廻れ、

- 廻 れ 、 廻 れ 。  時 空 よ 、 廻 れ -

-- 057 --

悠希との再会を果たしたのは、まだ日も暮れない頃だった。
そうして、暫くは状況整理と軽い雑談に花を咲かせ、夕日も沈んだ頃。
これでもかと用意された徳利を見て、紅は思わず苦笑いを浮かべてしまった。

「飲むなよ?話が進まねぇからな」
「飲みませんよ。元々お酒は好きじゃないんですから」

あの時は特別です、と僅かに頬を染めて口を尖らせた紅。
そんな彼女に、軽くからかいを含ませて声を掛けた政宗は、喉で笑って見せた。
肩を震わせる彼を見ながら自身の肩を竦め、近くにあった徳利と杯を引き寄せる。
そして、朱の乗った杯を彼に差し出せば、自分よりも一回り大きな手がそれを拾っていく。
その上に透明の酒を流し込めば、こちらが感心したくなるほどの良い飲みっぷりでそれを仰いだ。
普通20歳やそこらで酌の経験が豊富だと言う事は少ないだろう。
紅だって、父親や祖父の酌に付き合うことがなければこんな経験はしなかったと思う。
尤も、彼らの時には茶色い瓶から透明のグラスに黄金色の液体を注ぐ事が主で、こんな洒落た徳利ではなかったけれど。
当たり前のように世話役に回っている彼女を見て、その親友である悠希は少し軽い笑い声を零した。

「あんた、思った以上に板についてるわよ!」
「悠希…もう酔ってるの?」

キャラキャラ、と言うほどではないけれど、その笑い声は結構高めだ。
頭に響くようなものではないにせよ、普段のそれとは違う。
普段からよく笑う悠希だが、酒が入るといつもに輪をかけてそれが酷くなる―――所謂、笑い上戸と言う奴だ。
まぁ、意味もなく不安定に気分を落ち込ませて泣き出されるよりは随分マシ…だと思いたい。
彼女の足元に転がった徳利の数に、紅は思わず溜め息を吐き出した。

「…いい飲みっぷりだな。女にしとくのは勿体ねぇぜ?」
「飲み比べならやめた方がよろしいですよ。あの勢いで飲んでいると、すぐに潰れますから」

なるほど、酒に強いと言うわけではないらしい。
素晴らしい速度で杯を傾けているから、かなり自信があるのだろうと踏んだのだが…。
彼女は勢いで飲んで、後は潰れる体質なのだ。
落ち着いて時間をかけた場合には、潰れるまではいかない。
しかし、そう言った飲み方は性に合わないのだと言っていた。
二人とも、現代と言う時代で胸を張ってお酒を飲める年齢に達してから、もうすぐ一年になる。
何度目かの酒の席で、彼女がそう言っていたなぁと思い出して、少しだけ懐かしくなった。
でも、この懐かしさはいつものように切ないものではない。
どこか心温まる…そう、優しい思い出を口にする時のような、そんな感覚だ。

「政宗様…米沢城ではないのですから、少しくらいは控えた方がよろしいかと…」
「酒の席で硬い事は無しだぜ、小十郎。お前も悠希に倣って飲んでみたらどうだ?」

グイッと杯を傾け、政宗は紅の向こうで酒を飲んでいる悠希を顎で指した。
小十郎も倣うようにそちらへと視線を向けてから、思わず苦笑いを浮かべる。

「紅ー?あんたもちょっとは飲みなさいよー!」
「飲まないんじゃなくて、飲めないのよ」
「あははははは!」
「…はいはい。楽しくて良かったわね」

意気揚々と絡んでくる彼女をやんわりと受け流す紅。
そうされている事にも気付いていないのか、悠希は再び楽しげに笑う。
酒が入ると人間が変わると言うが…その典型的なタイプなのかもしれない。
まるで妹が姉に甘えるように、紅に抱きついていく悠希を見て、二人は苦笑した。

「あれは…羽目を外しすぎではないかと」
「…ま、あれは特例だな」

そう言って肩を竦め、政宗は部屋の片隅へと視線を動かす。
そこには、先ほどからピクリとも動いていない氷景の姿があった。

「氷景。お前も飲んだらどうだ?」
「いや、俺はいい」

その答えに政宗と小十郎は顔を見合わせる。
今まで何度かこうして酒の席に彼を招いたが、断られる事はなかった。
自分と同じ量以上に飲んでも、まるで水でも飲んでいるかのようにケロッとしていた彼だ。
酒に弱い紅とは、断る理由が違うだろう。

