廻れ、
- 廻 れ 、 廻 れ 。 時 空 よ 、 廻 れ -
-- 066 --
何もかもが手探り状態。
それでも混乱する事無く、当主としての威厳を損ねずに事なきを得たのは、政宗の功労あっての事。
その理由をはっきりと悟ることは出来ないけれど、彼が自分を鍛えようとしていることだけは分かった。
彼の手を借りずとも戦に出られるだけの知識を植えつけるつもりなのだろう。
忙しく動く中で、紅はふとした時に彼の言葉を思い出していた。
「戦が終わったら話がある…か」
あの夜にそう告げられ、内容は知らないままに別れた。
話と言うのが自分の今後に関わるものなのだと言う事は、何となくだが分かっている。
今こうして一から教えられているのも、それに関係してのことなのだろう。
何を言われるのだろうかと言う不安は当然ある。
だが、話を聞かないという選択肢は紅の中にはない。
慌しく一日が過ぎ、一週間が過ぎ―――…一ヶ月の月日が流れた。
戦が目前に迫る中、政宗は城内を足早に移動していた。
「政宗様」
「おう。どうした?」
控えめに呼び止められた政宗は、家臣の一人に向き合う。
彼を呼び止めた高齢の男は、やや躊躇うように視線を逸らしてから、ゆっくりと口を開いた。
「此度の戦、雪耶殿のみを連れて行かれるのは些か心もとないかと思われます。
我ら家臣からも数名お連れになるのが得策かと思われますが…」
「…俺はそんなに頼りないか?」
「いえ、その様な事は…!しかし、いくら腕が立つとは言え初陣の雪耶殿のみでは我らにも不安は残ります」
必死の様子の彼に、政宗は心中で苦笑を零す。
彼の言い分が分からないわけではない。
だが、政宗には政宗なりに譲れない理由があった。
「今度の戦は、俺の軍に紅を連れて行く。お前らは小十郎の軍だ。これに変更はない。You
see?」
最後の英語部分には、分かればさっさと行け、と言うそれが含まれていた。
普段身分も何も関係なく接してくれるとは言え、政宗は彼にとって主だ。
政宗がはっきりと言う以上、彼には打てる手はない。
頷く以外の道はなく、不安を残しながらも彼は頭を下げた。
「悪いな。今回ばかりは我侭を通してもらうぜ」
去っていく背中にその声が届く事はない。
しかし、そう紡がずにはいられなかった。
邪魔にならない高い位置で結い上げた髪が風に揺れる。
戦仕様の着物を用意するかと尋ねられたけれど、それには丁重な断りをいれておいた。
約一年前、ここに来た時に着ていたそれに身を包む。
一見すれば忍のそれともよく似た着物だが、脇に挿されている刀の存在がそれを否定している。
右に小太刀を一振り、左にはもう片方の小太刀と、そして関節剣を挿した。
胸元には急所である心臓を守る位置に胸当てを装着してある。
命を取り合う戦場ではこの程度の防具では気休め程度にしかならないのかもしれないが。
籠手を嵌めた腕は素手の時よりは若干動かしにくいが、それにももう慣れた。
「姫さん。時間だ」
スト、と紅の背中側に降り立った氷景はそのまま膝を着き、そう言った。
その言葉に、彼女は最後の調整とばかりに、手を籠手や腰の刀の上に移動させる。
これ以上できる事は何もない。
「ええ。ありが―――」
紅の言葉が最後まで紡がれる前に、ばたばたと言う騒がしい足音が近づいてくる。
その主に覚えがあるのか、彼女は眉間に皺を寄せた。
しかし、逃げるわけには行かない。
「紅!!!」
バンッと勢いよく開かれた襖が悲鳴を上げる。
息を切らせて頬を上気させた悠希は、紅の姿に目を見開いた。
その表情は絶望にも似ていて、紅は少しだけ辛そうな表情を見せる。
「どう言う…事よ…?」
「戦に行くわ」
「そんな冗談、笑えないわ!!戦は部下に任せるんでしょう!?」
そう言っていたじゃない、と彼女は紅の肩を掴んで揺さぶる。
こうなると分かっていたから、紅は彼女に偽りを教えていた。
もしかすると、と言う想いが全くなかったわけではない。
しかし、紅が嘘をついているのだと…彼女が戦に出るのだとは、思いたくなかったのだ。
だから、彼女の嘘を真実なのだと思い込んでいた。
「戦よ!?殺し合いなのよ!?」
「分かってる」
「分かってないよ!分かってたら、戦に出るなんて言うはずないでしょ!!」
「悠希、落ち着いて」
興奮してしまっている彼女を宥めようとするが、それは寧ろ逆効果だった。
より一層酷くなる彼女に、紅は眉を潜めて横目に氷景を見る。
時間は刻一刻と迫ってきている。
「悠希。私は戦に行くわ。もう時間だから…」
「私に何も言わずに黙っていくつもりだったの!?親友だって、そう思ってたのに!!!」
「私は親友だと思っているよ」
「なら…行かないでよ!!現代人の私達が戦で生き残れるわけない…死んじゃうのよ!?」
行かないでと繰り返した彼女は、その爪が紅の肌を傷つけていることに気付いていない。
紅もそれを咎める事無く、正面から彼女の叫びを受け止めていた。
「ごめん。聞けない。政宗様が信頼して、私を連れて行こうとしてくれているの。
今回の戦…出陣しないわけには行かない」
「伊達政宗が何だって言うのよ!あの人は、あんたの事を政の道具に使おうと…」
「そうだったとしても!」
悠希の声を遮って、紅が強く声を上げる。
ビクリと肩を揺らした悠希は、漸くその口を閉ざした。
「そうだとしても、私にはあの人しか考えられない。あの人が戦場に居る間、城で平和になんて過ごしていられない!」
「紅…」
「悠希が言ったように、私にとっては一生の人なの。道具として使われたのだとしても、私が彼の傍に居たいのよ」
そう言うと、紅はゆっくりと悠希の腕を解く。
素直にそれに従った悠希の目から零れそうな透明の雫に気づいていた。
けれど、原因である自分には何も出来ない。
「―――ごめん」
紅の呻くような小さな声と共に、悠希の身体が傾いだ。
危なげなく受け止めた彼女の背中に居たのは、いつの間にか近づいていた氷景。
彼女の首を打って意識を飛ばしたらしい。
「本当にいいのか?」
「…すでに覚悟は決めた。彼女の為にも、私がやらなければならないのよ」
負けた国の行く末を思えば、何としても勝ち続けなければならないのだ。
悠希がこの世界に来てしまった今、紅には守るべきものが増えていた。
最早、動き出した歯車を止める事は出来ないのだ。
「先に行くわ。悠希を部屋に運んでくれる?」
「あぁ」
彼女の身体を手渡すと、紅は迷いない動作で部屋を出て行く。
その背中を見つめながら、氷景は息を吐き出した。
あの若さで、更に女性と言う性別でありながら、あれほどの覚悟を決めなければならない紅。
女性としての一般的な幸せを望まなかった彼女を思い、氷景は悠希を見下ろした。
「あんたの友人…姫さんは俺が守るから。だから…今は、姫さんの為に眠っていてくれ」
これ以上引き止められれば、紅はここから動くことが出来なくなってしまう。
そう分かっていたからこそ氷景は悠希を気絶させ、紅はそれを黙認したのだ。
抱き上げた拍子に頬に伝った涙に目を細めつつ、彼女を運ぶべく床を蹴った。
07.07.15