廻れ、
- 廻 れ 、 廻 れ 。 時 空 よ 、 廻 れ -
-- 075 --
道中で虎吉を休ませながら、紅は悠希を探していた。
方向音痴と言う迷惑な特技を持つ彼女は、地図を見ていると逆の方向に向かっている事が8割を占める。
彼女が南に出陣した紅を追っている事を考えれば、彼女が今向かっているのは恐らく北だろう。
しかし、紅はどう言う訳か政宗と分かれた位置から更に南へと下っていた。
そんな彼女の元に、再度氷景の鷹が舞い降りた。
「…………」
無言のままに氷景からの報告を読んだ紅は、その手紙を握り締めたまま虎吉の手綱を引いて向きを変える。
手紙を運んだ鷹は、彼女の肩から飛び立って案内役を務めるかのように彼女の少し前を優雅に飛ぶ。
それを見上げつつ、速度を上げた。
「ごめんね、虎吉。もう少しだけ頑張って」
ゆっくりと休ませてあげる事すらできない。
それが心苦しくてならないけれど、彼はあまり気にしていない様子だ。
寧ろ、その有り余っている体力を存分に発揮できる事が嬉しいようにも見える。
しかし、そう言わずに居られない彼女だった。
「氷景!!」
スーッと鷹が空から一直線に舞い降りていく。
丁度、小高い丘になっている場所に、彼は居た。
声を上げたことに気付いたのか、はたまた鷹に気付いたのか。
氷景は顔を上げ、手に持っていた手綱を近くの木の枝に引っ掛けた。
それから、虎吉を止めた紅へと近づき、その前に膝を着く。
「悠希は?」
「あそこに」
くい、と親指で指した所は、先ほど手綱を引っ掛けた木の根元だ。
こちら側からはその姿は見えず、虎吉から降りてそちらへと向かう。
そして、丁度正反対の場所へと回った時、紅は驚愕に目を見開く。
「何で…」
「慣れない乗馬で疲れたんだろう。俺が来た時にはこの状態だった」
彼の声が呆れているのも無理はない。
確かに見晴らしはいいし、頬を撫でていく風は気持ちいい。
しかし…。
「こんな所で、無防備に寝るなんて…」
呆れを通り越してしまいそうだ。
心配して虎吉を走り回らせた自分は何だったのだと問いたい。
しかし、本人は心地よさ気に夢の中。
「この辺は林道からも逸れてて、商人もあまり通らねぇ事が幸いしたな」
山賊などは、見通しの悪い林で商人を待ち伏せする事が多い。
それだけに、このように丘の上を通る事は滅多にないのだ。
完全に安全と言うわけではないが、それでもそれが幸いした事は確か。
「まったく…」
そう言いながら、木にもたれかかっている彼女の傍へと膝を着く。
その時、瞼を閉じた悠希の唇がかすかに動くのを見た。
「―――…」
紡がれた名前に、紅は軽く目を見開く。
途切れ途切れに発せられたその音は彼女以外には届かなかった。
ただ、氷景は紅の表情が代わったことだけ気付く。
「姫さん?」
「氷景。勝手ばっかりで悪いけど…政宗様の元に伝言を届けてくれない?」
「別に構わないが…」
突然にそう言ったからだろうか。
怪訝そうな表情を見せながらも、彼はその内容を促すような目を向けた。
紅はゆっくりと空を仰いで目を閉じる。
「悠希は見つかりました。これより…元親殿の元に向かいます。
帰還次第事の由をご報告しますので、今しばらくお時間をいただく事をお許しください」
「姫さん…」
「そのまま伝えてくれればいいわ」
彼女が何を考えているのか分からない。
何故、ここで元親の名が出てくるのか。
疑問は山のようにあるけれど、どれ一つとして言葉として発せられる事はなかった。
代わりに零れそうになった大きな溜め息を飲み込み、氷景が目を伏せる。
「御意」
そう答え、彼は一陣の風を残してその場から去る。
彼の気配が一瞬のうちに消え、紅は顔を悠希へと戻した。
そして、彼女の肩を揺さぶって起こしにかかる。
「悠希、悠希」
「う…ん」
眠りが深い位置にあるのか、彼女は目を開けようとはしない。
そんな彼女の反応に、紅はふぅと溜め息を吐く。
「起きて。起きたら…元親さんに会えるよ」
耳元でそう囁けば、効果は覿面だった。
パチッと勢いよく開いた目は、暫くは紅を映さない。
やがて徐々に意識を帯びてきたそれが、声の主を探し…紅へと落ち着く。
「…紅?」
「うん」
「…元親に会えるの?」
「………その前に言う事があると思うんだけどね?」
にっこりと笑う紅の額に青筋が見えた気がした。
悠希はん?と脳内を探り、その理由に思い当たる。
「ごめん」
「何に対する謝罪?」
「城を勝手に飛び出して…こんな所で眠りこけてたこと…?」
疑問形になってしまう彼女に、再び長い溜め息が零れてしまった。
自分があんなにも心配したのに、彼女の何と暢気な事か。
「でも、紅が悪いのよ。話も碌にできないうちに、気付けば出陣したって…」
「それに関しては悪いと思ってるわ。だけど…この時代を知らないわけじゃないのに、無謀すぎる」
やや怒りを露にした紅に、悠希は漸くあっけらかんとした表情を変えた。
僅かに眉尻を下げ、もう一度「ごめん」と謝罪する。
それ以降は口を閉ざしてしまう彼女に、紅は肩を竦めてから口を開く。
「悠希、私に言ったよね」
「え?」
「もし私に好きな人が出来たら…その人は、私の一生の人になるって」
いつかに、彼女はそう言っていた。
確かに自分にも覚えがあったのか、悠希は躊躇いつつも首を縦に振る。
「悠希にも、同じことが言えると思うの。きっと、一生の人が見つかる…いいえ、居ると思う」
「…紅?」
「馬鹿みたいだとか、そんな風に笑ったりしないから…正直に、答えて欲しい」
そう言うと、紅は一度深呼吸をした。
それから、悠希の方を向いてその問いを口にする。
「元親さんのこと、好きなんでしょう?」
悠希が静かに息を飲んだ。
それだけで、紅からすれば十分な回答になる。
現代に居た頃は、彼らは二次元の世界の人だった。
所詮はゲームの中の登場キャラクター、と諦めにも似た感情でそれに蓋をしていたのだ。
しかし、彼女たちが居る世界は現代とは違う。
彼らは…今を生きていた。
「ずっと、何かを思いつめている事…知ってた。話してくれるまで待とうと思ってたけど…時間がないから」
「時間が、ない?」
「元親さん、奥州に来てるのよ」
驚いたように目を見開くのも無理はない。
紅は、城の者には悠希の耳に今回の相手は武田のみだと伝えるよう言ってあった。
もちろん、それは政宗にも頼んでいる。
元親が相手だと知れば、彼女は政宗を殴ってでも戦を止めようとしただろうから。
「ねぇ、悠希…。ちゃんと、本音で話そうよ」
悩ませると分かっているけれど、後悔はしてほしくない。
真剣な眼差しから逃げるように、悠希は顔を俯けた。
07.08.09