廻れ、

- 廻 れ 、 廻 れ 。  時 空 よ 、 廻 れ -

-- 051 --

「受け取っていただけないならば…この刀には、存在する価値はありませぬな…」

その言葉に、紅は「え?」と顔を上げた。
そして、視界に映った南次郎の姿に目を見開く。
彼はどこから取り出したのか、大きな金槌を振りかぶっていた。

「な、何をするの!!」

思わず声を上げて、金槌が打ちつける予定であった場所から刀を救い出す。
振りかぶった分の勢いと、重力を味方につけたかなりの一撃。
素晴らしい勢いで振り下ろされた所を見ると、本気だったのだろう。
にも拘らず、振り下ろした金槌は畳みに打ち付けられる寸前でピタリと止まっていた。

「何とは?」
「叩き折るつもり!?」
「さよう。この刀の主はすでに決まっております。そのお方の手に渡らぬならば、この刀に存在する意味はござりませぬ」
「存在そのものに罪はない…そう言ったのはあなたでしょう!」

二本の刀を抱きしめたまま、紅はそう声を荒らげる。
あの時の彼の言葉、忘れていない。
沢山の血を吸った刀すらも、それが刀の運命であったのだと受け入れた事は、酷く衝撃的だったのだ。

「この刀を打ったのは某にござりますれば、悪しき者の手に渡らぬように処分するも某の務め」
「罪なき刀を破壊する意味が、どこにあるの!」
「某の刀は侍共より狙われるが常。殺人鬼となりうる者の手に渡るよりは破壊するが賢明でしょう」
「だから…っ!」

一向に会話が成り立っているように思えない。
その歯がゆさに紅が苛立ちを見せた頃、突如沈黙して事の成り行きを見守っていた政宗が笑い出した。
思わず毒気を抜かれて彼の方を見る紅に、彼は自身の口角を持ち上げて口を開く。

「なってやりゃいいじゃねぇか」
「…なる?」
「あぁ。お前が主と決まった刀だ。折られるのが惜しいなら、お前が受け取ればいい。それだけの話だろ?」
「別に惜しいわけではありませんが…」
「流石は伊達様。若くして城を治めるだけの事はございますな」

政宗の言葉に対し、紅と南次郎の声が重なる。
それぞれに言っている事は違っていて、片や否定的、片や肯定的だ。
しっかりと腕に抱いた刀を手放せない時点で、彼女が取るべき行動など決まっていると思う。
それなのに、あと一歩の所を踏み込めないのは何故なのか…政宗には、それが分からなかった。

「どの道、これを作った本人が壊すって言ってるんだ。受け取らないなら、お前にそれを止める権利はないだろ」
「それは…!……その通りですが…」

初めは強く、しかし後半部分はやや尻すぼみに、紅はそう答えた。
それから、己が腕に抱く刀を見下ろす。
すでに南次郎の方も金槌を放している所を見ると、もう大丈夫だと言う確信があるのだろう。
彼女はそれに気付いていないけれど。
暫くそれを見つめていた紅は、二本を畳の上へと戻した。
そして、その内の一本を手に取り、ゆっくりと時間をかけて鞘から抜き取る。
白銀の刀身に映る自分の目が、己を見つめ返してきた。
酷く困惑していて、それでいて刀の美しさに囚われている様な―――そんな、眼差し。
初めて持ったにも拘らず、それは前の刀と同じように酷く手に馴染んだ。
切っ先まで完全に抜き取ってしまうと、上に向けてみたり横に向けてみたりと少し動かす。
重さも丁度良い。
重量による攻撃力を求めるのは難しいだろうけれど、長時間の戦闘には適した重さだ。
持ってみて、改めて理解する。

―――この刀は、自分のために作られたものだ。

紅は静かに瞼を伏せた。
チン、と刀を鞘へと納め、彼に向き直る。

「…私には、何もお返しするものがありません」
「見返りを求めての事にはござりませぬ。ですが…何か、と…そう思っていただけるならば…」

そこで、彼は一旦口を噤む。
これを言ってしまっていいのだろうか、そんな考えが表情に見えていた。
言って構わない、そう促すような紅の視線を向けられ、彼は漸く口を開く。

「某の夢を、貴方様にお預けしとうございます」
「…夢…?」
「本当ならば、某が叶えたかった夢。ですが、老いた今ではそれも叶いますまい」
「…私に、出来ることならば」
「某には孫子がおります。出来るならば、あの者達が過ごす未来は、乱世とは無縁の平和な世であってほしい」

