廻れ、

- 廻 れ 、 廻 れ 。  時 空 よ 、 廻 れ -

-- 054 --

最終的に、政宗と小十郎の両名から賛成の声を貰った紅は、その日のうちに虎吉を走らせていた。
尤も、反対の声を上げたのは小十郎だけで、政宗の方は初めから彼女の好きにさせるつもりだったようだ。
家臣との顔合わせも含め、暫くは城に留まれば良いと言うありがたい言葉を受け、手早く準備を済ませて今に至る。
数日振りに主人を乗せて走ることが出来たからか、虎吉は始終ご機嫌だ。
人であったならば、鼻歌の一つでも聞かせてくれそうなほどに軽快な足取り。

「走るの好きだね…」

ポツリと呟いた言葉は、本人には届かなかったようだ。
届いた所でどうなるものでもないが。
不意に、紅は近づいてくる気配に気付いて顔を上げる。
木漏れ日が目を刺して、思わずそれを細めた。
それを遮るように現れた大きな影と、そこから分かれた小さな影。
秒を追うごとに、大きな方は小さく、そして小さな方は大きくなってくる。

「氷景?」

その影の人物に気付くと、紅は少しだけ虎吉の速度を落とした。
そうすれば、余裕で追いつくことの出来た彼が、紅の脇の木々の枝から枝へと飛ぶ。

「雪耶の家臣が妙な女を捕らえた」
「妙な女?」
「あぁ。俺も会って来たが…変な格好で変な事ばかり喋る煩い女だ」

変な格好で変な事ばかり。
よく分からないけれど、扱いかねる女性を捕らえてしまったらしい。
話を詳しく聞けば、その女性は当主に会わせろと言っているらしかった。

「よく、すぐに殺されなかったわね、その人」
「城門で、当主に会いたいと泣き叫ばれたらしい。何でも、近くの村人に案内してもらったらしくてな」
「あぁ、なるほど…。村人の手前、泣かせたままでは居られないわよね…」

苦労したんだろうなぁと思うと、何だか気の毒だ。
その光景を想像した紅は思わず苦笑を浮かべる。
氷景は虎吉の速度にあわせて木々を移動しながら、更に続けた。

「さっき城に戻って筆頭に報告した。姫さんも城にいると思ってたからな」
「あぁ、ごめん。政宗様は何て?」
「家臣の件もあるから、すぐに後を追うらしいぜ。ったく…仕事は溜まってるってのによ…」
「私にとってはありがたいわ。小十郎さんには苦労させてしまうけれど」

いっそ止まった方が親切なのかもしれない。
だが、彼が止まってくれと言ったわけでもないし、息が上がっているわけでもなければ頬が上気しているわけでもない。
自分と彼の関係を思えば止まってくれとは言えないのかもしれないけれど、彼にこの心配は不必要に思えた。

「筆頭はお前に甘すぎる」
「…きっと、私が不甲斐無いから心配なのよ」

当主の座に落ち着いた…いや、まだ落ち着いたとは言えない。
そんな自分を案じてくれているのだろう。
暗に彼ではなく自分が悪いのだと言う彼女に、氷景は肩を竦めた。
あれを甘いと言わずして、一体何を甘いと言えばいいと言うのか。
そう思ったけれど、あえて口には出さない。

「お。そうこうしている間に、追いついたみたいだな」

不意に、氷景が一度だけ後方を振り向き、そう言った。
その言葉に導かれるように彼女も振り向くが、見えたのは自分が虎吉を駆けて来た細い道とそれに迫る木々だけ。

「蹄の音が聞こえる」
「…獣並みの聴覚ね」
「今更だろ?」

彼はニッとその口角を持ち上げた。
そう、今更だ。
1里の距離の中に居れば、己が吹く笛の音を聞き分けてすぐに来てくれる。
紅が聞き取れない音を拾うことが出来ても、おかしいとは思わない。

「速いわね」
「あぁ。筆頭の馬は伊達軍最速だからな。最高の軍馬だ」
「へぇ…それ、初めて聞いたわ」
「そうか?尤も、虎吉だってそれに次ぐイイ馬だがな。―――見えてきたぞ」

