廻れ、
- 廻 れ 、 廻 れ 。 時 空 よ 、 廻 れ -
-- 074 --
政宗と元親の一勝負。
今回は前者に軍配があがったようだ。
また別の機会に勝負をしたならば、その勝敗がどちらになるかは分からないような―――そんな、戦いだった。
元親の引き際も実に潔いものだった。
素直に負けを認めた彼は、早々に己の碇槍を引く。
そして、軍に引くよう指示を出して戻ってきていた信親と合流。
己の意見無しに軍を引いた事に対するお咎めがなかったところを見ると、彼が独断で動くのはいつもの事らしい。
「暫くは沖に船を浮かべているかもしれませんが…一度負けた父上が力で乗り込んできたりはしません」
だから安心してくださいね、と彼は笑った。
何だか、古くからの友人と言葉を交わしているような気さくさに、紅の方が苦笑を浮かべる。
彼の中で自分は随分と高い評価を貰っているようだ。
「では」
「ええ。…また」
また、と言う言葉は、未来に再び見える事を指す。
自分でもごく自然にそれが零れた事には驚いたけれど、失敗したとは感じない。
彼が言うように、またどこかで会うことになるのだろう。
その考えには、紅も首を縦に振ることが出来た。
「随分仲良くなったらしいな」
米沢城へと馬を駆る途中、政宗はそんな事を言った。
初めは何のことを言われているのか分からなかったが、それが信親との事だと気付く。
「そうですね。政宗様が元親殿と一戦を交えている間に、色々と話せました」
ありがとうございます、とでも続きそうな言葉に、彼は肩を竦めた。
どこか棘を感じるのは気のせいではないのだろう。
元親との勝負に勝敗をつけてから彼女の元へと歩いた時、酷く心配した表情を見せていたから。
不安げに、けれども安堵したように表情を崩した彼女。
そんな顔をさせたかったわけではない、そう思ったけれど、その表情が嬉しいと感じてしまった。
彼女が案じたのは、他ならない政宗自身なのだから。
「長曾我部軍には似合わず、聡明な方のようですし。あの方が軍を引くと申し出てくれましたから」
個人的見解で、軍に似合わない、と一言に言ってしまうのは少しおかしいかもしれないけれど。
どうしても拭えない視覚的感覚と言う物があるのだから、こればかりは仕方がないことだろう。
政宗も納得できたのか、そこに対する反論はなかった。
「それより、怪我の方は大丈夫ですか?」
今更だが、そう問いかける。
馬を操る事が苦痛ではないかと言う意味も含めた彼女の問いに、彼はハッと短く笑った。
「この程度の傷は怪我のうちにはいらねぇよ」
「左様ですか。それならば構いませんが…応急的な手当てがしてあるとは言え、無理は禁物ですよ」
そう言って、紅は薬の塗られた傷のある彼の横顔を見た。
どれも深手と呼ぶにはあまりに浅い傷ばかり。
しかし、ほうっておくと化膿しかねないからと、必要ないと言い張る政宗と説き伏せた。
小十郎でさえ感心した表情を浮かべるほどに鮮やかだったと言っておこう。
「無理だっつったらどうするよ?」
「それは………どうしましょうか」
まさか、彼がそんな事を言うとは思っていないから、考えていなかった。
まぁ、帰還を遅らせる事が一番だろうな、と思い、それを告げようと口を開く。
だが、それよりも先に彼の言葉が発せられてしまった。
「お前が馬を操ってくれんのか?あの時とは逆だな」
「……………はい!?」
「…冗談だ。手綱を放すなよ。危ねぇだろうが」
思わず手綱を放してしまった彼女に、政宗は呆れたように肩を竦めた。
彼女に懐いている虎吉が振り落とすような激しい動きをするはずもなく、難なく手綱を手元に戻す。
それから、睨むような視線を彼へと投げた。
彼からすれば、とてもではないが睨んでいると言えるような眼差しではなかったけれど。
「…からかうのは止めてください」
「まぁ、気にすんな」
「まったく…。………ん?」
不意に、紅は自身の上に影がかかった事に気付く。
見上げれば、それは彼女の肩へと一直線に舞い降りてきた。
「氷景の連絡用の鷹じゃねぇか」
彼の言葉に答えないまま、その鷹の足に結わえてある筒から手紙を取り出す。
そして、その内容に目を走らせた彼女は驚いたように双眸を丸くした。
「どうした?」
「悠希が…居なくなったと」
「………やばいのか?」
確かに彼女が消えたならば驚くのは無理もない話だ。
しかし、彼女の驚き方は別の所にあるような気がして、政宗はそう問いかける。
すると、紅は弾かれたように彼の方を向き、声を荒らげた。
「やばいも何も、大変です!悠希はとんでもない方向音痴なんですよ!」
「…方向音痴…」
「地図があるのに逆に向かうという素晴らしい特技の持ち主なんです!
目的地に到達できるのは1割にも満たない確立ですよ!」
なんて事…と顔を青くする紅。
奥州領内ならばまだいい。
しかし、そこから出てしまえば…命すら危ないではないか。
尤も、このご時勢だ。
いくら政宗が治める土地とは言え、山賊などの輩が完全に消えたわけではない。
そう考えれば、領内ですらも安全とは言い難かった。
冗談ではなくなってきたのか、紅の表情が硬くなってくる。
「手紙を寄越せ」
そう言えば、無言のままに彼女の手が握り締めていたそれが彼へと差し出された。
僅かに馬を寄せてそれを受け取り、内容を走り読みする。
「…氷景が探してるなら、大丈夫だろ。あいつは人を見つけるのが得意だからな」
「……ええ。そう…ですね」
励ます意味も込めてそう言ったのだが、あまり効果は見られなかった。
寧ろ、その顔色は秒単位で悪化していく。
「………行け」
「…え?」
思わずそう返した彼女だが、彼の目はすでに彼女を映してはいない。
すぐ後ろにつけていた部下の一人を呼びとめ、口を開く。
「小十郎を前に戻して、別の奴を殿につけるよう指示しろ」
「は!」
彼は短くそう答えると、颯爽と馬首を返して殿を務めている小十郎の元へと急ぐ。
それを見送ってから、彼は紅に手紙を返した。
「期限は一週間。それ以上掛かるようなら、何があっても戻れ」
「政宗様…」
「怪我はすんなよ」
「…はいっ!」
紅は勢いよく答え、手綱を握りなおす。
それに答えるように、彼女の肩に居た鷹が空へと舞い上がる。
彼女は一度深く深呼吸をして、虎吉の腹を蹴った。
先ほどの闊歩よりも遥かに速度を上げた彼に乗る紅の背中は、瞬く間に見えなくなる。
「…俺も大概甘ぇな」
そう自嘲の笑みを零し、彼は空を仰いだ。
バサッと飛び立った鷹が青い空にポツリと黒を落としていた。
07.08.07