廻れ、
- 廻 れ 、 廻 れ 。 時 空 よ 、 廻 れ -
-- 084 --
「ねぇ、楓」
「はい、紅様。何でございますか?」
即座に自身の作業を止めて紅の方へと向き直る。
悠希が居なくなり、紅の侍女頭として正式に任命された彼女の名前は楓。
必要ないとは言ったけれど、そう言うわけにも行かないのがこの時代の事情だ。
とりあえず堅苦しくない程度に、と顔合わせの時に言ったのを覚えてくれているので良しとすべきだろう。
振り向いて自身の言葉を待つ彼女に、紅は口を開いた。
「今更だけど、この大量の着物はどうしているの?ここ一ヶ月くらい、同じ着物に袖を通した覚えがないんだけど」
そう言いながら、自身の着物の袖を持ち上げる。
今日は袖の端の方に桜の刺繍を施された単色の着物だ。
ちなみに、昨日も同じ桜には違いなかったが、色が違っていて、その前は蝶だった。
「もちろん、殿からの贈物ですわ。丁度紅様が旅に出られていた時に、殿自らお取り寄せになったものです」
お美しいでしょう?と問う彼女は、更にもう一着を取り出してきた。
どこに持っていた、と疑問符を抱くがそれは大した問題ではない。
それよりも、気になる単語があった。
「旅に出ていた時…」
彼女の言葉をそう反芻する。
自分が奥州を離れて旅に出ていたのは、例の半年だけだ。
その間に取り寄せられた大量の着物―――紅は、そのキーワードに脳内の引き出しを片っ端から探る。
そうして、漸く目当てのそれを思い出した。
―――何でも、女物の着物が城に運び込まれてるらしいよ。
そう言ったのは、旅先で出会った慶次だった。
ただ純粋に他国の姫を娶るのかと問うた彼の言葉に、酷く心中を揺さぶられたのを覚えている。
「何だ…そう言う事…か」
どこかの姫に贈られた物だと思っていたそれに、今その身を包んでいるのは自分。
どうやら、あの時酷く心をかき乱した原因は自分…と言う事になるらしい。
せめてあの時にわかっていれば、とそう思うけれど、そんな紆余曲折が今へと繋がっているのだろう。
そう思えば、何も後悔するべきものではないのだと知った。
「政宗様にはお礼を言わなければならないわね」
こんなにも沢山…。
自分の着物の裾を摘んでそう言った彼女に、楓は嬉しそうに微笑んだ。
妙齢の彼女は、紅を娘のように思っているらしい。
彼女からすれば政宗も十分に息子の年頃で、二人の仲睦まじい姿を見ているのが嬉しいのだと教えてくれた。
その時には、流石の紅も頬に朱を走らせて視線を彷徨わせたものだ。
「紅様がお気に召したなら、殿も喜ばれるでしょう」
「そう…だと嬉しいわ」
そう言って彼女は目元を赤く染める。
全く、初々しいなと思った。
ひと月半ほど前に祝言を上げた二人だが、それ以来もその関係はあまり変わっていない。
例えば寝所を共にするようになった事や、家臣の一部が彼女を「奥方」と呼ぶことになった程度。
後者においては、「奥方と言う名ではない」とそれを拒んでいる為に、徐々に「紅様」と言う呼び名が定着しつつある。
不意に、紅が視線を楓から別の方へと動かす。
首を傾げるのと同時に、その視線の先に氷景が降り立った。
「姫さん、筆頭が呼んでる」
暇なら手伝えだとさ。
そう告げる彼に、紅は返事の代わりに頷いた。
それから、着物の裾を捌いて立ち上がる。
「それは明日着るから、どこかに置いておいて」
楓が手に持っていた着物を指してそう言うと、彼女は氷景を追い越して部屋を出て行く。
彼女を追い、氷景もまたそこを去った。
残された楓は手元のそれを見下ろしてふっと笑みを零す。
「殿が女性に贈物をされるのは初めてだとお伝えしたら…紅様はどんな反応をしてくれるのでしょうね」
クスリと笑い声と共に零したその声は、誰に聞かれる事もなく静かに消え去った。
どんと積まれたそれを前に、紅はきょとんと目を瞬かせる。
