廻れ、

- 廻 れ 、 廻 れ 。  時 空 よ 、 廻 れ -

-- 060 --

「一人か?」
「!」

ビクリと肩を揺らして振り向く紅。
振り向いた彼女の目には驚きだけが映っていた。

「ま、政宗様…いつから…」
「…それが終わる頃だな」

と言う事は、数秒であれ今すぐと言うわけではない。
こちらに来てからと言うもの不思議に優れていた気配を読み取る力が働かなかったと言うのか。
その力を過信していたわけではない、そう思うのだけれど、驚きは隠せない。
目を瞬かせる彼女に、彼は楽しげに自身の口角を持ち上げた。

「本気で気配を消したらわかんねぇらしいな」

いい事を知った、とまるで悪戯が成功した子供のような笑みを浮かべる。
そんな彼に、紅は慌てて首を横に振る。

「そ、そんな事を知ってもらわなくても結構ですっ」
「何でだよ?毎回気配を悟られるってのは、結構キツイもんだぜ?」
「それは…。でも、どうしてなんでしょうか…氷景ですら気配を隠せないのに…」

そう、疑問符を抱くべきはそこだ。
氷景の気配は、彼がどんなに慎重にそれを隠そうとも気づく事ができる。
だからこそ、一人になりたい時などは彼から逃げるようにしているのだから。

「俺の方が優秀だったってだけだろ」
「…言いますね、政宗様も」

思わずクスリと笑い声を零してしまった。
こうも当然の事のようにあっさりと言われてしまえば、自惚屋と思うことも出来ない。

「それより、例の話はどうするつもりだ?」
「例の……あぁ、この城の話ですね。今日にでも話します」
「そうか」

短くそう答えてから、彼は一時的に口を噤む。
何かを考えるように顎へと手をやって、それから改めて口を開いた。

「お前の親友の事だが…」

そこまで紡いでから、再びそれを閉ざしてしまう。
視線を彷徨わせる様子を見れば、続きを言ってしまうことを躊躇っているのは明白だった。
その先に紡がれる言葉が何であるか…紅には、それが分かっている。

「…連れて行きませんよ。彼女は、戦場には不向きです」

彼女はゲームと言うテレビを通して、この世界を体感していた。
だからこそ、あれも出来るこれも出来ると言う錯覚を起こしてしまうかもしれない。
現実の戦において、己への過信は死へと繋がる。
そして何より、紅自身が彼女に現実を見せたくはなかった。

「己を守る術は多少なりあります。けれど、他を守る余裕は彼女にはない。
戦場は…自分だけを守れば良いと言うものではありませんから」

主君であったり、友であったり、或いは隣に立つ同士であったり。
守るべき対象は人それぞれだけれど、はっきりしている事は何かを守らねばならないと言う事。
その力量なき者は、戦場に出ることを許されない。

「…わかってるなら、いいんだ。悪かったな」
「いえ…。私の方からお話しするつもりでしたから、どうぞお気になさらず…」
「米沢城で雇ってやろうか?あそこならまだ安全だろ」
「…一度、雪耶の者と話してみます。解決策がなければ…お願いできますか?」

初めから彼を頼るのは気が引ける。
けれど、彼を頼るのが一番安全であると言う理解はある。
それだけ、伊達の後ろ盾はこの奥州では大きい。

「…氷景が来ますね」

不意に、紅が視線を持ち上げる。
庭先で話していたことを思い出し、指先を草鞋に引っ掛けてそれを脱いだ。
それから縁側に上がった所で、先ほどまで彼女が居た所にザッと音を立てて氷景が現れる。
確かにその気配を読み取っていた彼女に、政宗は口笛を吹いた。

「言われた通りに屋根裏5箇所と主要3箇所に設置が完了した」
「ありがとう。助かったわ」
「別に構わないが…良かったのか?あいつらが反対すれば、俺の行動が無駄になるぞ」
「反対なんて押し切ればすむから。何より、彼らならわかってくれるわ」

大丈夫よ、と笑いながら、紅は腰に挿した小太刀を鞘ごと抜く。
それらを片手に持ち直すと、自分に宛がわれた部屋の方へと歩き出した。
途中、紅と氷景の会話に僅かな疑問符を浮かべていた政宗の隣を通る際に、一声かけていく。

「あ、忘れていたけど…」

そのまま去ろうとした紅は、思い出したように氷景を振り向いた。
何を忘れていたのか、と少しだけ首を傾げた彼に、紅は真剣な表情で口を開く。

「悠希を探るような事はしないで」
「…承知」

僅かとは言え沈黙したのは、それが図星だったからだろう。
そんな彼に溜め息を吐き出してから、紅は苦笑を浮かべて踵を返す。
その背中を見送っていた氷景は、やれやれと息を吐いた。

「まだ疑ってんのかよ」
「それが俺の仕事だぜ、筆頭」
「…まぁな。お前が代わりに疑ってくれるお蔭で、俺達は信じられる」
「………そんな大層なもんじゃねぇよ。ただ…人を信じられねぇだけかもしれないだろ?」

そう言って氷景は苦く笑んだ。
忍と言うのは因果な職業だ。
人を疑い、その髄の奥まで調べ上げ、時に殺める。
主人の影となり、日の当たらぬ所で動く―――それが忍。

「姫さんを守る―――それだけだ。姫さんに害がないなら、あんな女一人どうだっていい」

それを見極めることだけはせずにはいられない。
はっきりとした意思を含ませた言葉に、政宗は苦笑した。
だが、あえて否定の言葉は述べないことにする。
これが、氷景と言う一人の忍の生き方なのだ。
それを変えろと言うのは酷な事だろう。
もし仮にそれが間違っていたとしても、告げるべきは自分ではない。
自分は、すでにその役目を終えているはずだ。
しかし―――

「あんな女…ってのは良くねぇな。いくら信用できなくても、紅にとっては親友だってんだ。そこだけは認めてやれ」
「…わかってる」

抵抗を感じる「わかっている」だったけれど、返事をしただけでも良しと言った所。
相手への見方と言うのはすぐに変えられるものではないのだから仕方がない。
先は長そうだ―――政宗は小さく苦笑した。



「ところで、筆頭。小十郎は?」
「ん?あいつなら…どっかに居るだろ」
「(撒いて来たな…)」

07.06.21