廻れ、

- 廻 れ 、 廻 れ 。  時 空 よ 、 廻 れ -

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悩んでいたらしい親友は、次の朝には元気を取り戻していた。
無理をしているような表情ではなく、旦那の隣で心から笑っていたのだ。
安心するのと同時に、少しの寂しさを覚えた。

「…そっか。紅も、こう言う気持ちだったんだね…」

何を馬鹿なことを…そう思っていたけれど、実際に自分で体感して、漸く理解できた。
理屈じゃないのだ。
ただ…彼女が遠くに行ってしまったように感じる。
愛する人を得て、その人を一番に考えるようになっただけなのに。
それだけの単純な事なのに、自分との距離がずっと開いてしまったように感じてしまうのだ。
馬鹿だなぁ…自分に向けた言葉に苦笑する。
遠くなったわけではないのに、その変化が遠くなってしまったかのように錯覚させる。
人とは、何と面倒な生き物なのだろうか。

「悠希?」

いつの間にか、朝の鍛錬を終えた紅が近づいてきていた。
すぐ前に止まった彼女は、自分に気付かない親友に不思議そうに首を傾げてみせる。
その名を呼ばれ、ハッと我に返る悠希。
何でもない、と答えようとし、逆に唇を閉じてしまった。
それから、少しだけ言葉を選ぶようにして、そろそろとそれを開く。

「何となく、わかった。結構きつい事言ったよね、ごめん」
「…は?」

突然謝り出した彼女に、紅が怪訝そうな表情を見せる。
それもそうだろう。
一体何の話題だ、とでも言いたげな目の裏で、彼女の脳内は忙しく情報を探っている筈だ。
ありありと想像できる彼女の脳内の様子に、悠希はクスリと笑った。
それから、思い出したように話題を変える。

「紅から筆頭に伝えて欲しいんだけど…元親が、話があるって」
「…それは構わないけれど…政宗様に?」

自分達のような関係であれば、それはごく普通の事だったのだろう。
しかし、紅は政宗と元親の間にその様な関係を見ることが出来ず、ただ疑問を深めた。
今は伊達に世話になっているのだから、その挨拶のようなものだろうか。
いや、それはすでに済んでいる筈だし、それならば少し遅い。
悩む紅の肩を、苦笑交じりの笑みを携えた悠希が叩いた。

「男同士の話でもあるんでしょ。気にしなくても、人様の城で暴れるような人じゃないから大丈夫よ」
「悠希の旦那さんだし、ちゃんと信じてる。その辺は心配してないわ」
「な、何かその言い方は照れるわね…」

珍しくも頬を染めて目を彷徨わせる彼女に、紅は不思議そうに首を傾げた。

「悠希…あんな話は出来るのに、旦那さんって言い方に照れるの?」

変なの、と笑いが零れてしまう。
つい先日は自分を慌てさせた張本人なのに、この程度で照れるなど。
当たり前で、けれど実感させる言葉に弱いのだろうか。
紅の周りにはそんな人は居なかった為、どこか新鮮な反応だ。

「とりあえず、政宗様にお伝えしておくわ。時間は…早い方がいいかしら?」
「そうね…お酒でも交えた方がいいんじゃない?」
「OK。じゃあ、夕餉の後にしましょうか」

その時ならば、執務が残っていると言う事もないだろう。
ある程度の事は勝手に決めてしまえるのは、ちゃんと彼の予定を把握しているからだ。
その通りに行かない事も多く、結果として一緒に巻き込まれてしまって小十郎に怒られるのだけれど。
言付けを伝え、時間を提案しさえすれば、最終的な判断は彼がするだろう。

「よろしくね。あぁ、それから…伝えたら、城下町を案内してくれない?」

いい店があるんでしょ、と数ヶ月前の手紙のやり取りを思い出し、そう言った。
美味しい甘味屋が出来たのだと書いた手紙を覚えてくれていたらしい。
紅は、もちろん、と頷いてから、政宗の元へと歩き出した。
それを見送った所で、視界の端っこからこちらに向かって歩いてくる人に気付く。
足音を隠そうともしない彼に、悠希はクスクスと笑った。

