廻れ、

- 廻 れ 、 廻 れ 。  時 空 よ 、 廻 れ -

-- 093 --

「あぁ、忍の方が二人居ますね」

林の中に身を隠すようにして、紅がそう呟く。
冷静すぎる声は、状況を読み取っていないことが原因ではない。
忍であるにも関わらず、何故か話に夢中になっている二人に、呆れてしまっているからだ。
紅の後に続いていた政宗の心中も似たり寄ったりだ。

「…本当に忍か?」
「…多分」

片方はそうだと断言できる。
出来るのだが…この状況を見れば、その質問があってもおかしくはない。
今話題となっている「どこかで会った事が?」と言う点は、この際どうでもいいことだ。

「…あぁ、氷景も反対側に陣取ったようですね」

数十メートルは離れていると言うのに、紅は確かに彼の気配を感じ取っている。
疑う余地もないほどにはっきりとした声に、政宗も「そうか」と頷いた。
小十郎と共に陣周辺の状況を探りに出ていた彼が、主人である紅を追ってここに辿り着いているのだ。
少なくとも、伊達唯一の忍は眼前で遣り取りに専念している忍たちよりは優秀らしい。

「………随分感情的な女性ですね」
「あれでよく忍が勤まるもんだな。越後の軍神は女には甘い野郎か?」
「軍神と呼ばれるほどの方がそうだとは思いたくありませんが…」

そう、語尾を濁す。
違うとは言い切れない。
まぁ、感情を押し殺さなければ忍にはなれない、と決められているわけではないのだから、そこは個人の自由。
それが原因で命の危険が高まろうとも、所詮は他人事だ。

「……………気付かねぇな」
「本当ですね。いつ出て行きましょうか…」

ここまで気付いてもらえないと、登場の機会を逸してしまった気がしてきた。
見ているのも出て行くのも間抜けのように思えてしまい、結果としてどんどん後回しにしてしまう。
そうしているうちに、話し合いがもつれ込んだようだ。
ピンと二人の間の空気が張り詰めるのを感じ取り、紅は口を噤む。
それから、指示を仰ぐように政宗を見上げた。
暫く二人を見ていた彼だが、ふと彼女に視線を落とす。
そして、深く頷いた。
まず動いたのは、ザッと音が鳴るように地面を踏みしめた政宗。
それに続くように、紅も林の中から姿を現す。
その時になって、漸く二人の忍が彼らの存在に気づいた。
最早、「気付いた」と言うのはおかしいかもしれないけれど。

「独眼竜!?」

驚きに表情を染める佐助。
相手の忍に対する警戒心を全て政宗へと移動させる。
次いで、彼の視線が自分へと動いたのに気付く紅。
しかし、紅は特にこれと言った反応は見せず、いつでも抜刀できるよう腰の刀を意識した。

「気配に気付かないとは…様ァねぇな、忍の癖に」

嘲るようにそう言った政宗に対し、佐助は即座に自身の失態に心中で舌を打つ。
迂闊だった―――そうしか、言いようがない。
自分が暗殺の対象としていた男には、彼女が居た。
気配に敏感な彼女が、政宗を殺すべく潜む忍の存在に気付かないはずがない。
彼女が出兵についてきていなければ任務は成功、共に出陣していれば失敗に終わる―――そう思っていた。
それなのに、ここに居るくのいちに意識を奪われすぎていたのは、自分の失態以外の何物でもない。

「随分と面白そうな話をしてるじゃねぇか。俺を暗殺―――そう聞こえたぜ?」

わざと挑発するように喋る政宗。
事を穏便に済ませるつもりなど更々ないらしい彼に、紅は人知れず溜め息を吐く。
しかし、それでも彼を止めようとしないのは、彼女自身も少なからず不愉快に思う部分があったからだ。
政宗を暗殺など、この身に変えてもさせはしない。
この人の為に命を懸けると誓ったのだ。
彼が好敵手と認める幸村ならばまだしも…一端の忍に、彼の命をくれてやるものか。
仮に幸村が政宗を討ったとしても、自分は彼の首を取ろうと命を懸ける。
政宗の誇りのため、決闘を止めるつもりはない。
けれど…もし、彼が命を落とすような事になれば、その原因を討ち取り、自分もこの世を去るのだろう。
現代で生きていた頃からすれば信じられないような考えだ。
しかし、彼のためならば、それも惜しくはないと思える。

