廻れ、

- 廻 れ 、 廻 れ 。  時 空 よ 、 廻 れ -

-- 079 --

日暮れ間際に米沢城へと帰ってきた。
流石の虎吉も休まずに走った所為で少しばかり疲労の色を浮かべている。
そんな彼を世話役に預け、自分は城内へと足を向ける。
すでに氷景が彼に連絡をしてくれているはずだ。
そうして旅の疲れを感じさせない足取りで進んでいた彼女は、城内に入る前に兵達に囲まれた。

「紅様、お帰りなさいませ!」
「お怪我はねぇですか?」
「長曾我部の所に向かったって聞いた時には、驚いたっすよー」
「そうそう。紅様に続けー!って張り切る奴まで出てきちまって、大変で…」

いつの間にかかなり友好的になっているではないか。
そう思いながらも、紅はそれを表情に出す事無く微笑んだ。

「ただいま。それで?どうなったの?」
「政宗様の一言で大人しくなってます。皆、心配してましたよ」
「明日でもいいんで、鍛錬場に顔を出してやってくれませんか?」

無事な姿を見せてやって欲しい、と言う彼らに、紅は迷いなく是と答える。
そうして、挨拶がまだだからと足早に彼らの元を後にした。











「紅殿!」
「!あ、小十郎さん」

足音荒く近づいてくる彼を見つけ、紅はパッと表情を明るくした。
そちらへと足を向けて歩けば、すぐにその距離は詰まる。
戦場の武装した姿とは違い、ややゆとりある着物に身を包んだ彼が紅を見下ろす。

「お一人で長曾我部の所に向かわれるとは…何を考えておられるのです!?」
「…ごめんなさい。ちゃんと話しますから、まずは政宗様に…」

政宗の名が出た所で、彼はピタリと口を噤んだ。
他にも山ほど言いたい事はあるけれど、それを何とか飲み込む事に成功する。

「政宗様は自室におられる」
「ありがとうございます」

そう言って軽く頭を下げ、政宗の自室へと歩き出す。
そんな彼女を見送り、小十郎はふぅと溜め息を吐き出した。
不意に、わらわらと足音が近づいてくる。

「小十郎様!紅様がお帰りになったってのは本当ですか!?」

あっと言う間に10人ほどの兵士に囲まれ、彼は苦笑を浮かべた。
いつの間にか、彼女はこんなにも兵達に馴染んでいたらしい。

「あぁ、お帰りだ。今、政宗様の所に向かった」
「無事なんですか?長曾我部の所に一人で乗り込んだって…」
「安心しろ。怪我はなさそうだ。分かったらさっさと持ち場に戻れ」

半ば苦笑いを浮かべながら小十郎がそう言えば、「はい!!」と言う元気な声が何重にも重なる。
彼は、それぞれが安心した様子で嬉々としてその場から去っていくのを見送った。














閉じられた襖の前に膝を着く。
政宗の事だ。
恐らくはその気配で紅がそこに居る事を悟っているだろう。
ふぅ、と一度呼吸を整えるように息を吐き出してから、彼女は襖を見つめた。

「政宗様」

ただ一言そう声を上げれば、少しの間を置いて「入れ」と返事が返って来る。
それを聞いてから襖を開くと、彼は窓のところで壁に凭れて胡坐をかいていた。

「雪耶紅、ただいま帰りました」
「おう。氷景から言付けは聞いてる。思ったよりは早かったな」
「政宗様の許可なく勝手な行動を取った事…」
「あぁ、んな堅苦しい事はどうでもいい。言付け通り、“事の由”だけを話せよ」

丁寧に謝罪の言葉から入ろうとした紅の言葉を一蹴する政宗。
事も無げにそう言った彼に、彼女は苦笑いを浮かべた。
促されるままに部屋の中へと入り、彼の向かいに腰を下ろす。

「まず、そうですね…」
「ん?ちょっと待て」

説明を始めようとした紅の言葉を遮って、政宗がそう声を上げる。
彼の目は窓の方へと向けられていた。
それに吊られるように視線を移動させれば、青い空を悠々と飛ぶ黒い点を見つける。
やがて、それはビー玉サイズから徐々に大きくなってきて…それに比例して、形も鮮明になっていった。