「おはよう、元親」

相変わらずのんびりね、と声を掛ければ、おう、と短い返事が返って来る。
頬に少し跡が残っているけれど、あえて言わないでおこう。

「紅に、筆頭に伝えてもらうように頼んだわ。夕餉の後になるでしょうね」
「そうか。悪かったな」
「別に構わないわ。それにしても…一体、何の話をするつもり?」

改めて時間を取らせるような話題。
彼女はそれを思い浮かべる事ができず、首を傾げた。
元親はそんな彼女の肩を叩く。

「お前が気にすることじゃねぇよ。俺が早いか、奴が早いか…そう、大きな差はない」

そう言うと、彼は外に向かって歩いていく。
恐らく、船に残っている部下の様子を見に行くのだろう。
元親は悠希のことを考えて城に滞在しているが、一日たりとも船に戻らない日はない。
船の方で大半を過ごし、また思い出したように城にやってくる。
その間、悠希は紅と行動を共にしている。
今まではそんな風に部下の元に向かう時、必ず一緒に行っていた。
だからこそ、いつもとの違いに、少しだけ違和感を覚えてしまう。

「私も一緒に行こうか?」

紅との約束を忘れたわけではない。
けれど、自然とその背中を呼び止めていた。
彼は即座に悠希を振り向き、そして笑う。

「俺とは飽きるほど一緒だろうが。今は、あいつとの時間を楽しめよ」

そう言って、背中越しに手を振りながら去っていってしまう。
その場に残された悠希はぽかんと間の抜けた表情をしていた。
だが、すぐに肩を揺らし始め…程なくして、笑い声を上げる。

「本当に…っ。いい男なんだから…!」

せめてこうして奥州に来ている時くらいは、親友と過ごさせてやろう。
そんな彼の思いを、自分は汲み取れていなかったようだ。
それを理解するのと同時に、嬉しさで胸が溢れてしまう。
紅は政宗に、悠希は元親に。
こうして、愛する男から守られ、大切にされる。
幸せとは、こう言うことを言うのだろう。
こんなにも大切で愛しい人が居ては、親友だけを見つめていた時とは変わってしまうのも当然。
先ほどの寂しさが、いかに馬鹿らしいものであるかを、改めて思い知った。















「その時間なら、問題はないだろ」

元親からの言付けを伝えた紅は、政宗から了承の返事を貰っていた。
断る事はないだろうと思っていたが、それをもらえた事に安堵する。

「俺も話したいことがあったからな…丁度いい」
「話したいこと、ですか…」
「気にすんな。お前が心配するようなことじゃねぇよ」

そう言って安心できる笑顔を向けられ、紅は素直に頷いた。
彼がそう言ってくれているのだ。
それ以上心配する必要はないだろう。

「それと…。あの…悠希に、町を案内して欲しいと言われていて…」
「あぁ、いいんじゃないか?行って来いよ」
「ありがとうございます。兵の訓練の時間までには戻ります」

紅はパッと表情を輝かせる。
そんな彼女を見て、政宗は傍らに控える小十郎に目配せした。
彼もまた、承知した、とばかりに頷く。

「紅様。今日の兵の訓練は、この小十郎にお任せを」
「いえ、でも…」
「人の好意は素直に受けるもんだぜ、紅。ゆっくりして来い」

そうして、まるで追い出すように彼女の背を押す。
そうしなければ、最後の理性が邪魔をして、ここから動こうとしないだろう。
背中を押されれば、動かずにはいられない。

「…ありがとうございます。今日の分は、必ずどこかで…」
「普段休まない分だと思ってろ」

そんな政宗の声に見送られ、紅はそこを後にした。

07.12.22