廻れ、

- 廻 れ 、 廻 れ 。  時 空 よ 、 廻 れ -

-- 068 --

どれだけ実力があろうとも、それは一対一の稽古での事。
今回が初陣である紅は、戦場なりの機転、と言う点に関してはまだまだ素人であった。
それでも、徐々に慣れているのは確かではあるけれど。
そんな中で、一際盛大に暴れていく政宗を追うのが難しいことも、また当然のこと。
乱闘が始まって数時間―――紅は完全に彼を見失ってしまっていた。









「紅」
「はい。雪耶の兵を配置に付かせ次第、後を追います」

そろそろだろうな、周囲の様子からそう考えていた紅は、政宗の声に即座に反応した。
的確な返事に彼は口角を持ち上げて頷く。

「すぐに追って来い。だが、兵の配置は焦るな。―――出来るか?」
「必ず」
「OK。前線で待ってるぜ」

そう言って手綱を握りなおした彼に、彼女は「待ってください」と声を掛ける。
何事か?と振り向いて馬を止める彼を横目に紅は軽く片腕を上げた。
同時に、紅の脇に氷景が姿を見せる。

「氷景。政宗様と共に前線に向かって」
「…姫さんは…」
「私が兵を配置するくらい、一人で出来ないとでも?家臣も居るから、大丈夫よ」
「…承知」

やや躊躇ったようではあるが、氷景は短く、しかし強くそう答えると再び姿を消す。
話が纏まった所で、紅は政宗へと視線を戻した。

「氷景をお連れください。何かあった時には彼を通じて連絡を」
「あぁ。早馬よりも期待できそうだからな」

借りてくぜ、と頷く彼。
紅は彼に向けて微笑みを返すと、「では、後ほど」と残して馬首を返す。
そして、伊達軍の脇を逆走させ、やがて自軍の先頭へと滑り込むとその場で虎吉を止めた。

「これより、雪耶の兵はこの場にて陣を展開する!各個、速やかにかつ正確に配置に着きなさい!」

馬上からそう声を上げる。
男性のものほどに力強さはないが、女性独特の良く通る声が兵たち一人ひとりの鼓膜へと届いた。
一斉に動き出した彼らを見てから、自分の後に続いていた家臣に目を向ける。

「各隊、陣が完成次第配置の確認を。その後は、兵たちには十分な休息を与えて構わないわ」
「承知いたしました」
「私は全ての隊の確認を見届け、伊達軍を追う。以降は個々の隊長に任せるから」

2000の兵だ。
陣を築くまでにそれなりの時間を要することになるだろう。
紅は散り散りに行動を始めた家臣を見送ると、虎吉の背を降りた。
これから戦場を走らせることになるのだ、少しでも休ませておかねばならない。
虎吉に水を与える紅の近くへと、すでに隊の配置を終えた隊長の一人が戻ってくる。

「紅様。前線へはどの者をお連れになるので?」
「それに関しては悩んだんだけど…暁斗を連れて行こうと思っているわ」
「暁斗…なるほど。機動力に優れるあの者ならば、必ずや紅様のお役に立ちましょう」
「そうであることを期待しての選出よ。彼の隊はあなたに任せるわ」
「御意」

膝を着き、強くそう答えた彼は、紅の言葉を伝える為に暁斗の元へと向かう。
その彼を見送る事無く、彼女は一秒たりとも無駄にしないようにと身体を解した。
馬上の運動は一定の動きになる為に、長時間の移動を行なうと身体の筋肉の一部が強張り易い。
それを解す為に、ぐぐっと腕を伸ばした。

「紅様。我が隊、陣形の展開を完了いたしました」
「わかったわ。あぁ、話は聞いてくれた?」
「はい。山野辺より話を聞き、参じた次第です」
「そう、なら話は早いわ。確認を終えたら前線に向かっている伊達軍と合流する。一緒に来て」

一息にそう言い終えると、彼は「承知」と答えて深く頷いた。
そうしている間にも徐々に報告が彼女の元へと届き、準備は整っていく。
独特の高揚感に僅かに指先が震えるのを感じ、それを誤魔化すように指先に虎吉の手綱を絡めた。
怖いわけではない、ただ、言葉に表せない…何かを感じる。
己の力がどこまで通用するのか―――それが、楽しみだった。















雄叫びにも似た声と、何か重いものが大量に移動しているような音。
それらを耳で聞き取ると、紅は眉を寄せた。
手綱を強く握りなおし、前方を睨みつけるように見つめる。

「すでに交戦状態にあるようですね」

斜め後ろに続いていた北斗がそう呟く。
その声が喧騒に掻き消されなかったのは、幸いと言うものだろうか。

「………政宗様の姿がないわ」
「筆頭なら、いつでも戦場では先陣を切っていかれます。恐らくは最前線かと」
「あの方らしいけれど…落ち着いている暇はなさそうね」

はぁ、と呟くと、紅は左手を手綱から放す。
そして、その手で右に挿していた小太刀を抜き取った。
白銀の刀身が陽の光を反射させる。

「突っ切る」

そう紡ぐ彼女の目には、いつもの優しさはない。
それに呼応するように嘶いた虎吉の鳴き声に気付いた敵兵が彼女へと刀を向けた。
虎吉の腹を蹴ると、彼らの真ん中を走らせる。
そして、己に武器を向ける敵を斬り伏せた。
徐々に速度が安定してきた所で、紅は右手まで手綱から放してしまう。
それから、空いた手に関節剣を握り、勢いよくそれを斜め前へと突き出した。
真っ直ぐに伸びた刀身が、まさに伊達兵を斬り伏せようとしていた武田の兵士を貫く。
崩れる体を最後まで見届ける事無く、抜いた刀身を更に遠心力に乗せた。
地面に水平に動いたそれは、敵兵を何人も斬り付けてから紅の手元へと戻り、本来の姿を取り戻す。
紅は白銀の刀身に残った赤いそれを拭うように振るうと、剣を握ったまま手綱を取った。

「これが…戦」

確実に前には進んでいるのに、人の波が終わりを見せない。
こうしている間にも政宗は前線を前へ前へと進んでしまっているのだろう。
そう思うと、どうしようもなく焦りが生じてきた。
しかし、彼女とてそれに身を任せるほどに愚かではない。
冷静に、そう言い聞かせるように、一度息を吸い込んでから虎吉を斬ろうとした兵士を己の刀で斬る。

「紅様!あまり無茶は…!」
「今無茶せずにいつ無茶するって言うの?」

己の身を案じているのだという事は分かっているけれど、今優先して欲しいのは自分ではない。
それを自分の家臣である彼に求めるのは、些か酷なのかもしれないけれど、紅はそれを気にして入られなかった。
ヒュンと風を切ってきた矢を、上体を軽く反らす事で避けると、もう一度強く虎吉の腹を蹴る。
進む先が人でごった返している所為で若干速度を落としていた彼が、紅の合図に応える様に速度を上げた。






序盤よりは速度を上げて虎吉を走らせていた紅は、不意に空を舞う鳥の存在に気付く。
一瞬凍雲かと思ったけれど、どうやら大きさが違うようだ。

「紅様、あれは氷景の鷹です」
「…と言う事は…」
「氷景が筆頭の位置を教えてくれているようですね」

暁斗がそう言い終える前に、紅は虎吉の手綱を鷹が旋回する方向へと向ける。
明確な目的地を得た虎吉の足取りは軽く、けれども強い。
大勢の足で踏み固められた地面の上に蹄の跡だけを残し、彼は戦場を駆けた。

07.07.21