廻れ、
- 廻 れ 、 廻 れ 。 時 空 よ 、 廻 れ -
-- 087 --
政宗が各国の勢力を示した地図の前に腰を下ろしてから数時間。
紅も飽く事無く彼の傍に控え、その様子を見守っていた。
動いては消え、消えては復活する碁石に、政宗の迷いがうかがえる。
いや、彼の迷い、と言うよりは、何度もこれからの事を読み直しているといった方が正しいのだろう。
より正確な答えを導き出せるようにと、彼の思案にも余年がない。
「…氷景はまだ戻らねぇか?」
「そのようです。間もなく帰るとの報告は来ていますが…」
恐らくは三日ほど掛かるでしょう、と即答できるだけの自信はある。
何しろ四国近くまで偵察に向かっているのだ。
数時間やそこらで帰るのは、流石の彼でも無理と言うものである。
「豊臣の動きが気になるな」
「…そう言えば、豊臣秀吉は竹中半兵衛と言う方と旧知の間柄だと聞きましたけれど、本当ですか?」
「ん?あぁ…多分な。竹中半兵衛が豊臣の所に居るのは、前の氷景の報告で分かってるしな」
すぐに答えてくれた彼にありがとうございます、と礼を言ってから、紅は手元の作業に戻る。
それに集中しているように見せながらも、脳内では別のことを考えていた。
「(この辺りはゲームと何も変わっていないのね。これから歴史がどう動いていくのか…。)」
こればかりは、悠希に尋ねても分からないと言う答えが返って来るだけだろう。
ゲームと言うのは、ある程度はプレイヤーが自由に動けるように作られている。
当然ながら、自国が攻める国も選べるし、戦を構える国もランダムだ。
歴史がこうだから、と言う観点で動いていかないのだから、未来は誰にもわからない。
「(どちらにしろ…。)」
ふと、手元から顔を上げる。
開かれた窓の向こうに見える空に一羽の雀が舞うのを見て、目を細めた。
「(次の戦は、前のように簡単には終わらない。)」
前の戦は、目ぼしい将が幸村だけだったから、問題なかった。
彼と政宗が一戦構えている間に、他の兵を降伏させる余裕があったのだ。
しかし、彼のような将の数が増えれば、当然ながら紅は政宗の傍に控える事になるだろう。
小十郎に任せられる場面もあるだろうけれど、それは全てではない。
どちらにせよ、余裕がなくなってくるという事はそれだけ戦況が厳しくなる可能性があると言う事。
前のように楽観しているわけには行かないだろう。
不意に、視界が真っ黒に染まる。
驚いて3度ほど瞬いた所で、それは再び明るさを取り戻した。
いくらか離れたことにより、それが政宗の手である事に気付く。
暗くなったのは彼の手に視界を覆われた所為らしい。
「―――…何を考えてんだ?」
先ほどまでは同じように地図に向かって思案顔で沈黙していた彼。
今では視線は自分へと向けられ、どこか楽しげで、それで居て強気な表情を浮かべている。
何も、と言うのは通用しないだろう。
「次の戦は厳しくなるかもしれないと考えていただけですよ」
「…なるほどな」
だからそんな難しい顔をしてたのか、と呟く声が聞こえる。
どうやら、彼に気付かれるほどに真剣に考え込んでしまっていたらしい。
「先の事を考えるなとは言わねぇ。だが、考えすぎるなよ」
「…しかし…」
「お前が居るここは、そんなに柔な国じゃねぇよ。心配すんな」
そんな声と共に髪を撫でられる。
心配などしていない。
そう声に出そうとした所で、彼女は漸く気付いた。
「心配…していないつもりだったんですけれど…」
そのようですね、と苦笑を浮かべる。
自分でもよくわかっていなかっただけなのかもしれない。
一定の速度で髪を撫でていく手が心地よいと感じる。
まるで子供みたいだ、と思ったけれど、それもいいかもしれないと心中で微笑んだ。
穏やかに過ごせる今の一瞬を楽しむべきなのだろう。
いずれ、こうしてのんびりと過ごしていられなくなるかもしれないのならば、尚更。
「猫みたいな奴だな」
目を細める彼女を見て、政宗がそう言って笑う。
そんな彼の言葉に、紅はクスリと微笑んだ。
「猫のように気まぐれではありませんよ」
「…それもそうだな」
気まぐれな一面もあるだろうけれど、全てがそうと言うわけではない。
寧ろ、忠実な部分を見れば猫と言うよりは犬に近いのではないだろうか。
