廻れ、

- 廻 れ 、 廻 れ 。  時 空 よ 、 廻 れ -

-- 080 --

政宗の問いかけに、紅は肯定の答えを返した。
彼が戦の後に話があると言った事を忘れるほどに記憶力が危ういわけではない。
そんな彼女に、彼は少しだけ考えるようにして顎を指先で撫でる。
それから、何度か迷うように口を噤み、やがて静かに口を開いた。

「さっき帰ったばっかりだったな。今日はもう休め」
「…え?」
「話は明日でいい」
「あの、でも…………わかりました。ありがとうございます」

初めこそ躊躇うものの、紅は頷いた。
聞く意思があろうとも、身体が疲れている事は事実。
今は彼の厚意を素直に受け取る事が最優先だと考えた結果だ。

「話…か…」

自室へと戻った紅は、久しぶりの布団の上に横たわったまま、開け放った障子の外へと視線を向ける。
少し厚い雲が掛かっている所為で、星空がその視界に入る事はない。
内容を想像しては、違うだろう、と首を振る。
そんな行動を繰り返して、かれこれ一時間と少し経ってしまっていた。
身体は疲れているはずなのだから、早く眠りの世界に飛び込めばいいのにとは思う。
けれども、何故か思考の方が酷く冴えてしまっているのだ。
こうなってしまえば、暫くは眠れそうにない。
眠らなければと思えば思うほどに、足が遠のいているような気がする。

「…悠希…元気でやりなよね」

政宗の話の内容を考えるのをやめた紅は、そのまま思考を悠希関連のそれへと切り替えた。
呟く声が誰かに、ましてや彼女に届く事はない。
けれど、それでも構わなかった。
きっと、彼女は元気にやっていけるだろうから。
そんな風に色々と考えているうちに、いつの間にか眠りについていた。















朝のうちに執務を済ませた政宗は、もう起きている頃だろうと紅の元を訪れる。
しかし、彼女の部屋はもぬけの殻。
主が出て行って間もなく、と言った様子ではなく、寧ろ数時間は無人になっていたであろう空気だ。
室内を一瞥した彼は、丁度通りかかった侍女に彼女の行方を尋ねた。

「紅様ならば、早くにお目覚めになり、鍛錬場へと向かわれました」

そんな答えに、思わず口元を持ち上げて笑ってしまう。
長旅から帰ってきた彼女を労わって休ませたというのに、本人は早くから鍛錬。
これでは何をしているのかわからないと思う反面、彼女らしすぎて笑みが零れる。
酷く機嫌の良い主人に、侍女が不思議そうに首を傾げた。

「まだ疲れが取れていない様子で、少し案じていたのですが…」

そんな風に呟いた彼女に「行っていい」と伝え、彼もまた足を動かす。
向かう先は一つ。










木刀のぶつかり合う音が響く。
鍔迫り合いになれば腕に鈍い痺れが訪れ、紅は眉を顰めた。
何故こんな事になってしまったのだろうと思う。
真剣でない事は幸い、とは思わない。
気を抜いてしまえば、致命傷になるであろう太刀筋を前に、紅はそれでも毅然とした態度でそれに挑んでいた。
いや、寧ろ挑んでいるのは向こうか。
バァン、と一際大きな音がして、相手の木刀が壁へと飛び、そこに深い傷を残す。

「…次!」

は、と息の塊を吐き出してからそう紡げば、紅と対する位置に居る三人のうちの一人が前へと進み出た。
次の相手は彼のようだ。
始め、と言う合図はない。
代わりに、真っ直ぐに向き合った木刀が1センチほど移動したのを機に、両者が床を蹴る。
他の者は皆勝負の観戦に忙しく、己を磨く努力を忘れてしまっていた。
そんな状況に足を踏み入れた新たな者。
自分の存在に気付かないほどに熱くなっている場内に、彼は片眉を吊り上げた。
そして、状況を把握すると同時に口を開く。

「止めろ!何してんだ!」

そう声を荒らげれば、その場の全員が彼の方を向いた。
30人は居るであろうその全員が一斉に、だ。
そして、その中の大部分が彼を目に捉えるなり僅かに口を引きつらせて膝を着く。

「政宗、様…」

肩で息をしている所為か、言葉が途切れてしまう。
目のすぐ脇を流れてきた汗を手の甲で拭ってから、他の者と同じように膝を着いた。
政宗は憤然とした様子で、足音荒く左右に割れた彼らの間を歩いてくる。

「何人目だ?」
「は?」
「こいつで何人目だって聞いてんだ」
「えっと…多分、20人…くらいかと」

最後にもう一度「多分」と補足する辺り、よほど記憶が危ういらしい。
そんな彼女を前に盛大な溜め息を零してから、政宗は彼女の手にあった木刀を奪い取る。
少し力を込めたくらいで取れてしまったそれに、彼女の疲労度が伺えるようだった。

「…鍛えるのを止めるつもりはねぇ。だが、自分の調子くらいは考えろ」
「………申し訳ありません…?」
「聞くな。ったく…そんなふらついてまで無理させる奴が…」
「政宗様。申し訳ございません!!」

政宗の声を遮るようにして、今まで二人の様子を傍観していた面々がザザッと彼の前に膝を着いた。
そして、一斉に深く頭を下げる。
その様子を前に、彼は訳がわからないと言った様子で眉間に皺を寄せた。

「紅様は我らの申し出に付き合ってくださっただけにございます!」
「紅様に無理をさせたのは我らが原因。如何なる処分も受ける所存にございます!」

口々に声を上げる彼らに、一旦その目を紅へと移動させる。
それから、手持ち無沙汰に両手の指を絡める彼女に向けて口を開いた。

「…何を言われたんだ?」
「よく分からないのですが…力量を、試したいと」
「…なるほどな。そう言う事か…」

溜め息と共にそう呟いた彼に、紅は彼が意味を理解しているのだと悟る。
自分にはよくわからないのだが、今この一言を聞いただけの彼にはわかる事…。
考えてみても、やはり結論に至る事はなかった。

「で、20人抜きか」

付け足すようにそう言えば、一旦は沈黙していた彼らが一斉に「申し訳ありません」と頭を下げる。
土下座の勢いの彼らに、一人状況を理解できていない紅はややたじろいでいる。

「二度はねぇ。最低限、こいつの体調くらいは考えろよ。―――紅、ついて来い」

呆れた風にそう笑うと、政宗は紅を連れ立ってその場を後にした。
残された面々はと言うと―――

「いやー…あんな風に怒鳴る筆頭は久しぶりだな」
「しかし…伊達の中でも指折りの兵が悉く負け続けるとは…大した方だ」
「まったくだ。女性であることが悔やまれますな」
「いや、寧ろ…女性であったことを喜ぶべきかもしれん」

あー、びっくりした。
そんな感じの軽い調子で会話する彼らは、数分後にはいつもの調子を取り戻して修練に励んでいた。

07.08.27