廻れ、

- 廻 れ 、 廻 れ 。  時 空 よ 、 廻 れ -

-- 091 --

「武田、上杉両軍が動きました」

軍議の最中、紅の背後に降り立った氷景は膝を着いて頭を下げたまま、その言葉を先頭に報告を始める。
ザワリと揺れるその場に対し、紅と政宗、そして小十郎はいたって冷静。
時期も規模も、予想通りだ。
戸惑いはない。

「待ちに待った展開だな」

パチン、と扇子を畳み、そう声を上げたのは他でもない政宗本人だ。
報告を終えた氷景を一瞥し、紅は彼の指示を仰ぐ。
頷き一つを返された彼女は、氷景を振り向いて口を開いた。

「下がって。またすぐに仕事を頼む事になるでしょうから、今は身体を休めておいて」
「は!」

普段は飄々としている氷景も、政宗や小十郎以外の目がある時には、その言葉遣いを正す。
これが忍のあるべき姿なのだろうと、すでに彼女もそれを理解していた。
こうして明らかに主人として接せられるのはまだ慣れないけれど、それを顔や態度に出す事はない。
上の者として毅然としていなければならない場面はあるのだと自分に言い聞かせて。
紅は氷景が残していった報告書を目線で追い、最後まで読んだ所で政宗へと手渡す。
この数ヶ月で、彼女はある程度この時代の読み書きを覚えた。
お蔭で政宗の要約がなくとも氷景からの報告書を読むことが出来るようになったのである。

「氷景の報告だ。信用するに値する情報だろう」

ザッと目を通した彼は、その内容が先ほど氷景から口頭で伝えられたものと相違ないことを確認する。
そして、家臣らの方を一瞥した。
皆、政宗からの言葉が待ちきれないといった様子でうずうずしている。
恐らく、この場に居る誰もが、彼が発するであろう言葉を理解している。

「このPartyに乗らねぇ理由はねぇよな?」

ニッと口角を持ち上げたその強気な表情に、いよいよ家臣らの腰が落ち着かなくなった。
こう言う性格の人間ばかりが集るのか、それともこう言う性格になっていくのか。
兎にも角にも、伊達の連中は酷く好戦的な性格の人間ばかりだ。
明日にでも飛び出していきそうな彼らを見ながら、紅は苦笑を浮かべた。
戦場独特の緊張感は嫌いではないけれど、彼らほどではないなぁと思う。
こう言った面は、男性と女性の違い―――なのかもしれない。
それとも、自分と言う人間性の違いだろうか。
どちらにせよ、自分が彼らと共に行く事に変わりはないし、止められたとしても聞くつもりはない。
再会を喜ぶには少し生臭い場所になってしまうけれど、幸村や信玄とも顔を合わせたかった。

それに―――と思う。

「(軍神も見てみたいし)」

悠希は、彼の容姿を強く力を込めれば割れてしまうガラスのような人だと言っていた。
あの信玄と遣り合っているんだから、壊れるなんてありえないけど―――そう付け足していたけれど。
まぁ、人には人の見方がある。
彼女がそう感じたのと同じ事を自分も感じるのか、それともまた違った印象を受ける事になるのか。
今まで出会った武将は「言いえて妙なり」と思える人達だったが、今回はどうなるのか。
そんな事を考えると、少しばかり心が浮ついた。

「楽しそうだな」

不意に、そんな声が横から聞こえてきた。
それと同時に、先ほどの報告書が自身の手元へと戻る。
顔をそちらに向ければ、口角を持ち上げた政宗の姿があった。
すでに軍議は彼の手を離れ、家臣らがあれやこれやと意見を交換し合っていた。
最後まで政宗が関与する事もあれば、こうして彼らに任せてしまうこともある。
結局の所最終判断を下すのは彼の役目なのだから、どちらの道を辿ろうが別に構わないと言う事なのだろう。
政宗が口を出さない分、小十郎がその抑え役に落ち着いているようだ。
時折暴走しそうな彼らを一括する彼の声が聞こえ、紅は場違いにクスリと笑う。

「苦労していますね、小十郎さん」
「ん?あぁ、あいつらも熱くなり易いからな」
「政宗様が言えることではないと思いますよ」

手持ち無沙汰なのか、先ほどから彼の手元の扇子が開いたり閉じたりしている。
何となくその様子を眺めながら、紅は彼との会話を続けた。

「そう言えば、さっきの返事を聞いてないな」
「さっき…あぁ、楽しそうだって、あれですか?」
「あぁ。真田幸村との再会が嬉しいか?」

答える前にそう問われ、紅はふっと表情に笑みを浮かべる。

「それもありますけれど…どうせなら、別の場所で再会したいものですね。祝いの品のお礼も言いたいですし」
「勝手に届けてきたもん、放っておきゃいいだろ」
「こう言うのは個人的な気分の問題ですよ」

そう答えれば、彼は「そう言うもんか?」とやや納得できていない様子で首を僅かに捻る。
確かに、彼はそう言う細かい事は考えそうに無いと言うか、考えるのは別の人間の役目と言うか。

「さっき楽しそうな表情をしていたとしたら…軍神、とやらに初めて会えるからかもしれませんね」

神とまで謳われる存在―――それ自体にも酷く興味を惹かれる。
今隣で扇子を遊ばせている彼もまた、竜と呼ばれる存在なのだけれど。

「軍神が気になるのか?」
「悠希から色々と聞いているもので」
「…あいつの情報通も大概だな」

どこか呆れた様子の政宗に、紅は「はは」と乾いた笑いを零す。
確かに、情報通と言えば情報通だろう。
何しろ、ゲーム中のセリフまで覚えているほどなのだから。
あのシナリオ通りに進むならば、未来が見えている、と噂されてもおかしくはない知識を持っている。
すでにゲームとは違う展開になっていて、彼女自身も「未来なんて関係ないし」と今を楽しんでいるのが。

「………あいつは元気にしてんのか?」
「え?あ、はい。何だかんだ言って、楽しんでるみたいです。半分くらいは海の上からの手紙だったりするんですよ」

面白いですよね、と笑う。
悠希は自分が海に居る時には必ず「海の上から」と言った感じの文章をどこかに添える。
自分は陸地に居るのに、相手は海の上。
実質的な距離だけではなく、陸と海、と言う言葉だけでより一層遠くに感じる。
まるで…そう、違う世界を生きているかのように。
現世に居た頃には一瞬で声を届けあう事もできたし、どれだけ離れていようとその日の内に顔を合わせることも出来た。
だからこそ、こうして数日おきのやり取りと言うのはどこか新鮮で、どこか寂しい。
そう感じているのが、自分だけではないのだと思いたいところだ。
いや、恐らく…彼女自身も、少なからずそう思っているだろう。
そうでなければ、あの筆不精な彼女が月に何度も手紙を返してくれるはずはない。
もちろん、そうであって欲しいという願望的なものも含まれているのだけれど。

「…何だか、どんどん話が変な方向に逸れてますね」
「………らしいな」
「…小十郎さんも、すでに諦めているように見えるんですが…」
「………まぁ、いつもの事だからな」

暴走機関車の如く、留まる事のない彼らの遣り取りを眺めながら、紅は苦笑いを零した。
この分だと、話し合いは恐らく纏まらない。
最終的には政宗の声を鶴の一声として決着するのだろう。
短いとは言えない生活の中で、紅はそう学習していた。


二週間後、政宗率いる伊達軍は川中島へと向かうべく、奥州を後にした。

07.10.12