「氷景、飲んでもいいのよ?私は飲んでないんだし、この城に敵襲なんてまずないから」
「いや…今日はそう言う気分じゃないんだ」

悪い、と勧めてくれた事を断るのに対して、そう謝罪の言葉を述べる。
そんな返事に苦笑を浮かべつつ、気にしていないのだと示すように首を振る紅。
しな垂れかかってきた悠希を受け止めかねつつも、その手が伸びていく方向の徳利をそっと脇へ押しのけた。
これ以上酔われては困る。
その紅の動作に気付けないほどに酔っているらしい悠希は、そのまま猫のように紅に擦り寄った。
普段の言動からは考えられないような、甘えた仕草に紅の苦笑いは深まる。

「あーあ…まったく…」

そう言いつつも紅の表情は穏やかだ。
悠希の頬に張り付いた髪を払いのけてやり、彼女に手を貸す。

「ほら、縁側で涼もう?」

酔いが醒めるかもしれないから、と彼女の手を引いてやるのだが、一向に動こうとはしない。
そんな二人の様子を見ている男性陣の眼差しはそれぞれだ。
楽しげに杯に唇を寄せつつ見ている者、冷静に目線だけをくれる者、手を貸そうかどうしようかと悩んでいる様子の者…。
どれが誰、と説明する必要はないだろう。
不意に、悠希の腕が紅の首にギュッと絡みつく。
その力は思ったよりも強く、本当に酔っているのだろうかと言う疑問を紅に抱かせた。

「ホントに…心配したんだからね…」

顔を俯けている所為か、その声はどこか篭っていて聞こえにくい。
おまけにそう大きくもない声だった所為で、下手をすれば一番近い紅の耳に届くのも危うかった。
だが、ちゃんと届いた。

「悠希…」
「あんな電話の切り方して…心配したんだから…」
「…ごめん…」

悠希の腕が震えていることに気付く。
紅は静かに表情を落とし、気がつけば唇がそんな言葉を落としていた。
いつもは迷いも心配も何もないと言った強気で明るい態度を崩さない彼女。
そんな彼女を弱らせている原因が自分だと思うと、どうにも遣る瀬無い。

「ごめん…ごめんね、悠希…」

そう言って、紅は彼女の背中を抱きしめた。













それから程なくして、悠希は電池が切れたみたいにコトンと眠りに落ちてしまう。
すでに慣れていた紅は動じる事無く彼女の頭を膝に移動させ、手の届く範囲を整頓した。

「…依存しすぎじゃねぇのか?」

不意に、政宗がそう問いかける。
悠希が放り出していた杯を手に持ったまま、紅は彼の方を見た。
そこにからかいの意思がない事を悟ると、薄く笑みを浮かべて答える。

「そう…かもしれませんね。何しろ、悠希には姉以外の家族が居ませんから…」
「親はどうした?」
「事故で、突然に…」

覚悟も何も出来きなかった、紅はそう説明した。
病で喪うのと、事故で喪うのと…どちらの方が辛いなんて、順序をつけるつもりはない。
しかし、後者は覚悟も何も出来ないままに、突然に昨日まで居た人が居なくなってしまうのだ。
だからと言うわけではないけれど…悠希の悲しみは深かった。

「親の残した遺産で、二人とも生きてゆけるだけのお金は十分にあるんです。
でも、お姉さんはいつも働いてばかりで…よく、私の実家に泊まりに来ていたんですよ」

それが寂しくて、でも寂しいとは言えなくて。
静かな部屋に独りでいることが耐えられずに、ゲームの世界へと逃げたのだ。
あれの最中だけは、現実を忘れる事ができるから…と。

「悠希は私に依存していると思います。でも、私も同じなんですよ」

かちゃん、と杯を重ね、紅はそう言って少しだけ困ったような笑みにそれを変化させる。

「私の家は本当に厳しい家で、ご存知の通り鍛える事ばかりを頑張っていました」

それが嫌だったわけではない。
家の中でじっとしてるよりはずっと性に合っていたし、成果が見えれば素直に喜んだ。
けれど、ほんの少しだけ…同じ年代の子達のようにしてみたいと思った時もある。

「彼女は、私に色々と教えてくれました。だから、私も大好きなんです」

いつもは口に出したりしないんですけれどね、と悪戯に笑う。
相手が寝ているから言える言葉なのだろう。
面と向かって言うのは酷く今更で、やはり照れと言うものに邪魔されて中々出来ない。
酔った勢いで…ならば何とかなるかもしれないが、伝える前に紅の方が倒れるのが落ちだろう。

「会えてよかったな」

政宗の言葉に、紅は顔を上げて彼の方を見た。
それから、花開くような笑顔で「はい」と答える。

07.06.15