廻れ、
- 廻 れ 、 廻 れ 。 時 空 よ 、 廻 れ -
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数日かけて米沢城へと戻った紅。
城に連れて来い、と言ってくれた政宗の申し出をありがたく受け入れ、悠希も一緒だ。
もちろん、彼女と一緒に来ていた長曾我部の面々も共に。
「ただいま戻りました」
「おう。無事に戻ったみたいで何よりだ」
出迎えてくれた政宗に頭を下げれば、彼は笑ってそう言った。
それから、顔を上げた彼女の表情を見て、苦笑を浮かべる。
「戦の疲れが出てきてるな。着替えて少し休んで来い」
「でも…」
「客人として迎えた以上、最高の持て成しを用意してある。気にするな」
「…分かりました」
渋々と言った様子ではあったが、紅自身も身体の事は分かっていたのだろう。
休め、と言われる事はそうそうあることではない。
彼がそう言うという事は、それだけ表情に出てしまっていると言う事だ。
「紅。戦帰りに来てくれたんでしょ?無理しなくていいから、筆頭の言うように休んでよ」
「ごめん。そうさせてもらうわ。―――氷景!」
声を掛ければ姿を消していた彼がその場に降り立つ。
他の面々が居る為か、彼は必要以上に声を上げたりはしない。
「暁斗に雪耶の兵に休息を与えるように伝えて。それから、楓は?」
「紅様の寝所にて控えております」
「じゃあ、今から直接伝えるわ。
あと、越後と甲斐の戦後状況を確認、報告して。それが終わったら暫く休んで構わないから」
「は!」
短く答えた彼が姿を消し、それを追うように紅も城内を歩いていく。
その背中を見送った政宗は、前髪を掻き揚げた。
「…久しぶりだな、悠希」
「筆頭もお久しぶり。紅も…疲れてるけど、元気そうでよかった」
戦に出るなと言っても彼女は聞かなかった。
文面でいくら声を荒らげようとも、その歩みを止める事は出来なかったのだ。
奥州が出兵した、と聞き、只管祈るように手を組んだ日もあったけれど、彼女の表情を見て安心した。
「しかし…久しぶりに顔を合わせたかと思えば、ガキが出来てるとはな…」
悠希から紅へと送られた手紙で、その事は分かっていた。
しかし、こうして腹の大きい彼女を見て、漸く現実のものとして理解した感じだ。
「随分と手の早い鬼も居たもんだな」
「据え膳食わぬは男の恥って知らねぇのかい?奥州の竜さんよぉ」
「は!よく言うぜ。据えてなくても食うだろうがよ」
そう言って彼らは一癖も二癖もある笑みを向け合う。
政宗がくいと顎で別棟を指し、そちらに向かうよう促した。
彼の意図を悟った侍女らが長曾我部の一行を案内していく。
「あ、筆頭」
最後尾に続こうとした悠希が、その場から動かない政宗にそう声を掛ける。
彼はその声を無視したりはせず、腕を組んだまま彼女を振り向く。
「紅、何か悩んでるみたい」
「…わかってる。あいつの事は気にするな」
そう答えると、政宗は悠希に背を向けて歩き出す。
彼が向かったのは、紅が消えていった方の廊下だ。
「…気にするな、か。何か…ちょっとだけ寂しい、かな」
紅の悩みを聞いてあげて欲しい、そう頼もうと思ったのは、自分のはずだ。
頼まずとも気付いてくれていた彼に、本来ならば喜ぶべきなのだろう。
しかし、素直に喜ぶ事ができない自分が居ることもまた事実。
今までは、それは自分の役目だったのに。
そんな子供染みた独占欲のようなものが、少しだけ悠希の心を刺激した。
「悠希」
「!な、何?」
「嫁を心配するのは男の役目だ。それを奪ってやるなよ」
「…うん。ちゃんと、分かってるよ」
元親の言葉に、彼女は素直に頷いた。
けれど、その表情は無理やりに納得しようとしているそれだ。
「だがな。いくら夫婦でも、男と女の間には性別の壁がある。独眼竜の後で話を聞いてやれよ」
それがお前の役目だろう?
そんな声と共に、大きな手が頭におりてきた。
上から押さえつけるように髪を撫でられ、悠希は図らずも前かがみになってしまう。
「…そうだよね。こんな風に考え込むのは私らしくないし。ここは酒でも飲んでパーッと騒ぐか!」
「酒はやめろっつっただろうが」
「じゃあ、元親もやめてよ」
「………………………まぁ、少しくらいなら問題はねぇな、うん」
風呂を終え、さっぱりとした様子で自室へと戻った紅。
しかし、その表情はとてもさっぱりとは形容しがたいものだ。
「…はぁ…」
思わず零れ落ちた溜め息に苦笑する。
自分ではどうしても抑えられそうにないそれに、心中をぐるぐると巡る複雑な感情の存在を意識した。
「どうした?」
濡れた髪を拭っていた彼女は、背後からの声に肩を揺らした。
彼の気配は、傍らにあるのが当たり前すぎて、意識して探らないとすぐに見落としてしまう。
今も、縁側で空を仰いでいた彼の存在に気付いていなかった。
寛いだ様子から考えると、来たばかりと言う事はないだろう。
「政宗様」
「表情が優れないな。風呂でも疲れは取れなかったか」
彼の傍らへと近づけば、持ち上げられた彼の手が頬を撫でていく。
ひんやりと張り付いた髪を耳の後ろへと掻き揚げる指先の動きに、紅は僅かに身じろいだ。
膝を着いている彼女と胡坐をかいている彼とでは、自然と目線の高さに差が出来る。
下から見上げるようにして自分の表情を読む彼に、紅は少し困ったように微笑んだ。
「戦の疲れはそう簡単には取れませんから。心配していただくほど酷くはありませんから、大丈夫です」
そう言う彼女の表情は、確かに殆どの者ならば大丈夫なのだと言う印象を受けるそれだ。
しかし、長く深い付き合いをしている政宗が、表面のそれだけで納得するはずがない。
「座れよ」
自分の隣をポンと叩き、彼はそう促す。
その真意を探るような彼女の目に、彼は何も答えずもう一度急かす様に隣を叩く。
その行動に背中を押され、彼女はそこに正座した。
こちらの世界に着てからと言うもの、衣服の関係もあり、基本的に正座の姿勢が多い。
初めの頃こそ数十分で足が痺れたものだが、今となっては数時間でも問題はない。
思わず背筋を伸ばして膝に手を置き、それから彼の言葉を待つような視線を向ける紅。
「そう硬くなるな。別に怒ろうって訳じゃねぇよ」
紅の様子にそう笑って、政宗は外へと視線を向けた。
07.11.25