廻れ、
- 廻 れ 、 廻 れ 。 時 空 よ 、 廻 れ -
-- 072 --
現代では、眼帯をしている人なんて、そうそう見る機会はない。
もし見たとしても医療用のガーゼを支えるそれ。
眼帯をした男性同士の対峙する姿を見ることになった自分は、ある意味では凄く貴重な体験をしている。
尤も、時代を渡ってしまったという時点で、それ以上の貴重で特異な体験などありえないだろうけれど。
「よぉ。あんたが奥州の竜か?」
船の碇を模した槍を肩に担ぎ、袖を通さぬ上着を肩に羽織る。
鮮やかな紫がバサッと風に舞った。
「そう言うあんたは西海の鬼…だな。四国の海の荒くれ者が、奥州に何の用だ?」
「奥州が大層なお宝を手にしたって噂を聞いたもんでな。遠路遥々北上したわけよ。それより―――」
悠希に聞いていたから、彼らに共通点が多い事は分かっていた。
会話を聞けば、あぁ確かに、と言う思いがこみ上げる。
何と言うか…この二人、気が合いそうだ。
そんな風に二人の様子を見守っていた紅は、西海の鬼、こと長曾我部元親の視線が自分へと移動したのに気付く。
「さっきの矢はあんたか?」
「ええ。態と外しましたけれど…怪我がないようで何よりです」
「いい腕じゃねぇか。どうだい、俺の船に乗る気はねぇか?あんたなら、野郎共も大喜びだぜ」
「ご冗談を」
どこまで本気なのかは分からないけれど、多分殆ど本気なのだろう。
政宗がそう言う冗談を言わない性質だからなのか、何となくそう思う。
「おいおい。勝手に優秀な部下を勧誘してくれるなよ」
「部下の勧誘に許可はいらねぇだろ?まだ嫁…ってわけでもなさそうだしな」
「それもそうだな。紅、長曾我部軍から好きなだけ引き抜いて来い」
「冗談だ。こんないい女に引き抜かれちゃ、骨まで抜かれちまう」
そう笑って、元親は担いでいた碇槍を地面へと突き立てた。
重かった…と言うわけではないだろう。
ほんの少しだけれど、二人に対しての警戒心を解いた事がその行動へと繋がったのだと、紅は憶測する。
彼女は彼らの会話に薄く、苦笑に似た笑みを浮かべていた。
「ところで…さっさと本題に入ろうぜ。お宝―――ってのには覚えがねぇんだが?」
「何でも、それの為に同盟国の城を一つ落としたらしいじゃねぇか。西じゃあ、専らの噂だぜ」
その答えに紅と政宗が心中で首を傾げる。
ここ最近城を落とした事などないし、況してや同盟国を裏切った覚えもない。
紅は「政宗様がそんな事を?」と殆ど信じていない様子で、その噂の真相を測りかねての行動だ。
「…ますます覚えがねぇな。知ってるか?」
「私の記憶にはありませんけれど…。そもそも、落ちた城を見たのは一度きりで…」
そこまで答えて、ハッと気付く。
どうやら政宗も同じ結論に達したらしい。
「白凪城のことですか。確かに同盟国の城ですが…。そんな立派なお宝など、ありましたか?」
それこそ覚えがないのですが。
そう問いかける紅に、政宗は沈黙を返す。
元親が求めてきたらしいお宝に覚えはないが、噂の正体は何となく掴めて来ていた。
チラリと紅を横目に見てから、元親に向けて口を開く。
「…生憎だが、くれてやるには惜しい宝だ」
静かに口角を持ち上げての発言に、紅は驚いたように彼を見た。
そう答えるという事は、噂の「お宝」に心当たりがあるらしい。
―――白凪城にそんな物が…?いや、自分が知らなくてもおかしくはない。
彼の思考に追いつこうと頑張るが、どう考えてみても分からなかった。
新参者の自分には分からないことも多いだろう。
そう納得すると、紅は彼の言葉の続きを待つように沈黙した。
そんな彼女と政宗を交互に見た元親は、ふと思案顔を浮かべて顎に手をやる。
暫くそうしていた彼だが、唐突に気付いた。
「なるほどな…そう言う事か」
先ほどまでの悩んでいた顔からは一転。
ニヤリと口角を持ち上げた元親に、紅は疑問符を浮かべ、政宗は軽く眉間に皺を寄せた。
「そりゃあ手放せねぇよなァ、独眼竜」
「……………」
男二人の遣り取りに、紅は心中を疑問符で埋め尽くす。
何、と言ってはいないけれど、彼らの脳内には同じ物が浮かんでいるらしい。
明らかに会話が成り立っている事が、その最たる証拠だろう。
時折自分へと向けられる視線を思えば、その存在が忘れられているわけではないようだが。
