廻れ、

- 廻 れ 、 廻 れ 。  時 空 よ 、 廻 れ -

-- 063 --

歩いている間、無言のままの悠希と、それを気にしつつもその隣を進む紅。
紅自身は無理に聞きだそうとは思っておらず、悠希がその気になれば、その時に話を聞けばよいと思っている。
だからこそ、彼女から何かを紡ぐことはなかった。

「紅」
「何?」
「伊達政宗のこと…本当に…」

苗字までつけて呼ぶ事は珍しく、そこに敵意にも似た色を感じた紅は心中で首を傾げる。
悠希がここまで人を拒むと言うのは、本当に珍しい。
苦手な人であってものらりくらりと交わす術を覚えている彼女だからこそ、尚更。

「政宗様がどうかした?」

理由は分からないけれど、彼と悠希の間で何か…彼女の誤解を招くような事態になっているようだ。
誤解ではない事態になっているならば、彼は紅に対して「いい友人」と言う言葉は使わないはず。

「…何でもない」

何かを告げようと開いた筈の唇は、結局それを否定する言葉を発する。
紅の表情を翳らせたくはないと思った。
彼女に先ほどの話を告げたとして、どうなる?
悩むだけ悩み、けれども彼女はそれを拒む事は出来ない。
文化の違いに苦しむだけなのだと分かっていても、彼女はきっと―――

「思いつめないでね」

ポンと紅の掌が悠希の頭に乗った。
丁度その頃に紅に用意された部屋へと到着し、彼女は悠希を残して元来た道を帰っていく。
それを見送りながら、深々と溜め息を吐く悠希。

「何で…同じ空の下の世界なのに、こんなにも違うんだろう」

哀しい声が静かに溶けて行く。
















思案顔で歩いていた紅は、自分の進む先に人の気配があることに気付いた。
顔を上げてもその姿が確認できないのは、丁度左右に折れる分岐を迎えようとしているからだ。
そこを右に進んだ先に、居る。
足音を気にせずに歩いてきたのだから、向こうも自分の存在には気付いているだろう。
何となく顔を合わせにくいような気はしたけれど、そうも言っていられない。
きゅっと唇を引き締めてから、紅は少しだけ足を速めた。

「待っていてくれたんですか?」

角を曲がるなり、紅はそこで壁に凭れていた彼にそう声を掛ける。
先ほどは一緒だった小十郎が居ない所を見ると、あえて彼を去らせたのだろう。
自分と、話をするために。

「悪かったな」
「悠希のことですか?」
「あぁ。怒らせたのは俺だ」

そう言ってから、彼はもう一度「悪かった」とそう紡ぐ。
そんな彼の言葉に紅は苦笑を浮かべて首を振った。

「部下に頭を下げてはいけない…そう仰ったのは政宗様でしょう?」
「今は奥州筆頭としてここにいるわけじゃねぇ」

伊達政宗と言う一個人としてここに居るのだと。
彼はそう言った。
その言葉に軽く目を見開き、驚きを表す紅。
まさか彼が一個人としてと断言してまで謝罪の言葉を紡ぐとは思わなかった。

「ならば、私も雪耶紅と言う個人として…謝らないでください、と言わせていただきます。
それを聞いてしまえば、私はあなたに何かしらの非があったことを認めなければなりません」

謝るという行為は、そこに自分の非があるという認識の下で行なわれるものだ。
耳にして頷いてしまえば、彼のその非を認めることになる。

「例え政宗様にも非があろうとも、悠希の行いは正当化できるものではありません。
ですから…この話はこれで終わりにしましょう?」

喧嘩両成敗、と言うけれど、この場合はどちらもお咎め無しで良いではないか。
暗にそう含ませた紅の言葉に、彼は肩を竦めてから頷いた。

「悠希はどうしてる?」
「特に何も。一度沸騰すると暫く冷めないんです。放っておくのが一番ですよ」

と何とも冷たいとも取れる返事が返ってきてしまった。
案じていないわけではないだろうけれど、どうやら慣れているようだ。

「紅。お前は、もし…」

もし、と言う事は仮の話なのだろうか。
聞く姿勢を作って首を傾げた紅に対し、彼は沈黙した。
それから、苦笑に似た笑みを浮かべてその手を紅の頭に乗せる。
その髪の手触りを確認するかのように優しく撫でてから、行くぞと声を掛けた。
結局彼の口からその続きを聞く事は出来なかったけれど、紅は気付いている。
彼の言わんとしていた事こそが、悠希を怒らせた原因となるものであると。
仮定の話だったから、彼女も声を荒らげるだけで済んだのだ。
もしこれが事実の話であったならば…きっと、政宗の頬に紅葉の一つでも咲かせていただろう。
彼が大人しく叩かれるかどうかは、この際置いておく事にする。














