廻れ、
- 廻 れ 、 廻 れ 。 時 空 よ 、 廻 れ -
-- 058 --
紅自身もまだ不慣れな城内だからこそ、と渋る氷景を説得し、政宗たちの案内を彼に任せる。
慣れない紅が城の中を歩く事を案じた彼に、この部屋で待つと約束させられてしまった。
仕方なく悠希を膝に乗せたまま、のんびりと障子の向こうに見える景色を楽しむ。
「…そろそろ起きたらどう?」
不意に、紅がそう声を発した。
彼女の膝の上にある悠希の頭がピクリと動いたのを見逃さない。
「気付いてたの?」
「もちろん。お酒には弱いけど…30分もすれば抜けるでしょ?」
むくりと身体を起こした悠希に驚く事もなく、肩を竦めて見せる。
そう、確かに悠希は酒に強くはなく、かなりの量を飲んではすぐに酔う。
だが、急激に酔いが回る代わりに、醒めるのも早いのだ。
「痺れてない?」
「平気。慣れてるもの」
そう答えてパンッと着物の裾の皺を払った紅に、悠希は「そっか」と短く答えた。
それから、部屋の隅に移動してある酒盛りの名残を見て、そっと苦笑いを零す。
「何か、全部任せちゃったみたいね」
「気にしていないわよ。悠希のはついでだし」
なんでもないことのようにそう答える紅。
積まれた杯から視線を外して彼女の表情を盗み見る。
彼女は外の風景へと目を向けていて、視線が絡む事はなかった。
「紅はいい所に助けられたんだね」
ポツリと、悠希が小さく零す。
そんな彼女に視線をくれる事無く、ただ一度だけこくりと頷いた。
「信頼できると思ったし、付き合いが長くなるとも思った。だから、話しておいたわよ?」
今度は紅が悠希にそう告げる。
すっと音もなく立ち上がって縁側へと歩き出すと、紅はそこに腰を下ろして足を投げ出した。
その隣に、悠希もまた静かに移動する。
「ありがと。うん。あの人達なら…大丈夫」
そう言って悠希は僅かにその口角を持ち上げ、対して眉は少しだけ下げる。
彼女らの会話の説明をするには―――数年ほどの時を遡らねばならない。
政宗に話したように、悠希は事故…交通事故で、両親を喪った。
現代でそう言えば、向けられるのは同情の眼差し。
それに嫌気が差していた彼女は、紅にこう頼んだのだ。
『ねぇ、紅』
『何?』
『もしね?紅が信頼できて、それから私とも付き合いが長くなりそうな人と出会ったら…両親のこと、話してくれる?』
『………私が話していいの?』
『うん。きっと、自分では言えないと思うから』
お願いね。
そう約束したのは、まだ彼女らが少女と区分される事だった。
「この時代じゃ、親が居ないのなんて普通だもんね…」
悠希は月を見上げてそう呟いた。
病や戦で、親を喪う子供は多い。
だからこそ、彼らはごく自然に悠希の家庭状況を受け入れられたのだろう。
そこには、同情も蔑みもない。
ただ、紅の話すことを事実として受け入れていた。
「ゲームの時にも思ったけど…ホントに、いい人たちだわ」
「…でしょう?」
「あんたが仕えたくなるのもよくわかる。私は…仕えたいとは思わないけど」
きっと、自分にはこの距離が丁度良い。
紅だからこそ、あの志も懐も大きな政宗に着いていこうと思い、そしてそれを実行できるのだ。
自分には眩しすぎて…こうして紅が敬愛し、そして仕える人として言葉を交わすのが丁度良い距離だ。
これ以上彼に近づいてしまうと、自分が自分でなくなってしまうような…そんな不安が過ぎる。
「ねぇ、一つ聞いてもいい?」
そう問いかけられれば、紅は首を傾げつつ構わないと答える。
彼女の答えを聞き、一度息を吸い込んでから質問を舌に載せた。
「何ですぐに小十郎に謝らなかったの?紅の性格なら、悪いと思ったら即座に謝るでしょ?」
悠希の質問に暫し頭を悩ませる。
そして、その質問は彼女が自分に挨拶代わりに攻撃を仕掛けてきた時のものであると理解した。
「…政宗様が言っていたの。部下には毅然としていろって。家臣の前で、彼に頭を下げるわけにはいかないから」
それが理由よ、と彼女は笑った。
その心がけが現れているのか、彼女の表情は凛としていてどこか気品を漂わせている。
急に、紅が遠くなってしまったように感じた。
「そっか…。紅は当主様なんだっけ?」
「うん。信じられないけれど…なってしまった以上は、守ってみせる」
こんな若輩者の当主でも、彼らは当主と認めてくれた。