「独眼竜!覚悟!!」

そんな声が聞こえ、本能的に刀に手をかける。
宣言してから向かってくるなど、実に忍らしくない忍だ。
どうせならば今は退く振りをして距離を置き、時間が経ってから闇夜に紛れれば成功率も上がりそうなものだが…。
そんな事を考えつつ政宗の前に滑り込み、すでに抜いていた小太刀の片方で飛んできた苦無を弾く。
彼本人でも十分に対応できた攻撃だが、彼は紅に任せるつもりだったのだろう。
刀を抜く素振りすら見せていない。

「邪魔をするな!」
「邪魔するなって…あのね…。私が上杉謙信を殺そうとすれば、邪魔するでしょう?」
「な…っ!!当たり前だ!!あのお方には指一本触れさせない!!」
「なら、それと一緒よ」

感情の起伏が激しい彼女に説明して、どうなることでもない。
一応は諭すように言ってみたが、やはりと言うか何と言うか…無駄であった。
更に8本の苦無を指の間に挟み、こちらへと投げてくる。
彼女が構えるのと同時にもう片方の小太刀を抜き、飛んできた苦無全てを難なく斬り落とす。
中には半分ほどの所で完全に二つに斬れた苦無もあった。

「くっ―――」
「もう終わり?」

小首を傾げて問いかける。
どうやら、その行動が彼女を更に怒らせてしまったらしい。
一体どこまで感情を持ち上げれば気がすむのか。
再び同量の苦無が現れるのを見ながら、そんな事を考えた。

「(かすが…よねぇ?悠希の話に聞いていた通り、謙信様命って言うのは間違いないみたいね)」

器用に苦無を払いつつ彼女との距離を詰めながら、悠希の言葉を思い出していた。
一人の男性の為に心血を注ぐ。
彼女は、自分と同じだ。
だからこそ、出来るならば傷つけたくはないと思ってしまった。
このまま退いてくれるならばそれが一番いいのだが、そう言う訳にはいかないらしい。
殺さない程度の怪我を負わせて―――そんな事を考えながら、彼女の眼前へと躍り出る。
伊達軍に入ってからは、生かす為の剣ではなく、殺す為の剣を学んできた。
守る、そのために奪う…そう決めたのは自分だ。
正直な所、手加減が出来るかどうかわからない。
回転を利用して左右の小太刀を巧みに操り、彼女との距離を縮めたままの状況を保つ。
苦無で応戦するも、紅の方が数枚上手らしく彼女の肌に小さな傷が増えていく。
それを見て僅かに眉を寄せつつ、紅は一際強めに利き腕の小太刀を突き出した。
苦無で受け止めると見越しての攻撃は予想通り、鈍い金属音を放ちながら苦無とぶつかり合う。
かなりの力をこめていた所為で、彼女はまるで木の葉のように後方へと舞い飛んだ。

「…忍ってのは打たれ弱いものなのかしら」

予想以上に飛んだなぁ、とどこか人事のような感想を抱く。
後ろにあった木に背中を打ちつけるかと思われた彼女は、滑り込んだ佐助に受け止められた。
会った事がある、と言うのは間違いではなかったのか、それとも彼が優しいのか。
答えは出ないけれど、彼女の怪我が酷くなくて何よりだ。
このまま戦意を喪失してくれればありがたいのだが…そんな紅の願いは、聞き入れられる事はなかった。
止めようとする佐助の腕を振り払って構えた彼女に、仕方なく紅も刀を持ち上げる。
しかし、ポンと肩に乗せられた手の存在に、彼女は忠実に動きを止めた。

「もういい。代われ」

もちろん、彼女を止めたのは政宗だ。
追い越し際に、しかし、と声を上げようとした紅の眉間を弾き、彼は愛刀を抜く。
常に自分の背中しか見えていなかったはずなのに、彼は気付いていたと言うのか。
自分が、眉間に皺を刻みながら彼女に攻撃を仕掛けていたことを。

「…はい」

遅すぎる返事の声を上げて、一歩引き下がる。
かすがの実力ならば、正面から政宗の首を取る事は不可能だ。
いや、背後からでも返り討ちにあうのが関の山だろう。
それほどに、彼女と政宗の実力には差がありすぎる。
現実的に、紅よりも上を行く彼を、紅よりも下の実力しか持たない彼女がどうにかできる筈がないのだ。
奇跡なんて、戦場では起こり得ないものなのだから。
ラストダンジョンのボスと戦うのに、棍棒で向かうようなものだな―――そんな場違いな考えが脳裏を過ぎる。
一度頭を振ってその考えを捨てると、政宗の背中から視線を外して二人の忍の動向へと意識を向けた。

2対1になるならば、自分も動こう。
そう決めて、主に佐助の行動を見逃さぬよう眼差しを鋭くした。

07.10.25