廻れ、
- 廻 れ 、 廻 れ 。 時 空 よ 、 廻 れ -
-- 050 --
流石にあの動き辛いことこの上ない着物で城門に向かうわけには行かない。
一度宛がわれている部屋へと戻り、いつもの着物に着替えてから小十郎の案内の下、城門まで向かう。
「小十郎様、紅様!」
歩いてくる二人に気付いたのか、門兵がそう声を上げた。
そんな彼に薄く笑うと、紅は傍らに居た客と思しき人を捉える。
見覚えはあるのだけれど…と考えた所で、その人が紅に向けて微笑みかけた。
その、くしゃり、と形容できそうな皺を増やしての笑みに、彼女は「あ」と声を上げる。
「あなた、鍛冶屋の…」
「お久しゅうございます、雪耶様」
あの時は、お世辞にも綺麗とは言えない身形だったから、一目見ただけでは分からなかった。
まさかこんな場所で会う筈がない、と言う思い込みも手伝っていたのかもしれない。
彼の額には、あの時に巻かれていた手ぬぐいの存在はなく、中心から右眉の終わりへと大きな傷があった。
「先日はお世話になりました」
「いえいえ。雪耶様のお役に立てたこと、誇りに思います」
頭を下げた彼女に対し、彼はとんでもないと首を振る。
そんな二人に、その場に居た小十郎らが疑問符を浮かべた。
「紅殿。お知り合いか?」
「旅先で世話になりました、鍛冶屋の主人です。これを打った方ですよ」
紅はにこりと笑って、腰に挿していた関節剣を指差した。
あの日去った時と同じく、その腰に存在する剣に主人が目を細める。
「それにしても…このような所でお会いするとは思いませんでした。どうかされたのですか?」
「実は、雪耶様にお渡ししたい物があり、こうして馳せ参じましてございます」
「渡したい…もの?」
そう言って、紅が首を傾げた。
そんな彼女に頷くと、彼は背負っていた長い檜の箱を腕に持つ。
その場で開こうとした彼を止めたのは、紅ではなくその行動を見守っていた小十郎だった。
「紅殿。このような場所で立ち話は良くないかと…」
「あぁ、それもそうですね。一室お貸しいただけますか?」
「もちろんです。さぁ、こちらへ。門兵、政宗様に事の次第をお伝えしろ」
紅を促し、門兵にそう命じると彼は率先して歩き出す。
は!と元気よく答えた門兵のうち、一人がすぐさま駆けて行った。
命令通りに政宗の元へと向かったのだろう。
そうして一室へと案内されると、小十郎が下がる。
未だ不安が残ったのか、目配せしてきた彼に大丈夫だからと答えたのは他でもない紅自身だ。
「…よく、私がここの者だとお分かりになりましたね」
「貴方様の首飾りより推測いたしました」
「………なるほど。それならば、頷けない事もありません」
佐助ですら、一目見て奥州の物だと気付いたくらいだ。
普段から目利きも生業としている彼に、それを見ることくらいは簡単だっただろう。
これ一つで屋敷が建てられる、と言うのだから、そんな大層なものを持っていれば自然と身分も限られてくる。
消去法で進めていって、最終的にこの城へとたどり着いたと言う訳だ。
「鍛冶屋の方を空けて来て良かったのですか?」
「留守は息子に預けてまいりました。何も問題はござりませぬ」
「…そうですか。………ところで、随分と口調が変わっていますけれど…」
「雪耶家のご当主様とあらば、当然のこと。知らなかったとは言え、あの時のご無礼をどう詫びてよいかわかりませぬ」
そう言って深く頭を下げてしまう彼に、紅は焦ったように首を振って頭を上げさせる。
当主と言っても正式にそうなったわけではないのだし、自分には付け焼刃のような身分だ。
こうして頭を下げさせる価値があるとは、とても思えなかった。
「それより、先ほどの話に戻りましょう」
「は。雪耶様には、こちらをお納めしたく…」
言い終わるが早いか、彼は自身の脇に置いていた例の箱を前へと差し出す。
紫色の紐の結びを解き、その蓋を開く。
そこから出てきたのは―――
「…刀…?」
「小太刀にございます。雪耶様の刀は、随分年季が入っておりました故、そう長持ちせぬと思いまして…」
彼の言葉に、紅は無言のまま脇に置いた鞘入りの刀を引き寄せ、自身の前へと運ぶ。
そして、それを鞘から抜き取った。
僅か4寸ほどの所から切っ先を失った刃に、彼は目を見開く。
「すでに手遅れであったか…」
「つい先日、鍔迫り合いにて折れました。…直せますか?」
「…元より、この刀は歴史ある刀にございます。これ以上の負荷を与える事は、得策とは思えませぬが…」