だからこそ、その期待を裏切らないようにしたいと思えるのだ。
「政宗様が教えてくれること…全てが出来るとは思わない。だからこそ、出来ることだけはちゃんとしたいの」
せめて、その背中に続くことを許されるように。
薄く微笑んだ彼女の表情は穏やかだ。
そんな彼女を見て、悠希は否応無しに距離を感じてしまう。
自分にとって、この半年は彼女が心配で心配で仕方がない期間だった。
恐らく、何かを案じると言う点に置いては紅も同じだっただろう。
己の身、環境、元の世界…全てを思い、そして悩んで不安だったに違いない。
けれども、彼女はそんな新しい環境の中でも、すでに自分の存在理由を持ち始めていた。
今まではずっと育ってきた世界に居た自分と、苛酷な環境を過ごした紅。
埋まらない距離が、二人の間に横たわっていた。
「…変わったね、紅は」
「………そうかな。…うん、そうかもしれない。変わろうと、目下努力中なんだし」
違う時代を生きていこうと思えば、やはりそこに合わせていかなければならない。
自分を見失ってまで生きていきたいとは思わないけれど、だからこそ。
見失わない為に、自分らしく在るために…変えられる所は、変えなければならないのだ。
「紅が紅じゃないみたい。だけど…うん。あんたが嬉しそうだから、応援してあげる」
変化を拒むなんて、親友として失格だと思う。
新しい世界に踏み出そうとして足踏みをするなら、それを止めるよりも背中を押してあげたい。
そうして、変わっていく相手を受け入れられて、はじめて親友と呼べるのだろう。
悠希の言葉に紅は嬉しそうに微笑んだ。
「所で、悠希はこれからどうするの?」
「んー…暫くは紅の世話になるつもり」
「…悠希…そんな、悪びれもなく…」
「私一人くらい平気でしょー?城主様なんだし」
先ほどまでの空気を一掃させ、その場に満ちているのは和気藹々としたそれ。
ケラケラと笑った悠希に対し、紅は思い出したように「そう言えば」と口を開く。
「この城、数日後にはなくなるから」
「へぇー………はい?」
「焼き払うつもり。もちろん、家臣を説得してからになるから…時間は掛かるかもしれないけれど」
「こんな綺麗な城を!?」
驚いたようにこちらを向く悠希。
そして、続いて紡がれるのは、この城がいかに歴史的にも美しいかと言う彼女の論述だった。
紅はそれを半分ほど聞いて半分ほど聞き流し、頃合を見て口を挟む。
「城なんか構えているから雪耶の軍は奥州の中でも独立してるのよ。邪魔になるなら排除するしかないわ」
「でも、そんなの…!同盟とか、色々あるでしょ?」
「奥州を分断させてまで同盟関係である必要はない。これから…日本は本格的な乱世に突入する。
国の中で諍いが起きれば、他所から攻められることになる―――これは、悠希の方がよくわかってるでしょ?」
歴史が得意分野であることくらいは、彼女の性別が女だということくらいに当たり前に覚えている。
だからこそ、紅は悠希にそう問いかけた。
そんな問いに対し、唇を尖らせつつも頷く悠希。
「あーあ…綺麗な城なのに…勿体無い。通りでこの城、歴史で覚えがないわけだわ」
「あぁ、そう言えば…建てられて、まだ一年と少しらしいしね」
こんなに短い期間で、しかも当主直々に焼き払ったとあれば、歴史に名を残していなくても無理はない。
戦の一つでも原因になっていたならば、その歴史の片隅にでも記載されていたかもしれないけれど。
「そもそも、私達の世界とこの世界って…繋がってるの?」
「分からない。でも、私の家の蔵で眠ってた刀が、伊達家に伝わる物と同じだったの。この間壊れたけど」
「…何かしらの原因があって、歴史が繋がっちゃったのかもね。うわ!ゲームみたいだ!!」
次第に別の所に興奮してくる彼女に、紅は思わず苦笑を漏らす。
そして、ふと思考の世界へと片足を踏み込ませた。
異世界トリップ―――何度か悠希の口から聞いた事はあれど、自分が体験するとは思わなかった。
それだけでも驚きなのに、この世界は自分が生きていた時代の過去かもしれないという仮説が立っている。
半ば信じがたいことだけれど、今までの疑問点を解決できるのはその説だけ。
「何か…夢を見てるみたい…」
思わず呟いた声に答えるように、夜空の星がきらりと瞬いた。
07.06.17