「闇雲」

小さく呟く声が聞こえたわけではないだろう。
しかし、その漆黒の翼を持つ烏は、あっさりと紅の元へと辿りついた。
伸ばされた腕にその足を乗せ、翼を休めるように折りたたむ。
爪が少しばかり腕に食い込んだけれど、手甲を嵌めているので痛みはない。

「ありがとうね。お疲れ様」

そう言って嘴の付け根辺りを撫でてから、彼の足につけられた筒の蓋をパチンと開く。
そして、スルリと落ちてきた紙を指先で拾い上げると、内容に目を通す。
全てを読み終えた頃、ふとその口元を僅かに持ち上げたのを、政宗は見逃さなかった。

「今まで悠希をこの城に置いてくださってありがとうございました」

手紙を畳み終え、紅はすぐに政宗へと向き直る。
そうして、そんな言葉から話を始めた。

「今の手紙で報告がありました。彼女は…元親殿の所でお世話になるようです」
「…また、急な話だな」
「元々、彼女は四国を目指すつもりだったんです。予想よりも、少し早かっただけですよ」

そう言った紅の表情は納得しているようでもあり、また寂しげでもあった。
それもそのはずだ。
親友だと言っていた彼女が、一日やそこらでは会えない距離の所に行ってしまうのだ。
寂しくない筈はないのだろう。
ただ、それを前面に出さないのは…一重に、悠希が望んだ事だからだ。

「ずっと、元親殿に会いたいと望んでいました。今回勝手に城を出てきたのは偶然でしたけれど…今しかないと思ったんです」

だから、政宗の許可を得る事すらせずに、彼女を元親の元へと連れて行った。
手紙に書かれていた「ありがとう」と言う一言が、彼女の今の心境を如実に語っている。
彼女は自分を一途だと言うけれど、彼女だって負けてはいないと思う。
こうして、何も知らない世界で、その身一つで男を追っていくのだから。

「思い切りの良さは…相変わらずね」

クスリと笑う。
予想していた事だけれど、こうして現実のものとなると、そう思ってしまう。
船の上での生活も嫌いではない…いや、寧ろ好んでいる彼女の事だ。
問題もなくやっていけるだろう。
彼との距離が縮まるかどうかは、彼女次第だ。

「お前はそれでいいのか?」
「親友だからと言って、いつまでも傍に居て欲しいなんて言いません。私達は…別々の人間なんですから」

違う道を歩く事になって、当然なのだ。
偶々その道が寄り添い、共に近所で暮らす事が出来る人も居るだろう。
しかし、紅たちのように遠く離れてしまう事だってありえる。

「笑っていられるなら…それで構いませんよ」

信親にも告げた言葉を、もう一度口に出す。
そんな彼女を見て、政宗は「そうか」と一言呟く。
それから、真剣な表情で紅を見た。

「奥州は天下取りに向けて動き出した。言っちまえば…長曾我部は敵だ」

わかってんのか?と彼はそう問いかけてきた。
紅はその言葉に目を二・三度瞬きさせる。
それから、ふっと笑みを零した。

「命を取り合うだけが…天下への道ではありませんよね」
「…同盟、か?」

紅の言わんとする事を理解した政宗に、彼女はただ一度頷く。
彼女の反応に、一度沈黙する彼。
実際に刀を交えた彼だからこそ、相手の力量は悟っている筈だ。

「まぁ、その話は急ぐ必要はねぇな。四国は遠い。あっちから攻めてこねぇ限りは、な」
「それならば大丈夫でしょう。暫くは、悠希が止めます」
「…あいつにそれが出来るか?」
「出来ます。少なくとも、政宗様へのご恩を一日二日で忘れるような人間ではありません」

迷いなく断言する彼女を見て、政宗は人知れず笑みを浮かべた。
ここまで信頼できる友人を持っているという事は、人として誇れる事だろう。
一国の主である自分を前にしても揺るがないその信頼が、いっそ眩しくも思える。

「OK。お前に免じて、悠希の件は不問だ。城の者には、適当に伝えといてやる」
「ありがとうございます」

彼自身は悠希の行動を裏切りとは思っていないだろう。
しかし、周囲の者も同じように感じるかと思えば、そうではない。
だからこそ、彼からの計らいはありがたいことだった。
深く頭を下げた紅に、彼は満足そうに笑う。
それから、彼は思い出したように口を開いた。

「戦が終わったら話がある。そう言ったのを覚えてるか?」

彼の問いに、はい、と短く答えた。

07.08.24