廻れ、

- 廻 れ 、 廻 れ 。  時 空 よ 、 廻 れ -

-- 089 --

それを前にして、紅はぽかんと口を開いていた。
話には聞いていたし、ある程度の覚悟もしていたつもりだ。
しかし―――ここまでとは。
正直な所、予想以上だ。

「ねぇ、氷景」
「ん?」
「………普段の彼からは想像できないって思うのは…私だけじゃないわよね?」

何とも言えない表情でそう言った紅の眼前には、予想を遥かに上回る規模の畑があった。
同意とも取れる表情と共に、氷景は苦笑を浮かべる。








紅が何故畑に来ているのかを説明するには、先日悠希から届いた手紙の話をしなければならない。
文通とでも言うのだろうか。
四国と奥州と言う、とてもではないが一日では往復できない距離にある二人は、月に何度も手紙の遣り取りをしている。
そして、先日もまたいつものように闇雲が彼女の手紙を携えて奥州へと帰ってきた。
その手紙には、こう書かれていたのだ。

『そう言えば、小十郎さんって畑を持ってるのよ。野菜を育ててるんですって。機会があれば見せてもらえば?』

本当なら私が見たかったんだけど、と次の文に苦笑交じりに書いたであろう一文を付け足して。
それを読んだ紅は、そう言えば一日のうちに小十郎の姿を見ない時間帯がある事に気付く。
そして、その時間帯が丁度彼女が手紙を読んでいる今である事も。

「…行ってみようかな」

面白そうだし、とは言わないけれど、そんな気持ちがなかったわけではない。
よし、と彼女からの手紙をいつもの小箱にしまい、早々に部屋を後にした。
いつの間にか着いてきていた氷景を連れ立って城の中を歩く事数分。

「あ。小十郎さん発見」

向こうの方に歩いていく背中が彼のものだと気付き、紅は少しだけ足を速めた。
追いつこうと思ったのか、後をつけようと思ったのか。
別にどちら、と考えたわけではなかった。
ただ、その背中を見失わないように足を動かす。
右へ曲がり、左へ曲がり、庭先を歩き、そして―――
たどり着いた場所は、彼女の予想よりも遥かに大規模な畑だった。















「小十郎さん!」

支柱を立てた野菜の向こうにその姿を捉え、紅は軽く手を上げながらそう呼んだ。
その声に気付いたのか、小十郎が作業の手を止めて顔を上げる。

「紅様。こんな所で何を?」
「小十郎さんの後についてきたら、ここに」
「そうでしたか。何か用でも?」

自分を追ってきたのは用があるから、と思ったらしい。
姿勢を正す彼に、紅は慌てたように首を振った。

「用なんてないんですよ。ただ、どこに行くのかと思って。
いつもこの時間に小十郎さんの姿を見ないので気になっただけです」

そう言ってから、彼の傍にあった野菜へと目を向ける。
茄子が収穫を待つかのように立派に生長していた。

「野菜を育てているんですね」
「意外ですか?」
「…少しだけ。でも、いいですね」

そう言って紅は嬉しそうにふふっと笑う。
彼女の言葉の意味を図りかねたのだろう。
小十郎は軽く首を傾げ、その意味を問うように目で促した。

「独眼竜の右目と謳われる小十郎さんが、畑仕事ですよ?凄く平和だなって…そう思いませんか?」

一度戦場に出ればその名だけで震え上がらせる事のできるほどの猛将。
しかし、そんな彼が手拭いを頭に巻いて、せっせと畑仕事に勤しんでいる。
そんな風に過ごす時間は、平和以外の何物でもない。

「皆がそんな風に毎日を過ごせたら…。そんな世になれば、きっと笑って過ごせますよね」
「紅様…」
「これが、政宗様の望む世なのかと…そう、思います」

小十郎の姿に、政宗の望む天下を垣間見た気がした。
言葉を紡ぐ彼女は広い畑を一望し、目を細める。
そんな彼女の横顔に、小十郎は政宗と同じ強さが重なった。
彼女はまだ政宗には遠く及ばない。
しかし、同じものを見るだけの素質を持った人間なのだと気付かされる。

「…政宗様の天下取りには、紅様の力がなくてはならない存在になるでしょうな」

いや、もしかすると、すでにそうなっているのかもしれない。
偶に兵の訓練に顔を出す彼女は、いつの間にか彼らの信頼を集めている。
そのカリスマ性と言えば政宗と同じようで、それで居て彼女独特の優しさが見えていた。
奥州の中ですらそれを感じるのだ。
戦場で、例えばこちらの軍が不利な状況になった時―――彼女は、その戦況を大きく変える存在になるだろう。
政宗が家臣らの反対を押し切ってまで彼女を傍に置いた理由が分かったような気がした。
この人を失ってはならない、そう思う。

「紅様」
「はい?」
「あなたが奥州に…政宗様の元に来てくださったこと、感謝します。あなたは奥州にとってなくてはならないお方だ」
「…そう言ってもらえると、私としても嬉しいです」

紅はそう答え、でも、と言葉を続ける。
そこに否定的な接続が入るとは思わなかったのか、小十郎はやや怪訝そうな表情を浮かべた。

「私を守ろうなんて思わなくていいですよ。小十郎さんは今まで通り、政宗様だけをお守りしてください」
「今まで通りとはいきません」
「今まで通りでいいんです。私には氷景が居ますし」

ねぇ?と同意を求めるように、今まで沈黙していた氷景を振り向く。
彼は何も言わず、ただ一度肯定の代わりの頷きを返した。

「私を評価してくれるのは嬉しいんです。でも、私がそう思ってもらえるのは、政宗様あってのことですから」

彼が居なければ、自分はここで…いや、この世界でこんな風に生きていく事は出来なかった。
彼あっての自分、と言っても過言ではないのだ。
完全に納得したのかは分からないけれど、小十郎は彼女に向けて頭を垂れた。









ぐるりと畑を一望した紅は、徐に小十郎を振り向く。

「小十郎さん。手伝ってもいいですか?」
「お手が汚れますが…?」
「あはは!畑仕事で手が汚れない方がおかしいですよ。何分初めてなので、お邪魔になるなら諦めますけれど…」
「とんでもない。邪魔になどなりません」
「そうですか?じゃあ、教えてください」

そう言って彼女は嬉しそうに笑った。
器用に手櫛で乱れを整え、低い位置に結わえてあった紐を解いて頭の高い位置に結わえなおす。
腰に巻いていたらしい襷で袖をくくり、着々と準備を整えた。
本当に姫らしくないお方だ、と思いつつも、満更ではない様子で説明を始める小十郎。

「一国の正室の姿じゃねぇよなぁ…」

木に凭れながらそんな事を呟く氷景だが、その表情は優しい。
せっせと支柱を立てる手伝いをしている彼女の気配を感じ取りながら、氷景は目を閉じた。

07.10.02