廻れ、

- 廻 れ 、 廻 れ 。  時 空 よ 、 廻 れ -

-- 061 --

眼前には、左右に分かれて腰を下ろす家臣の姿がある。
二つの列を成す彼らをぐるりと見回し、紅は静かに瞼を伏せた。
言葉を選ぶように暫し口を噤むと、やがて持ち上げる瞼と共にそれを開く。

「昨日の今日で申し訳ないけれど…話しておかなければならない事がある」

凛と背筋を伸ばし、紅はそう話し始めた。
誰一人として口を挟む事も、またその意思もなく、彼女へと視線を定める。
その目は僅か20歳の娘に向けられるものではなく、己が主と認めた者に対するそれだ。
彼らのそんな思いが伝わっているからなのだろう。
紅もまた、敬語を話すのをやめて、主としてあるべき姿勢を取ろうとしていた。
本来年上に対して敬語を使うのは彼女にとっては当たり前のこと。
それが出来無いと言うある意味では不自由な状態での会話は、僅かながらも彼女の表情を硬くしていた。
尤も、表情が強張っている理由は、その内容にも関係しているのだろうけれど。
ふぅ、と息を吐き出してから、覚悟を決めて顔を上げる。

「私は…この城を捨てようと思う」

一度唇を動かし出せば、後はごく自然に言葉が続いてくれた。
震えることもなく紡がれたその言葉は大して長くはなく、理解するのにさほど時間を必要としない。

「今後厳しくなるであろう乱世に伴い、守りを必要とする城は必要ないと感じた…これが理由」

一息にそう言ってしまってから、後は家臣らの反応を見る。
紅自身、反対の声が上がるのは当然だと思っている。
政も何も知らない小娘が何を馬鹿なことを…そう言って欲しい。
そう言われて、反対する家臣を納得させてこそ、彼らの上に立つ価値を見出せると思った。
当主として立てられる意味を持つことが出来る―――そう思ったのだ。

「―――…なるほど」

一人からそんな声が上がった。
紅の言う事はよくわかった、と言う「なるほど」だろうか。
そう思った、その時。
彼の言葉の続きが紡がれる。

「それは良い考えにございますな」
「確かに、白凪城は規模の割りに城の警備が少ない故に、強固な造りをしておりまする」
「…何があろうとも、この城が他の国の手に落ちるようなことがあってはならぬな」
「それを思えば、先に憂いを除いておくのも悪くはない」

次から次へと挙げられる彼らの声に、反対と思しき声はない。
一人につき二度ほど発言した辺りで、彼らの思いは纏まったようだ。

「我らは紅様のご提案に従います。すぐにでも用意を整えます故…」
「それなら必要ないわ」

そう言うと、紅はふと意識を自身の斜め後方へと向ける。
それを悟ったのか、屋根裏に控えていた氷景が音もなくその位置に膝を着いた。

「ご命令は全て滞りなく。城の各部に発火材、及びその起爆剤の設置を完了いたしました」
「…と言うことよ」

紅が悪戯に笑えば、家臣からは苦笑にも似た笑いが零れる。
先ほどまでの緊張が和らいだ瞬間でもあった。

「流石はご当主様。我らの何歩も先を歩いておられる」
「それでは、今後の屋敷について検討せねばなりませぬな」
「伊達様は何か良案をお持ちでございますか?」

急に話を振られた政宗は、閉じていた目を開いて彼らを一瞥する。
それから、視線を紅へと移動させた。

「屋敷に関しては俺にも考えはある―――が…それよりも先に、もう一つあるじゃないのか?」

そうして上手く話題を運んでくれた政宗に、紅は強く頷く。
もう一つ、言わなければならないことがある。

「今後私は…雪耶家の当主として、伊達軍の傘下に入る。同盟ではなく、ある種の服従だと考えてくれて構わないわ」

言葉を一人ひとりに向けるように、順に目線を動かしていく。
射抜くほどに鋭くはない。
けれどもそれに秘められた強い意志がはっきりと見て取れるような、そんな眼だ。
傍らに控えた氷景はその横顔を見て、人には分からない程度に口角を持ち上げる。
これだけの人数を前に、よくこうして強く居られるものだ。
例え男であったとしても、怖気づいてしまいそうな状況をものともしない彼女に、自分の眼の正確さを褒める。

「今回ばかりは城の一件よりも個人に関わる事になる。だから…賛同できない者は、出て行ってくれて構わないわ」

たとえ一人も残らなかったとしても、これだけは譲れない。
傍観も敵対も望まない―――ならば、取るべき道は限られている。
尤も、自分の中ではすでに一つしか道が残っていない。

「恐れながら申し上げます。紅様の仰る事は、今更でございましょう」
「………今更?」
「左様。某のみならず、家臣一同、すでにその心は紅様に従うと決めております。
伊達様と共に参られた時点で、そうなるものと心構えを改めておりました」

つまりは、賛同できないどころか、当然の事と理解してそのように話を進めていた、と言うことだ。
紅の心配など結局は杞憂だった。
その事実に彼女は間の抜けた表情で目を瞬かせる。
だが、すぐに我に返ると表情を引き締め―――ようと試みるが、やはりそれも上手くはいかない。
自然と持ち上がってこようとする口角を戒めようとするも、それを咎める者など居ない。
寧ろ微笑ましいと表現できるような空気が室内に広がっていた。














その後、悠希が目を覚ましたと侍女から告げられた紅は、一旦席を外す。
話を進めてくれて構わないと言い残した彼女の言葉に従い、家臣らは頭を突き合わせていた。
屋敷を用意しなければ、と言う家臣の言葉に、その必要はないと言ったのは他でもない政宗だ。

「紅は米沢城で預かる」
「政宗様、それは…」

どこか咎めるような口調で名を呼ぶ小十郎。
彼の言葉を遮るようにして、声を上げた者が居た。

「それは、紅様を側室にお迎えになるおつもりですか」

全員の目が真剣なそれに変わる。
政宗は彼の言葉に「側室?」と声を上げた。

「Ha!あいつがそんなもんに納まるような小せぇ器か?」
「ならば…」
「領民の受けも悪くねぇ。戦場に出るだけの力もある。この上なくイイ女だろ?」
「ご当主様を政に使われるおつもりならば、我らとて黙ってはおりませぬぞ」

いくらか低くなる声が発せられるとほぼ同時に、突き刺さるような視線が政宗へと集う。
それは主として認めた者に向けるべき眼ではなかった。
今しも刀を抜きそうな勢いの彼らに、政宗の後ろに控えていた小十郎が一歩進み出る。
諌めるように政宗が手を上げ、小十郎を止める。

「政に使う…か。俺は女を使うほど落ちぶれちゃいねぇよ」

そう言って笑ってから、彼はスッと立ち上がる。
折れた裾を払い、襖の方へと歩いていった。
キン、と刀を深くしまいこんでから、小十郎も彼に続く。
部屋を去ろうとする彼らを引き止める声は上がらなかった。

07.06.24