それからは大忙しだった。
城内の荷造りの前に、移り住む屋敷の準備を進めなければならない。
どうしようか、と紅が呟いた所で、それに答えたのは首を揃える家臣ではなかった。

「今まで通り米沢城で過ごせばいい」

政宗がそう言ったと同時に、家臣らが各々に反応を示したことを紅は見逃さなかった。
その理由は分からないけれど、思うところがあるのだろうと深く追求はしない。
紅は彼を見つめ返してから少しだけ悩む。

「…手合わせの事も考えれば…それが一番なのでしょうね」

お願いできますか?と言う紅の申し出に、彼は一も二もなく頷く。
それから、今現在白凪城に住んでいる家臣たちの住居へと話を移した。

「―――では、米沢城の近くに改めて屋敷を設けると言うことにしましょうか」
「城の跡地の守りはどうする?」
「それも考えなければなりませんね。民衆への説明も必要でしょうし…」

隣から手元の紙を覗く政宗と共に、話を進めていく。
すべき事を書き出すなど子供のようだと思ったけれど、どれか一つでも抜け落ちようものなら大変だ。
今はそんな自尊心は捨て置こう、と紙の上に筆を滑らせる。
大方流れを書き終えたところで、その場は一旦お開きとなった。





準備は着々と進み、一週間後には氷景が設置した発火材の効果もあり城は崩れ落ちた。
これから現代へと続くであろう長い歴史にその名を刻む事無く、白凪城は物言わぬ瓦礫と化す。
執着心を持つには少し短い滞在であったが、崩れた城を見れば自然と心も沈む。
この選択が正しかったのか―――そう迷ってしまいそうになる自分を叱咤して、その結果から目を逸らさなかった。
政宗はいつまでも城を空けているわけにも行かず、三日前に小十郎を連れて米沢城へと戻っている。
城を壊したら追って来い、そう言われている彼女は、すでに出発の準備を整えていた。

「虎吉は力持ちだし体力もあるから大丈夫だとは思うけど…途中の町で一泊して米沢城を目指すわ」

旅の装いに身を包んだ悠希を振り向き、紅はそう説明した。
生憎、馬術も慣れたものである紅とは違い、悠希は馬には乗れない。
大人しい馬を一頭貰ってのんびりと帰ろうかとも考えた。
だが、それでは米沢城へと着くのが一週間後になってしまうために、彼女を後ろに乗せることになったのだ。
前に乗せたほうが安心なのだが、男と女ならばいざ知らず、二人の体格差はそれほど大きくはない。
後ろから掴まってもらった方がいいだろうと言う事になり、現在に至る。

「はい、手を貸して」

ひょいと慣れた調子で虎吉の背に跨った紅は、そこから悠希の手を取る。
少し力を込めれば、地面を蹴った彼女の身体は簡単に紅の後ろに落ち着いた。

「じゃあ、私は先に米沢城へと向かうわ」
「道中、くれぐれもお気をつけくださいませ。我々も村を回ってからすぐに参ります」
「ええ。わかってるわ。宜しくね」

家臣の言葉にそう微笑むと、紅は首で背中の悠希を振り向く。
やや顔が強張っているのは、虎吉の高さに怯えているからだろうか。

「しっかり掴まっててね。力を抜いて、虎吉の動きに合わせれば大丈夫だから」
「ど、努力するわ」

頼りない返事ではあるけれど、まぁ問題はないだろう。
軽く虎吉の首を撫でてから、紅は彼の腹を蹴った。
待っていました、とばかりに元気よく駆け出すと同時に悠希の小さな悲鳴が聞こえ、クスクスと笑う。

「その調子で、よく山崎からここまで来れたね?」
「あんた…!普通の馬と飛び切りの軍馬を一緒にすんじゃないわよ!高いのよ!!」

蹄の音に掻き消されないように声を荒らげる悠希に、紅は笑い声を抑えなかった。
それから、徐々に体勢を変えつつ、彼女に向けて告げる。

「そろそろ口を閉じないと舌を噛むわよ」
「わかって…る゛っ!?」

どうやら噛んだらしい。
お約束だな、と笑いながら、虎吉の手綱を握りなおした。

07.07.05