廻れ、
- 廻 れ 、 廻 れ 。 時 空 よ 、 廻 れ -
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紅の自室に面するそこは、城の中でも一際四季折々の姿が美しい場所。
縁側に座る事を好む彼女の視界を少しでも賑わせることが出来ればと、庭師がこぞって手入れに勤しんでいるからだ。
季節としても若葉の時期は過ぎてしまっているので、さほど視界を潤わす風景ではない。
けれども、手入れの行き届いたそこは、十分に綺麗だと言えた。
「…悠希から、何か聞いて…来てくれたのですか?」
政宗が何かを言う前に、紅はそう問いかける。
驚いたように彼女へと視線を投げかけるが、彼女の目は彼の方を向かない。
だが、視界の端に彼の行動は映りこんだのだろう。
紅は苦笑いを浮かべた。
「そう…ですか」
「…少し違うがな。確かにあいつに声を掛けられたのもあるが…俺の独断でもある」
そう答えた彼に、紅は苦笑いを消した。
ゆっくりと彼の方を向き、その表情を視界へと捉える。
「………私が何か思いつめている事…気付いてくれるのは、いつだって悠希が一番でした」
「あぁ」
「親友だと思っているし、彼女もそうだと思います」
そこまで言って、紅はふぅ、と溜め息を零す。
気を改めて、と言うわけではないけれど、僅かに頭を振り、それからもう一度口を開いた。
「おめでたい事なのに、素直に喜べない自分が嫌になります」
おめでとう、と。
そう言ったけれど、その言葉が心からのものであるかと追求されれば、頷けない。
「今まで、一番近かったのに…とても遠く、まるで知らない人のように感じてしまいました」
本当はわかっている。
自分と彼女は、今までは近かったとしても、他人なのだ。
それぞれの道があり、交差することはあってもそれが常に同じ道を辿るとは限らない。
これから彼女は母親として腹の子を産み、そして育てていく。
それを覚悟しているのだろう。
その横顔は、今まで自分が見た彼女のどの表情よりも強かった。
「わかっている…つもりなんです。いずれは違う道を歩いていくんだと。でも…何だか…」
紅はそこで言葉を詰まらせた。
口元を手で覆い、俯く彼女。
微かにだが、その肩が震えている。
「この時代に来て、心細くて…彼女が来てくれて、本当に嬉しかったんです。
だから、余計に…まるで置いていかれたみたいに………寂しくて」
それこそが彼女の本音だったのだろう。
きっと、彼女は心の底では自分の事のように喜んでいる。
しかし、その感情が邪魔をしてしまって、素直にそれを表現できないでいるのだ。
表に出したいのに出せないことが歯がゆくて、逆に苦しんでいる。
「馬鹿だな、お前は…」
苦笑いを浮かべ、彼は彼女の頭を引き寄せた。
自身の胸元へと彼女の額を押し付けるようにして、少しだけ濡れたままの髪を抱く。
「手紙だけの報告だったか?」
「え…?」
「身重のあいつが船で奥州まで来たんだぞ。手紙だけじゃなくて、お前に直接伝えたかったんだろ?」
手紙の文面だけで済ませられる、済ませたいと思う相手ではないと言うことだ。
政宗の言葉により、紅はそれを気づかされた。
「女は子が出来れば、自然と強くなる。だが、その逆もあるとは思わないか?」
「逆……?」
「自分の身体が変化していくんだ。不安がないわけはないだろ」
彼に言われて、彼女はハッとした表情を見せる。
そんな彼女に、彼は続けた。
「だから、お前に会いにきたんだろ?
お前にとって唯一無二であるように、あいつにとってもお前が唯一無二なんだよ」
何を寂しいと思う必要がある。
はっきりと言葉に出したわけではなかったけれど、彼の目がそう言っていた。
変化するのは身体や覚悟だけ。
心が、今までの思い出や記憶が、消えるわけではないのだ。
「私…なんて馬鹿なんでしょうね」
そんな事もわからなくなってしまうなんて。
苦笑に似たそれを零し、彼女は肩の力を抜いた。
この時代に、たった二人。
実質的な距離を感じるならまだしも、精神的な距離を感じる必要など、全くないではないか。
「悠希に謝らないと」
「…その必要はないと思うけどな。まぁ、謝らないと納得しないんだろ?お前は」
全てわかっている、と言う風に彼は笑う。
その通りです、そう答える事はなかったけれど、その代わりに彼の着物を強く握った。
「謝るにせよ、今日は休め。疲れてるからそんな考えが浮かんでくるんだ」
「でも…」
「紅」
「…わかりました」
少し強めに言われ、紅は漸く頷いた。
本当なら、今すぐにでも謝りに行きたい心境なのだろう。
一瞬彷徨った眼差しの行方が、それを物語っていた。
彼はそれ以上何も言わず、無言で立ち上がる。
そして、その行動を見送ろうとした紅の前に立った。
疑問符を浮かべ、首を傾げようとした彼女に手を差し出す。
立て、と言うことなのだろう。
そう判断した紅がそれに自身の手を重ねるのと同時に、ぐいっと強く引き寄せられる。
そのまま片腕でひょいと彼女を抱き上げた政宗は、抗議の声を聞き流して寝所へと歩く。
漸く解放されたかと思えば、そこは使い慣れた布団の上。
ぽふん、と視界を覆ってきたそれから抜け出せば、優しく自分を見下ろす独眼と視線が重なる。
「宴は明日だ。暫くはお前にしてもらう事も無い。ゆっくり話をすればいいだろ?」
諭すような優しい声色と共に、髪を撫でられる。
指先で彼女の髪を拾い上げては、スルリと重力に従ってそれを放す。
いつの間にか隣に滑り込んでいた彼にクスリと笑った。
今は、その言葉に甘えて安らぎを受け入れる事にしよう。
紅の心境の変化を悟ったのか、政宗の腕が彼女を抱き寄せた。
促されるままに無駄な肉のない腕に頭を乗せ、紅はゆっくりと瞼を閉じる。
眠りの世界へと旅立つ直前、額に触れたのは彼の優しいぬくもりだった。
07.12.01