何となく、少しだけれど気分が悪いなぁ、なんて思ったところで、紅は近づいてくる気配を察知した。
「姫さん」
ザッと地を踏みしめ、氷景が紅の前に膝を着く。
何かあったのか、と目で問えば、彼は即座に口を開いた。
「そろそろ兵を抑えるのも限界だ。やんのか、やんねぇのか…はっきりして欲しい」
「あー…政宗様次第ね。何だか、二人の間の会話は成り立ってるみたいだから」
そう答えた彼女に、氷景は心中で首を傾げる。
何故、彼女の声に拗ねたような印象を受けるのだろうか。
「何があった?」
「西海の鬼はお宝が欲しいそうよ。政宗様はそれが分かっているみたいだけど…」
さっぱりだわ、と肩を竦める。
除け者と言うわけではないのだが、若干そんな気がしているのかもしれない。
紅の返事に少しだけ口を閉じた氷景。
「それ、どんな宝だ?」
「西の方で噂になってるそうよ。同盟国の城を落として得たお宝なんですって。兵も虜にするだとか…他にも、色々」
西の噂、同盟国の城、兵。
鍵となる言葉はこの三つだと瞬時に理解する。
氷景の脳内では、その三つが膨大な知識の中から答えを引きずり出す鍵となり、動き回る。
主人をそっちのけにして、挑発し、挑発され、時に意気投合する二人を見た。
さっさとどっちか決めてくれよ、と思いつつ、そのお宝について考える。
時間を持て余しているらしい彼女は、虎吉の毛繕いを始めてしまった。
それでも、政宗に何かしようものならば、一瞬のうちに元親に刀を向けるのだろう。
意識だけは常に二人の方へと向いている事に、氷景は気付いていた。
「あぁ、そう言う事か…」
「…氷景まで分かるのね」
ポツリと納得したように呟いた彼。
そんな彼の声を聞きつけた紅は、僅かに肩眉を吊り上げた。
氷景は彼女の反応に苦笑を浮かべ、それから三つ編みを作っている髪を背中に払う。
「アンタだよ、姫さん」
「………………私…?」
「同盟国の城ってのは白凪城だろ。んで、兵たちを虜にしてるのは雪耶の軍が現在進行形で増えてる事を意味してる。
あんたに憧れて志願する奴が後を絶たないからな。ついでに、噂は俺も西で小耳に挟んだ覚えがある」
奥州には女の身でありながら幹部まで登り詰めた二刀使いが居る。
それに憧れて兵を志願する者が増え、奥州の勢いは今や鰻登り。
そんな風に、実しやかに口から口へと語られる噂だ。
恐らく、その二刀使いの部分がお宝へと、憧れてという部分が欲して、と変化していったのだろう。
噂に尾ひれも背びれも付き、ついでに何だか種類が変わってしまい、西海へと届いた。
これが、真実だろう。
そう告げる氷景に、紅は呆気に取られたように口を開いて固まる。
それから、長い溜め息を吐き出した。
「彼はそれを求めて、遠征してきたって言うの…馬鹿馬鹿しい…」
噂を信じたわけではないのだろう。
恐らく、面白ければよし、噂が当たっていれば尚よし―――そんな程度の考えなのだ。
それに巻き込まれ、軍を動かしたこちらとしては堪ったものではない。
道理で早々に戦を仕掛けてこないはずだな、と今更ながらに納得してしまった。
「それなら、話は早いわよね」
よし、と頷くと、紅は虎吉から離れて政宗と元親の元へと歩いていく。
それから、傍目には楽しげに見える彼らの傍らで足を止めた。
「お二人とも、そこまでです。互いに軍を引き、己が領地に戻りましょう」
「止めるなよ、紅」
「いいえ、お止めします。巻き込まれる兵たちの事、彼らを待つ家族の事をお考えください」
戦をするつもりがないのならば、長居は無用。
はっきりとそう告げる彼女に、男二人は一時的にでも口を噤む。
何と言うか…威勢の良さは噂以上だ。
元親は僅かに口角を持ち上げた。
「そんなに話が弾むならば、城へとお招きください。酒の一つでも飲み交わせば、積もる話も出来ましょう。
そのつもりがないなら、今すぐに奥州へ軍を返してください。元親様も、四国へとお帰りください」
「…だとよ」
どうする?とでも言いたげな視線を元親へと向ける。
二人の目が重なり、ほぼ同時に何かを企んでいるような…形容するならば、にやりと言った表情を浮かべた。
それだけで、嫌な方向へと進むという事は明らか。
紅はふぅ、と息を吐き出しながら、コメカミに指を添えた。
07.08.02