それ以上は言葉を濁す彼に、彼女は「やはり」と若干肩を落とす。
覚悟はしていたけれど、その道の専門の人にそう言われれば現実味を帯びてくる。
政宗の前では前向きな返事を返したが、もう少しこの刀と共に戦いたかった事は事実だ。
表情に翳りを見せた彼女に、彼は小太刀を包んでいた布ごと箱から取り出す。
布に包まれていた所為か、一本だと思い込んでいたそれ。
しかし、パサリと深い紫色のそれを外すと、そこには二本の刀があった。
「この刀が折れたならば、是が非にでもお渡しせねばなりませぬ。関節剣は、貴方様の役には立てど、右腕にはなりますまい」
彼の言葉に紅は目を見開く。
関節剣を使いこなす事は出来ても、それだけで生きていくのは難しい。
あの僅かな間に、彼は自分の戦闘スタイルを読み、そして理解したと言うのか。
本当に侮れない人だ、と苦笑した。
「でも、これをいただくわけには―――」
その時、紅の言葉を遮るように足音が近づいてきた。
初めは遠かったそれはどんどん大きくなり、やがて襖の前にて止まる。
「紅、入るぞ」
「え?あ、はい」
気配で分かっていたが、何故彼がここに来るのか。
その疑問が紅の返事を遅くした。
すらっと開かれたそこから室内に入った彼、政宗は紅と彼女の客人を一瞥する。
鍛冶屋の主人も、城主を前に深々と頭を下げた。
「…小十郎から聞いて、まさかとは思ったが…。“刀狩りの南次郎”か?」
彼の額を目にした政宗がそう声を上げる。
紅はと言えば、聞いたことのない名に首を傾げるばかり。
「…久しく聞かぬ名にございます」
「だろうな。最近じゃ、どっかで野垂れ死んだって噂だ」
まさか生きてお目にかかるとはな、そう言って政宗はその口角を持ち上げる。
取って食う、と言うほどではないにせよ、確かな熱を感じさせる政宗の目にも、彼は怯まなかった。
「あの、“刀狩りの南次郎”とは?」
「名の知れた鍛冶屋の通り名だ。腕は天下一とも謳われるのに、気に入った奴にしか刀を打たねぇ。
おまけに、刀を渡しても、そいつが道に反すれば遠慮なく刀を奪い返す。故に“刀狩り”だ」
人伝に聞いた話だが、そう付け足しつつ、政宗は自身の口角を持ち上げる。
噂の人物に会えた事が嬉しいのか、はたまた別の理由があるのか。
紅にはそのどちらとも判断できなかったが、ただ政宗の気持ちが高揚していると言う事だけは分かった。
「数多の武士から刀を奪い返したと聞く。腕が立つんだろ?」
その言葉で、紅だけではなく彼もまた、政宗の思惑に気付く。
戸惑いを浮かべる紅に対し、彼は静かに首を振った。
「その名を聞いた事はあります。しかし、それはもう10年以上も前の事。
今となっては、貴方様をご満足させる腕は持ち合わせておりませぬ。期待を裏切るが関の山でございましょう」
やや残念そうな表情を作りながらそういった彼に、政宗は暫く彼を見つめてから「そのようだな」と呟く。
確かに、筋肉の衰えをありありと感じさせる風貌の彼の肉体に、噂に違わぬ実力を求めるのは無理そうだ。
「どんな奴も老いには勝てねぇ…か」
「さようにございます。今となっては、甲斐の国にて細々と鍛冶屋としての余生を送っております」
「そうか。んで、甲斐から遠路遥々これを届けに来たって訳か?」
ご苦労な事だな、と言いつつ政宗は紅の隣まで歩いてくる。
そして、そこに差し出されている二本の刀を見下ろした。
「甲斐に行ったのか?」
「…はい。信濃にて暫く腰を落ち着けていましたので、彼にはその折に世話になりました」
「ほぉ…。いいじゃねぇか。“刀狩りの南次郎”の刀と言えば、名高い武将が金を積んででも欲しがる代物だ」
「…それを聞いたからには、尚更いただけません。そんな大それたものを持つに値する人間ではありません」
瞼を伏せて首を振った彼女に、政宗は僅かに眉を寄せた。
しかし、無理強いするつもりはないのか、視線を鍛冶屋主人…南次郎へと移動させる。
「雪耶様。某は伊達様が仰ったように、自分が認めた者以外の為に刀を打った事はございませぬ」
「ですが…」
「どうか、受け取っていただけませぬか」
そう言って頭を下げられ、紅は困惑をその顔に浮かべた。
どれほどの価値のある刀なのかはわからないけれど、それに見合うだけのものを自分が持ち合わせているのか。
それが不安で、紅は返事をしかねていた。
長い沈黙を終えて、彼は渋々…と言った様子で自身の頭を持ち上げる。
そして―――
「受け取っていただけないならば…この刀には、存在する価値はありませぬな…」
07.05.23