廻れ、
- 廻 れ 、 廻 れ 。 時 空 よ 、 廻 れ -
-- 073 --
何故、こんな事になってしまったのだろうか。
あまり動かない頭で、そんな事を考える。
紅の視界では、竜と鬼が酷く楽しげに一戦を交えていた。
「俺達で決着をつけようじゃねぇか」
「は!面白ぇ。その話、乗ってやるよ」
「手加減は無用だぜ?本気で来いよ!」
「手を抜けるもんなら抜いてみな!」
いつの間にかこんな会話があって、いつの間にか一騎討ちが始まってしまっていた。
完全においていかれた紅は、それを止める事もできずただ呆れにも似た感情を抱く。
そんな彼女の耳に、ザッと草を踏みしめる音が届く。
先ほどから近づいて来ているな、と感じていた気配の主が、すぐそこで足を止めたらしかった。
「また父上は…」
そんな、どこか呆れた風な声が届く。
声の感じからして、自分と同じような心境なのだろうと思った。
振り向いた紅は、そこに居たまだ青年と言っても差し障りない男を目にする。
「あなたは?」
「西海の鬼、こと長曾我部元親が嫡男、信親と申します」
「…奥州の竜、伊達政宗が家臣…雪耶紅と申します。以後、お見知りおきを」
丁寧な物言いに、紅は一瞬呆気に取られてしまう。
何と言うか、長曾我部軍も伊達軍と似たような変わり者が多く…現代風に言えば不良の格好をした者ばかり。
だからこそ、こうして丁寧な対応が意外に思えてしまったのだ。
しかし、彼女の頭の切り替えは早かった。
即座に丁寧な者への対応へとそれを切り替え、自身も深く頭を下げて名乗る。
別に兵たちへの対応が雑だというわけではないけれど。
「雪耶?雪耶と言うと…奥州の同盟国を治められている…?」
「現当主となっております。雪耶はすでに奥州へと組されました」
「そうでしたか。こんなお美しい方が当主ならば、家臣もさぞかし張り切っているでしょうね」
穏やかな空気と共に言葉を交わす二人は、この場には少々似つかわしくないようにも見えた。
全力で一戦を交える武士が居て、その傍らで和やかに談笑する二人が居て。
傍から見れば、さぞかし異様な光景だっただろう。
「父上がご迷惑をお掛けして申し訳ない。本気になれる相手が中々居なくて…」
「いいえ。それは政宗様も同じ事でしょう。とても…楽しんでおられるようですから」
そうして、二人は並んで彼らの方へと視線を向ける。
ギィン、と刀と槍がぶつかり合う音が鼓膜を震わせる。
鍔迫り合いの真っ最中の彼らどちらもが楽しげな表情だという事は、離れていてもわかった。
「先の戦が消化不良でしたので、それを発散しているのかもしれません」
ポツリと紅がそう呟いた。
白けた、なんて言ってたけれど、政宗はあの場で決着をつけたかったのだろう。
それほどに、真田幸村と言う男は彼に大きな影響を与えたのだ。
隠していたようだけれど、紅は政宗がどこか苛立っている事は何となく気付いていた。
だからこそ、こうして元親との一戦が彼の苛立ちを発散しているのならば、それもいいかもしれないと思う。
「…さて。俺は軍を引いてきます。父上が一騎討ちに臨まれているならば、兵を残しておく必要もありませんしね」
「あなたは戦をしようとは思わないのですか?」
あっさりと兵を引く事を決めた彼に、紅は少しだけ驚いたように目を見開いた。
そして問いかけたその言葉に、彼は苦笑にも似た笑みを浮かべて答える。
「不要な戦を仕掛ける必要はないですよ。もっとも…あいつらは、残念がるでしょうけどね」
「…兵を大切に思えるという事は、素晴らしいと思います」
「そう思っているなら、あなたも同じだ」
彼はそう笑った。
明らかに気を許している者のそれに、紅自身もすでにその警戒を解いている。
「実を言うと、今回の出兵は父上の苛立ちを抑えるためのものなんですよ。
各国は兵の準備を整えているにも拘らず、どこも動こうとしない。
機を窺うと決めた父上は、真っ先に兵を挙げることが出来なかったんです。そこにあの噂が舞い込んできた」
それは、まさに渡りに船だったのだろう。
別に、奥州を攻めて領土を奪うつもりだったわけではない。
ただ…噂の真相を確かめる、ついでにそのお宝もいただければ…そう言う事らしい。
通りで相手が動こうとせず、のんびりと政宗を待っていたわけだ。
戦を仕掛けに来た…と言うよりは―――
「まるで、喧嘩を仕掛けに来たみたいですね」
「…はは!違いありません」
そう言って笑うと、彼は鐙に足を掛けてひょいと自身の馬に飛び乗った。
その場で足踏みする馬を宥め、紅へと視線を戻す。
「雪耶殿。あなたの弓の腕、父上が大変褒めていましたよ。
あなたのように美しくて聡明な女性は戦場には似合わない。けれど…それが、自然のようにも思います」
不思議ですね、と呟く。
彼女ほどの器量ならば、一国の主にでも嫁ぐ事ができると思う。
けれど、彼女は武士としてこの場に居る。
似合わないと思う―――けれど、戦場にあることが自然な事のようにも思えるのだ。
「また会いましょう。あなたとは長い付き合いになる気がする」
それでは、と言い残して、彼は馬を走らせた。
やがて小さくなっていくその背中を見つめていた紅は、ポツリと零す。
「何だか…風みたいな人。声を掛ける暇すらなかったわ…」
一方的に話して、別れの言葉を告げて…そして、去ってしまった。
長曾我部の軍には似合わず、爽やかな青年だったな、と思う。
長い付き合いになるのかは分からない。
けれど、紅にもこれ一度きりだとは思えなかった。
「…彼が引くと言ってるんだし…」
いつまでも伊達軍の陣を張る必要はないだろう。
それが彼の策略かもしれない、とは邪推せず、紅は笛を鳴らして氷景を呼ぶ。
そして、彼に兵を引くように家臣への伝令を預けた。
同時に、小十郎をこの場へと向かわせるように指示を重ねておく。
氷景が姿を消すのを見届け、紅は意識を政宗たちへと戻した。
見ている限りでは、この戦いに終止符が打たれるのは、もう少し先のようだ。
すでに、お互いに鬱憤を晴らすという理由ではなく、純粋に楽しんでいる。
両者共にそれなりに怪我が見られるが、命に別状のあるような状態ではないことから、紅は止めようとはしない。
尤も、これが真剣勝負であったならば、止めるという選択肢はない。
手を出す事は許されないのだから。
「恐ろしい…世界ね」
自嘲の笑みを零しつつ、そう呟く。
自身を嘲るものだとしても、笑みを浮かべていられる辺り、彼女は理解しているのだ。
その時が来たら、どう動くかはわからないけれど。
止めない、と確約する事は出来ない。
何があろうとも、政宗を死なせたくないと言う想いがあるから。
誇りを守るか、命を守るか―――その瀬戸際に立たされた時、自分はどうするのだろう。
近づいてくる馬の蹄を耳に捉えながら、紅は空を仰いだ。
07.08.04