廻れ、
- 廻 れ 、 廻 れ 。 時 空 よ 、 廻 れ -
-- 059 --
すっかり夜も更けた頃。
布団を並べた紅と悠希は、飽く事無く言葉を交わし続けた。
その光景は、まるで学生時代の修学旅行を思い出す。
空白の時間を埋めるように、互いの無事を確認するように。
紅が現代を離れてからすでに半年が経とうとしている。
時間の流れはほぼ同じらしく、悠希は彼女の行方がわからなくなってから五ヶ月後にこちらにやってきたらしい。
そして、約一ヶ月の間、この時代で生活していたと言うではないか。
「今までどこに居たの?」
「それがね!?あんたはかなり運がよかったって断言できるわよ!」
聞いてくれる!?と彼女は鼻息荒くそう言った。
その勢いに思わず頷いてから、紅は続きを促す。
「一体どこに着いたの?」
「聞いて驚け。山崎よ」
「山崎って………誰?」
BASARA好きであればわかったのかもしれないが、生憎紅は悠希から得た情報しか持ち合わせていない。
驚くにも驚けず、ただ首を傾げた。
「明智光秀の所。自分の不運を呪うばかりね」
「明智光秀…」
言われても、今一ピンと来なくても仕方がない。
知らないものはやっぱり知らないのだ。
紅の反応に、悠希ははぁと溜め息をついてから、枕元に置いていた携帯を手に取った。
そして、何かを開いた所で紅へとそれを差し出した。
「それ」
「………へぇ…」
何と言うか、微妙な反応だ。
映されていたのは明智光秀と思しき画像。
因みに、悠希曰く「ゲーム内のシーンを自分で加工した画像」だそうだ。
紅からすれば加工品であれ、企業からの落としたものであれ、どちらでも構わないのだが。
「本当に、生きた心地がしなかったわ」
何度死ぬと思ったか…と、現代の柔らかい枕とは違って硬いそれを抱きしめる悠希。
死ぬとは随分と大げさな、そう思ったけれど、明智光秀と言う人を知らないのだから言葉には出せない。
そんな紅の心中を察したのか、彼女はポンと手を叩いた。
「丁度いい機会だから、BASARA情報を全部叩き込んであげるわ」
感謝しなさいよ、と言いながら、彼女はカチカチと携帯を弄る。
確かに、あの電話では性格が悪くない武将に焦点を絞っていた。
だからこそ、今話題に上がっている明智のように、何名かはその詳細を聞けていない。
時間の制限がない今、それを聞いておく必要があることくらいは紅にもよくわかった。
どちらかと言えば、初めから聞く必要があるのはそちらのような気はしないでもないが。
そうして、二人は空白の時間を埋めるように、何時間も飽く事無く言葉を交わし続けた。
パシャ、と水で顔を洗えば、少しだけ意識が覚醒したように思う。
けれども、殆ど徹夜と言っても間違いではない現状では、それもあまり効果はなかった。
こちらの時代に来てからと言うもの、まるでお年寄りのような生活をしていたのだから余計に酷い。
起きる様子のない悠希は、部屋に置いてきた。
恒例となっている朝の鍛錬を終えた紅は、肩から提げた手拭いで顔に残った水気をふき取る。
汗をかくほどに動いていないけれど、水で濡らした部分はどこかスッとしていて涼しく感じられた。
指の力を抜けば、水気を含んで少しだけ重くなった手拭いがパサリと落ちる。
と言っても、首にかけてあるのだから地面と対面したわけではない。
ふぅ、と短く息を吐き出して、両の腰に携えた刀を見下ろした。
小太刀―――そう言われたけれど、生憎刀の事はそんなに詳しいわけではない。
使い方などの通り一遍の事は父や祖父より教わったが、知識的な事は己で磨けと放置されてしまったからだ。
今となってはそれが良かったのか悪かったのかは分からない。
けれど、この時代を生きていくのに必要な技術だけは嫌と言うほど叩き込まれていたことには感謝すべきだろう。
ふと、紅は視線を上げた。
目に入る風景は米沢城のものとは違う。
けれども、やはり彼女の心を和ませるような独特の空気を持つ、美しい庭だった。
「何だか…頭が変になりそう」
ポツリとそう呟くのも無理はない。
昨日の一日だけで、不思議なほどに色々な情報が、これでもかと言うほど脳内に詰め込まれたのだ。
何より、世界にたった一人だと思っていた自分の親友が時を渡ってきてしまった。
これは喜ぶべきことなのか、それとも巻き込んでしまったことを悔やむべきなのか。
紅にはどちらと判断する事はできない。
ただ…自分は、素直に嬉しかった。
自分が居なくなった現代はどうしているのだろうと思ったこともある。
しかし、どうやら現代と言う時は、自分ひとりが居なくなっても一日一日が刻一刻と過ぎて言っているようだ。
行方不明扱いになったら…そう顔を青くした事もあったが、悠希の持ってきてくれたあれのお蔭でその心配もない。
彼女が持ってきてくれたのは、掌サイズの録音機だった。
懐からそれを取り出した紅は、昨日のようにその録音機のボタンを押す。
ザー、と言う小さな音の後、その声は聞こえてきた。
『貴方がこれを聞いていると言う事は、無事悠希さんに会えたと言う事ね。
私からは無事を確認する事は出来ないけれど…貴方ならばどこに行っても生きていけると確信しているわ』
聞こえてきた声は、紅のものよりも少しばかり低いアルト。
しかし、優しい声だった。
『彼女から聞いていると思うけれど、どうやら貴方は雪耶家の先祖にあたるみたい。信じられないでしょう?
自分の娘が遠いご先祖様だなんて…本当に凄い事ね』
「まぁ、普通ではありえないしね…」
『お父さん達に鍛えられた経験は役に立っている?女の子らしい事をさせてあげられなくて、ごめんなさいね。
でも…私の夢見通りの時代に飛んだならば、きっと役に立っているのでしょう』
「…役に立ってるよ。凄く」
『こちらのように平和な時代ではないわ。辛い事も沢山あると思う。
けれど、私達の先祖だからとか、そう言う風に難しく考えなくてもいいのよ。ただ…幸せに生きて』
それだけを願っているから。
その言葉を最後に、プツリと途絶える音。
一切の音がなくなって、その場に沈黙が落ちる。
紅は黒くて硬いそれを握り締め、そっと目を伏せた。
「ありがとう、お母さん…」
07.06.19