そう願っているのだと。
彼が静かにそう告げると、室内に沈黙が下りる。
紅は考えるように瞼を伏せ、指先で鞘を撫でた。

「………私には、それは出来ません」

彼女の口から零れたのは、否定のそれ。
片手でその二本の刀の鞘を取り、彼女は顔を上げた。
そして、横目で政宗の姿を捉えてから、視線を彼へと戻し、続ける。

「天下を治めるのは政宗様です。あなたの夢は、政宗様が叶えてくださるでしょう。
私は政宗様に天下を治めていただく為に、刀を振るいます。…それを許していただけるならば…」

紅はゆっくりと刀を持ち上げる。
鞘に付けられた紐が綺麗な曲線を描いて畳の上を流れた。

「この刀を、お受け取りしたいと思います」

そう言って柔らかく微笑む紅。
南次郎はそれに言葉を返さず、ただ低く頭を下げた。
















庭先に下りた紅は、静かに目を閉ざす。
彼女の前にあるのは、藁で出来た案山子だ。
誰の悪戯心が働いたのかは知らないが…右目に眼帯をした案山子。
初めて見た時には、思わずクスリと笑ってしまったものだ。
ふぅ、と息を吐き出した紅は、姿勢を低くして抜刀のそれを取る。
そして、一歩前へと踏み出すと同時に、左に提げた鞘から刀を抜き取り、右斜め上へと斬り上げる。
パサリと案山子の着ていた布一枚に斜めの切り傷が出来た。

「…間合いの違いを覚えるのが先…ね」

すっぱりと斬り落とすつもりはなかったにせよ、もう少し深く斬りこんだつもりだった。
傷一つない独眼案山子を前に、紅は抜き身の刀を様々な角度から振るう。
そんな光景を縁側から見ていたのは、先ほどの南次郎との遣り取りを知っている政宗だ。
暫くは彼女の鍛錬の様子を眺めていた彼だが、丁度通りかかった侍女に声を掛ける。

「小十郎を探して、俺の刀を持ってこさせろ」
「承知いたしました」

そう答えて頭を下げると、彼女はそそくさとその場を去っていく。
今の時間ならば小十郎が掴まり難いと言う事もなかろう。
そう長く待たずに済みそうだな、と思いながら、もう一度庭先に視線を戻す。
丁度、紅が右側に提げていた鞘から刀を抜き取った所だった。
そうして、先ほどと同じように何度か案山子を前にして刀を振るう。
どうやら、左右でも若干間合いに差が出るらしく、それを肌で覚えようとしているらしかった。
案山子の着物はすでにボロボロだ。

「紅」

少し小さかったかと思ったが、彼女には届いていたらしい。
案山子からこちらへと視線を向け、首を傾げる姿が目に映る。

「踏み出す足をもう半歩分だけ左に寄せてみろ」
「踏み出す足を…半歩…?」
「違う、逆だ。それじゃバランスが取れねぇだろうが。…そう、そっちだ。で、刀を振ってみな」
「……!」
「それをよく覚えとけ。左右の間合いが大体同じになっただろ」

彼の言葉通りに身体を動かしてみると、確かにその動かし易さに気付く。
右の刀と同じ深さに斬れた着物を見て、彼女は感心したように動かした足を見下ろした。
これだけの事で変わるとは…。
気を良くした紅が両の刀を交互に振るう様を見ていた政宗は、近づいてくる足音を聞いてそちらを振り向く。

「政宗様」
「おう。早かったな」

六本の刀を提げた小十郎に、政宗はそうして声を掛ける。
それから、彼の腕にあるうちの二本を受け取り、己の腰に挿した。

「紅!」

今度は強く名を呼ばれ、集中して小十郎が来ていた事にも気付いていなかった彼女は、やや驚きつつ振り向く。
放り出していた草鞋を履き、早々に自分の前へと歩いてくる政宗。
その動向を見守っていると、彼はやがて向かいに立ち、刀を構えた。

「かかって来な。俺が実施で鍛えてやるよ」
「…はい!」

一瞬何を言われたのか理解出来なかったらしいが、すぐに笑みを浮かべてそう答える。
そんな彼女に、彼はその口角を持ち上げた。

「いい返事だ。Come on!」

高らかな声に応えるように、紅は強く地面を蹴る。

07.05.25