そう言った氷景の声に反応して、紅はもう一度だけ振り向く。
見え…ないことはない。
真っ直ぐな道を走ってきたわけではないから、その姿は木々に隠されがちだ。
だが、蹄の音も紅の耳に届く距離になっているし、垣間見た青い外套も彼のものに他ならない。
それを確認すると、紅はすぐに虎吉の足を止めた。

「氷景は先に白凪城へ向かって。私と政宗様が行くことを伝えて欲しい。それから…その女性に乱暴はしないでと。私が会うから」
「承知」

そう答えると、彼はガサッと枝を蹴って姿を消した。
気配もすぐに感じ取る事が出来なくなる。
見送るにしても、一番初めに枝を蹴った時点ですでに彼の姿は見えていないのだから意味はない。
視線を向けることすらなく、紅は走りたいと訴えてくる虎吉を諌めて元来た道を振り向く。
蹄の音は、もうすぐそこまで来ている。
一番邪魔になっていた木の脇を通り抜けた事で、彼らの姿が露になった。
先ほど見えたのは青の外套だけだったのだが、やはりと言うか小十郎も一緒のようだ。

「紅!氷景は来たか?」
「はい。先ほど報告を受け、白凪城へと戻ってもらいました」
「OK。なら、さっさと行くぞ」
「…政宗様…米沢城はよろしいので?」

本人がここまで来てしまっているのに良いも悪いもないだろう。
そうは思うけれど、言わないわけにもいかない。
紅の問いかけに、彼は口角を持ち上げた。
そして、何も答える事無く馬を走らせる。

「…はぁ。小十郎さん、ご迷惑をかけて申し訳ありません」
「いえ。こうなった政宗様は梃子でも動きません。かくなる上は手早く済ませて城へお戻りいただくしか…」

首を振りながらそう答えた彼は、政宗に続くように馬の腹を蹴る。
彼の後を追って、紅もまた虎吉を走らせてその隣に並んだ。

「…また、口調が逆戻りですね」
「………雪耶家は伊達家に次ぐほどの良家。その当主とあれば、ご無礼は許されません」
「私は前のままでも良かったんですけれど…無理を言って困らせるのも嫌ですからね。小十郎さんにお任せします」

そう告げると、軽く虎吉の腹を蹴って速度を上げる。
そうして、小十郎を完全に追い抜いてしまってから、政宗の背中を見た。
追いつけないほどの速度ではないけれど、決して遅くはない。
ある程度の技術がなければついていけないと思しき速度を保つ彼に、そっと口角を持ち上げる。
少なくとも、そこに自分が居るからと言う手加減はない。
それが、素直に嬉しいのだ。
やはりついていくからには認めて欲しい。
己の実力を知った上で、認めて…そして、それを頼りにして欲しいと思う。
欲張りなのかもしれないけれど、紅はそう言う人間なのだ。
金も土地も要らない。
ただ、自分が向ける信頼の半分でも構わないから…それを返して欲しい。
それが、紅にとっては何よりも嬉しいものなのだ。

「紅!城はどっちだ?」

不意に、前に分岐地点があると悟った政宗が振り向いてそう声を上げた。
紅はそれに応じるように速度を上げて、彼よりも少し後ろへとつける。

「白凪城は右の道です。ここからは二・三箇所分岐があるようですから、気をつけてください」
「右だな。よく覚えていたな。氷景か?」
「はい。きっちり道順を教えてもらいました」
「なら安心だ。隣を走れるか?」

そう問いかけられ、紅はもちろんですと強く頷く。
それに対して彼はその口角を持ち上げて「OK」と答えた。
それから、こう続ける。

「頼りにしてるぜ」

その言葉だけで十分なのだと…彼は、知っているのだろうか。
絶妙な所で見える彼の信頼がどうしようもなく心地よいと思う。
はい、と先程よりも更に力強く頷いた彼女に、彼もまた満足げに微笑んだ。

07.06.10