それから、その表情を苦笑へと切り替えた。
「こんなになるまで放っておくなんて…」
彼らしいと言えば彼らしいけれど。
そう思いながらその言葉を零せば、その山を積んだ机に肘をついていた政宗が振り向く。
「最近どうも調子が乗らなくてな」
「小まめに片付ければここまでは溜まったりはしませんよ。調子で片付けられては困ります。
これなんか、明日職人に手渡すものじゃありませんか」
一番上に載せられていた一枚を読み取った紅は、苦笑交じりにそれを差し出した。
同じような表情を返しつつ、彼は彼女の手からそれを受け取って内容に目を通す。
そんな彼を横目に、積まれた山を区分して行く紅。
出来ないわけではないのに、何故ここまで溜め込んでしまうのか。
普段はそれなりに小分けして作業を進めてくれているので、こうして溜まりに溜まる事はそう多いことではない。
けれども偶に似たような状況が見られるわけで。
どうすればいいのだろうかと思う反面、現代風に言えば文書処理は彼には似合わない。
どちらかと言えば外で兵達と一緒になって身体を鍛えている方が似合いだな、と思い、自然と笑みがこみ上げた。
その様子を脳内に浮かべるのは至極簡単なことだ。
「紅?」
「あ、いえ…何でもありません。氷景、例の村の方がもうすぐ見えると思うから、迎えに行ってくれる?」
トン、と紙の束を机に打ち付けて整えてから、後ろの壁に凭れていた氷景にそう指示を出す。
午後から白凪城の跡地をどうするかと言う点で、近隣の村長を集めてあったのだ。
間もなく到着する頃だろうと踏んで、彼を使いに出したというわけである。
一言だけ返事を返した彼がその場を去り、気配が消えたところで畳の上に腰を下ろす。
「雪耶の領地は荒れてないか?」
「ええ。今のところ、家臣たちの頑張りのお蔭で特に問題はありません。少なからず安心する部分もあるのでしょう。
城が無いと言う事は、戦になった際にそこを狙われる事が無いと言うことですから」
「あぁ、そうだな。尤も、あそこまで攻め入られれば奥州も危ねぇが…」
雪耶の領地は奥州の端ではなく、いくらか内側に入ったところにぽつんと離れ小島のように存在する。
だからこそ、そこを攻められる状況と言うのは奥州にとって痛手以外の何物でもない。
それを指しているのだと瞬時に悟った紅は、彼の言葉に頷いた。
「難攻不落…と言うほどではないにせよ、城があった場所が危険であることに変わりはねぇ。しっかり固めとけ」
「分かりました」
「…あ、ついでにそっちのを取ってくれ」
会話を進めながらも、彼らの手は休む事無く動いている。
あの日からひと月半ほど経ち、こうして二人が同じ部屋で作業をすることも増えてきている。
本来、女性は政に関わったりはしない。
が、それはあくまで一般を指すだけであり、奥州…いや、この米沢城に於いては、当てはまらない事だ。
紅も進んで政を理解しようとしているし、政宗も彼女に色々と教えている。
伊達軍の中に、彼女が女性だからと言う理由で除外しようと言う者は一人も居なかった。
「紅、この状況はどう見る?」
「…即刻攻め落とすべきかと。後に残すと、他の国が挙兵した際に問題が生じるかと思います」
「…まぁ、間違ってはいないな。だが、そうするとそっちに兵を割くことになるぞ」
「その兵は…こちらからいくらか移しては………駄目ですね。国境が手薄になります」
「なら、結論だ。どうする?」
「暫くは様子見が一番かと思われます。そうですね…ひと月は流れを読むべきでしょう」
「That's right!こうも覚えがいいと教えるのも面白ぇな」
「………お二人とも。熱心なのは素晴らしい事ですが、その山を片付けてからになさってください」
眉間の皺をいくらか深めた小十郎の言葉に、二人は忘れていた作業を再開した。
07.09.10