないわよ」

どこか呆れた様子の悠希に、紅はクスクスと笑う。
それから、彼女の腕を引いて歩き出した。

「ほら、急いで。貰ったお土産の分、今日は奮発して散財しないと!」
「はぁ?」
「貰いっぱなしでは商売上がったりでしょう?世の中はGive and takeよ」

紅は悪戯に笑う。
彼女とて、初めから全ての品を受け取っていたわけではない。
しかし、いくら断っても減る事のないそれに、彼女は別の対処法を考えた。
渡される品は誠心誠意を持って受け取り、売り上げと言う形で商売に還元する。
売り買いと言う時点でGive and takeが成り立っているのだが、そこは料金の上乗せで何とか対応している。
紅としても、これが限界の所だった。

「そんなに使っても大丈夫なの?」
「城の食材なら、いくらあっても困らないし。私の私財だから、気にする必要もないのよ」
「だからって…」
「あ、これ可愛い。悠希に似合うよ」

そう言って簪を彼女の髪に近づける。
自分の好みの品を持ち出す辺り、紅もよく理解している。

「ちょっと。あんたの私財を私に使うつもりじゃないでしょうね」
「すみません。これ、いただきます」
「紅!」

悠希の話など無視して、さっさと品を購入してしまう彼女。
軽い頭痛のようなものを覚えながらも、悠希は次の店へと向かってしまう紅を追った。

「自分のお金は自分のために使いなさいよ!」
「いいじゃない。今日は悠希のお祝いなの」
「そう言う問題じゃなくて…っ」
「じゃあ、今度は私が悠希のところにお世話になるわ。その時に返して」

それでいいでしょ?と口角を持ち上げる。
こう言う表情を見せる時の紅は、絶対に引かない。
分かっているからこそ、悠希の諦めは早かった。
長い溜め息を吐き出し、それから返事の代わりに差し出された簪を受け取る。
紅は彼女の反応に嬉しそうな表情を浮かべた。

「四国に来たら覚悟しなさいよ」
「了解。あ、これください」

聞いているのかいないのか分からない親友に、悠希はもう一度溜め息を吐き出した。

07.12.27