廻れ、

- 廻 れ 、 廻 れ 。  時 空 よ 、 廻 れ -

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「私は…あなたの跡取りを産めません…っ」

搾り出したような紅の声が、政宗の鼓膜だけでなく思考すらも震わせた。










静かに涙を流す紅を前に、政宗は彼女に向ける言葉を見失っていた。
彼女の言った事は、すでに理解できている。
つまり―――そう言う事なのだろう。

「…それを、誰かに言われたのか」
「………いいえ。でも…伊達家にお子が必要である事は事実です。私は…」

そこまで紡いで、彼女は言葉を詰まらせた。
涙と、続きを告げることへの不安によるものだ。

「私は、例え戦場であろうともあなたと共に向かうと心に誓いました。
本来ならば、すぐにでも政宗様のお子が必要である事はわかっています。
けれど、身篭ってしまえば戦場に出る事は叶いません。ですから…」

紅は呼吸を整えつつも、そう言った。
彼女の言葉の途中で、政宗が怪訝な表情を見せる。

「………………ん?…ちょっと待て」

そう止めたのはもちろん彼だ。
先ほどまでの様子とは打って変わり、何かに首を傾げている。

「産めないってのは、時期的な話か?」
「え?」
「お前の話を聞いて、てっきり産めない身体なのかと思ったんだが…違うのか?」
「違います…けど」

きょとん、と目を瞬かせる。
どうにも、二人の理解には少しズレがあったようだ。
紅の返答を聞いた政宗は、溜め息と共に額を覆う。

「何だよ…。俺はそっちの話かと思ったぜ」
「それは…申し訳ありません」
「いや、いい。養子を取らずにすむなら、それに越した事はない」

そう言って彼は口角を持ち上げ、紅の頬を撫でる。
指の動きに合わせて閉じた目の瞼を撫で、彼は「続けろ」と促した。
しかし、紅はその続きを紡ぐ事無く、やや驚いたように目を見開いている。

「政宗様…養子、とは…」
「お前が産めないなら、それしかないだろ」
「でも、仮に私が産めない身体であったとしても、他の方を…」
「紅」

言いながら、身を切られる思いだった。
他の人を側室に迎えれば、伊達の血筋は守れる。
そう伝えようとした紅の言葉は、政宗の声により遮られた。

「今一俺の気持ちが伝わってないみたいだから、言っておく。
お前でいいんじゃない。お前がいいんだ。他の女のガキは必要ねぇ。そんな跡取りなら…居ない方がマシだ」

頬を固定され、正面からの眼差しを受ける。
逃げる事のできない視線は、真っ直ぐに彼へと向けられた。

「わかったか?」

優しく問われ、紅は小刻みに何度も頷いた。
彼のためを思ったつもりだったが、結局は独りよがりだったのだ。
自分の子供しか要らないと言ってくれる彼に、何と失礼な事をしてしまったのだろうか。

「あー…泣くなって。そんなに泣いてると目が溶けるぞ」

そう苦笑しながら、政宗が新たに零れた涙を拭う。
止めようとしても止まらないものはどうしようもない。

「…で?さっきの続きはどうした?」

あえて話題を変えるかのようにそう言った彼。
紅は漸く落ち着いた様子で、口を開いた。

「政宗様が出陣している間、城に残るのは嫌です。あなたが天下を統一なさるその時まで、共に行きたい」

だから、と次に続く言葉を発した所で、紅はそれを躊躇う。
これを言ってしまっていいのだろうか。
我侭ではないのだろうか。
紅は少しの時間を取り、その考えを振り払った。
全身全霊をかけて大切にしてくれている彼に、自分も応えたい。

「その時まで、私はあなたのお子を産みたいと思えません。
子が居るとわかり、どうしようなどと悩むのは…生まれてくる子が、可哀想です」

心からありがとうと迎えられる時までは…。
迷いを捨て、はっきりとそう告げる彼女。
あまりにも彼女らしい言葉に、政宗は自然とその表情を優しくした。

「そんな事を悩んでたのか?」
「…はい」
「俺が反対すると?」
「…思っていませんでしたけれど…あまりにも、勝手すぎて…」

そう言って俯こうとする紅の顎を取り、上を向かせる。
半ば強制的に視線を合わせる事となった彼女の目は、一瞬だけ申し訳なさそうに逃げた。

「他ならぬ紅の頼みだ。聞かないわけがないだろ。天下を統一するまで、だな」
「政宗様…。ありがとうございます」
「ただし…」

政宗がグッと顔を近づける。
思わず仰け反ろうとするも、顎を掴まれていてはどうしようもない。
唇が触れそうな位置まで近づいた彼は、ニッと口角を持ち上げた。

「その時は待ったなしだぜ?覚悟しとけよ」

掠め取るように唇が重なる。
理解するなり頬を染める彼女を、笑って解放する政宗。
距離を戻そうと身を引く彼を追うようにして、紅がその胸元に縋りついた。
政宗は彼女の行動にやや驚くも、微笑んでその背中を引き寄せる。












「しかし…それなら、天下統一は急がねぇとな」
「逸るのは危険です。ちゃんと機を見なければ…」
「小言は小十郎だけで十分だぜ、紅。何年もかければ、お前が辛いだろ」

歳を重ねた初産が厳しいと言う事を言っているのだろう。
紅自身も、知識として知っている。
しかし…自分の事となると、今一実感は持てないものだ。

「私はまだ21です。そんなに急いでいただく必要はありません」
「21は“まだ”って言う歳か?この時代じゃその位には子供が居て普通だぜ」
「…あぁ、そうでしたね…。私の時代には、50代で初産と言う方も居たくらいですから…」
「………そりゃ、また…大した根性だな」

あまりにも彼の常識を逸脱していて、かける言葉がないようだ。
珍しい様子の彼に、紅はクスクスと笑った。

「悠希は無事に元気な子を産めるでしょうか…」
「おいおい。お前が不安がってどうするよ。大丈夫だって自信を持ってろ」

悩むのは本人の役目だ。
そう言う彼に、それもそうか、と思いなおす紅。
自分は悩むのではなく、彼女を励ましてやらねばならない。
今でこそ彼女が奥州に居るからすぐに声を掛けられる。
しかし、彼女は四国に帰るのだ。
数少ない交流の中で、そんな不安を見せてはいけない。

「…ありがとう、ございます」
「お前の礼は聞き飽きた」

そう言って笑う彼に、紅もまた、嬉しそうに微笑んだ。

07.12.15