動物に例えようと言うのが間違っているのかもしれないけれど。
のんびりとした時間は、感覚的なそれに比例するようにゆっくりと過ぎていった。
「政宗様。紅様はこちらに?」
近づいてきた気配が襖の向こうで止まる。
透視能力のない自分には声の主の姿は見えないが、きっちりと膝を着いて頭を垂れているのだろう。
その姿がありありと想像でき、政宗はふっと口角を持ち上げる。
「小十郎か。入って来いよ」
そう声を掛けられ、は!と答える声が聞こえて3秒後、ゆっくりと襖が開かれる。
そこから姿を見せた彼は部屋に入る前に頭を下げ、それを上げた所で驚いたように目を見開いた。
いや、驚いたというよりは予想外の光景に目を瞬かせた、と言った方が正しいか。
「ここに居るんだが、生憎こう言う状況でな。急用か?」
「いえ…雪耶の家臣が探していたようですので、こちらに居られるのかと思い探した次第ですが…」
「暁斗か?」
「は」
「なら、放っておけよ。あいつなら、もし急用だってんなら自分で押しかけてくるだろ」
そう言うと、政宗は小十郎に向けていた視線を手元へと戻す。
そんな彼を見て、小十郎はどうしたものか、と思案顔を浮かべた。
探していた人物は、そこに居たのだ。
政宗の背中に寄りかかるようにして、畳に投げ出した手に何かの手紙を持ったまま。
そうして、誰が見ても差し込む風の心地よさに転寝をしてしまったのだと分かる状況で、彼女は目を閉じている。
この距離から見ていると寝ているのかどうかはわからない。
しかし、政宗が不必要に動こうとしない事、自分にかける声を少し小さくしていた事。
それから、いつも着物の上から肩に羽織っている青いそれを彼女の腰にかけている事。
それらの状況から判断すれば、彼女が眠っているのだという事は明らかだろう。
同時に、珍しい、と思う。
彼女は政宗のように…いや、それ以上に気配に敏感で、どんなに息を殺して近づこうとも必ず気付かれる。
わざわざ彼女の自室に隣り合う部屋を無人にしているほどに、彼女の察知能力は高かった。
そんな彼女が、今こうしてやってきた自分の存在にも気付かずに眠っているという事が驚きだ。
「珍しいか?」
クスリと笑った政宗は、その独眼を小十郎へと寄越してそう問う。
突然の言葉に取り付くろう暇もなく、否定ではない返事を返してしまった。
「まぁ、あんまり転寝なんかはしねぇからな。色々と思うところあって、最近はよく寝てねぇらしい」
らしい、と言うのは彼女から聞いたわけでもなければ侍女の口から告げられたわけでもない。
彼女が寝ているのかどうか位は、夜を共にすれば自然とわかる事だ。
「思うところ…ですか」
「そろそろ強国が動き出しそうだって事に気付いてるらしい」
あぁ、なるほど。
それならば、納得は出来る。
いつだったかに今とは違う時代からやって来たのだと言った彼女。
しかし、彼女は自分達と同じ物を見て、同じ物を感じようとしている。
だからこそ…と言うのだろうか。
彼女は戦と言う、彼女のような女性には少しばかり血生臭い部分からも目を逸らさない。
真っ向勝負とは少し違うけれど、それに向き合う姿勢はその辺の武将にだって勝るとも劣らないだろう。
今こうして穏やかな表情を見せていることが嘘のように。
「政宗様は…紅様を次の戦にも参加させるおつもりですか?」
「来るなって言ったって、聞かねぇだろ。それなら、始めから傍に置いておく」
目の届かない所でいつの間にか参加していて、決着がついてからそれを耳にするなど冗談ではない。
それならば始めから目の届く所に居てもらう方がいいと言うものだ。
「参加しないと言えばそれを止めるつもりはねぇ。だが…こいつは、家臣だけを送り出すような当主じゃねぇからな」
もしそんな心構えならば、自分も心配などしなくても済んだだろう。
いや…もしかすると、こうして隣に置くことを望むことすらなかったかもしれない。
そう考えてみた所で、政宗はふと苦笑を零した。
もし、と言う仮定の話をするのは時間の無駄だ。
彼女は先陣を切って戦場に飛び出すような人間で、かと思えばこんな風に穏やかに寝姿を見せるような人間で。
そんな彼女のどちらの姿も、自分にとっては傍に置いておきたい彼女に違いはないのだから。
07.09.21