廻れ、

- 廻 れ 、 廻 れ 。  時 空 よ 、 廻 れ -

-- 090 --

タン!

目の前を横切り、すぐ脇の木に真っ直ぐに突き刺さった小刀。
進行方向に意図的に突き刺さったそれに、佐助は目を瞬かせる暇すらなくそこから飛びのいた。
自分が狙われている事は明らかだ。
それならば、どこから?
周囲に隈なく意識を向けた彼の背後に音もなく忍び寄る一つの影。

「随分と油断しているわね」

別の鞘入りの小刀を彼の首元へ添える手は白く細い。
パッと見た感じでは綺麗な手だが、見る者が見れば武道に長けていると分かるそれだ。
その声により、佐助は己の警戒心を解いた。

「紅さん…過激な出迎えどうも」
「出迎えたつもりはないけれど?何度も奥州までやってくるなんて、武田の忍は随分と暇なのね」
「…って言うかね。そう何度も見つけられると、流石に忍としての自信をなくしそうなんだけど」

やれやれ、と溜め息を吐き出す佐助に、紅は肩を竦めてから木の枝を飛び降りる。
今更に気付いたけれど、彼女は自分の背後を取るために木を登ったらしい。
相変わらず行動力のある姫さんだ、と心中で呟く。
それから自分の目の前に刺さったままだった小刀を抜こうと手を伸ばしてその柄を掴み、彼は一旦動きを止めた。
そんな彼を見て、紅は事も無げに口を開く。

「言っておくけれど、そう簡単に抜けないと思うわよ」
「いや、うん。小刀って普通、女の人が投げてこんなにしっかりと突き刺さるものだっけ…?」

自分に問いかけるように呟き、漸くそれを抜き取る事に成功する。
見様見真似で投げたにしては、完璧すぎた。
そんな彼の心中を見抜いたのか、そうではないのか。
紅は再び口を開いた。

「小刀の投げ方は氷景に教えてもらったのよ。
本当は苦無にしようと思ったんだけど、慣れている方がいいって言われてね」
「あぁ、氷景ね。あいつが教えたならわからない事もないか…」

なるほど、と納得した所で、抜き身のそれを紅の方へと投げる。
彼女が投げた時のような速度ではないにせよ、高低差もありそれなりの勢いだ。
まずかったか、と思ったけれど、位置的には足元に突き刺さるように投げたから問題はないだろうと踏む。
しかし、佐助の予想を裏切り、紅は飛んでくるそれに向けて手を伸ばした。
危ない、と言う間すらなく、彼女は難なくそれを掴んでしまう。
動体視力に拍手すべきか、反射神経に拍手すべきか。
くるっと刀を手の中で回してから鞘に収める様子を見ながら、佐助は深々と溜め息を吐いた。

「それで?武田の忍さんは遥々奥州まで何の御用で?」

小刀を懐にしまいこんだ所で、彼女はそう尋ねた。
彼女の言葉を受け、佐助も木から飛び降りる。
トン、と彼女の前に降り立った彼は、漸く落ち着いて彼女と向き直った。
先日見た時とは違い、動き易い着衣に身を包み、腰には刀を挿している。
例の関節剣とやらは見当たらないけれど、この小太刀二本だけでも彼女には十分だろう。
恐らく、先ほどの小刀だけでも、大の男を十数人は片付けることが出来る筈だ。
米沢城よりは少し離れているこの場所で、まさか彼女に出くわすとは思わなかった。
軽装に身を包んでいる所を見ると…彼女も、どこかに移動する最中なのだろうか。
どちらにせよ、自分にとっては好都合だ。

「あんたに用があったんだよ、紅さん」
「私に…?」

怪訝そうな表情を見せるのも無理はない。
武田と伊達は、どちらも天下を望んでいる、言ってしまえば敵同士だ。
そんな相手の所に用があるなど、普通であれば考えにくい。
しかし、紅の心中を他所に佐助は彼女の前へと膝を着く。

「主人、真田幸村からこれを預かってきました」

普段のふざけた空気を一変させ、彼はどこからか取り出したそれを彼女へと差し出す。
風呂敷に包まれた…箱、のようなものだろう。
中身が何かは分からないけれど、差し出されたそれを受け取れないほど、幸村との関係を悪くしたつもりはない。

「幸村様は何故これを?」
「ん?結婚祝い」

紅の手にそれが渡った時点で立ち上がっていた佐助は、ケロリとそう答える。
あまりにもあっさりと答えられた所為で、理解するのに時間が掛かってしまった。

「紅さんのこと話したら、是非って。本当は旦那自ら来たがったんだけどさー…」
「…まぁ、普通に考えて無理よね」
「そう言う事。独眼竜に会っちまった日には、その場でドンパチ始めそうだろ?」

と言うよりも、そう易々と敵の国に入るのも問題だろう。
恐らく幸村自身は自分で届けると言い、佐助や信玄によって止められたものと思われる。
主に大変だったのは佐助の方だろう。
その様子がありありと想像でき、紅はクスリと笑った。

「開けてみても?」
「どうぞどうぞ」

自分からの贈物でもないのに、佐助は当然のように答える。
それも予想内の返事で、紅は風呂敷の結びを解いた。
そして、中から出てきたそれに思わず声を上げて笑いだす。

「いやー…あれこれ悩んだみたいなんだよ。でも、いくら悩んでもいい物が思いつかなかったみたいでさ。
旦那って、女の人に贈物なんてしないし。そこでお館様から「自分の好きなものを贈ればいい」って言われて…」
「あはは!それで、これになったの?あんまり幸村様らしすぎて、笑いが止まらないわ」

目尻に涙まで溜めて笑う彼女に、佐助も「はは」と乾いた笑みを浮かべる。
確かに、彼らしすぎる贈物だ。

「とりあえず、そんな生もの用意するもんだから、届けるのも急ぐ羽目になって…。
自分で行くって言ってたんだけど、それを止めて俺が来たってわけ」
「この夏の暑さの中では生ものは足が早いものね」

溜まった涙を指先で拭いながらそう答える。
解けた風呂敷の上には、信濃の老舗の菓子折りが載せられていた。

「お館様も呆れてたよ」
「でも、笑っておられたでしょう。凄く幸村様らしいと思うわ」
「とりあえず、菓子折りになっているのが唯一の配慮かな。始めは団子を包ませようとしてたから」
「――――っ!!!」

最早、笑い声を漏らす事すら出来ない様子だ。
腹を抱えて腰を折る彼女。
自分の主人が大笑いされているのだが、楽しそうにしている彼女を見れば悪い気はしない。
と言うよりも、自分だって笑わされたのだから、無理はないだろうと思う。
珍しくもひっくり返りそうなほどに笑い転げている紅を前に、佐助は肩を竦めて頬を掻いた。
とりあえず、彼女が地面と仲良くなってしまわないように手を貸すべきだろうか。
いや、流石に彼女だって笑って地面に転がる、なんて事はないだろう。
佐助の脳内はそんな風にあらぬ方向へと移動してしまっていた。

07.10.07