廻れ、

- 廻 れ 、 廻 れ 。  時 空 よ 、 廻 れ -

-- 046 --

真っ直ぐに突き進んできた稲妻は狂う事無く秀成を捕らえた。
痺れが首まで来ていて、遥か後方へと吹き飛ばされた彼を追って顔を動かす事は出来ない。
しかし、先ほどまで彼がいた位置に入り込んだ人の姿は、しっかりと見ることが出来た。
その人は迷う事無く自分の方へと歩を進める。
彼を見上げようとして無理に動かした身体は、バランスを崩してその場に崩れた。
だが、地面に伏す前に前から伸ばされた腕によってその身体を支えられる。

「小十郎。動けねぇとは思うが、縛っとけよ」

数ヶ月ぶりの声が、鼓膜を震わせる。
その声に答えるように「は!」と言う小十郎の声が聞こえて、視界の端をその姿が通っていく。
痺れが回りつつある身体は不自由この上ない。
この腕に支えられていなければ、地面に倒れこむ事を防ぐ事すら間々ならないのだ。
自分の不甲斐無さに唇を噛み締める紅に気付いたのか、彼は腕を動かした。
そうして彼女を地面へと座らせると、己もその傍らに膝をつく。

「…少し痛むぞ」

そんな声が聞こえたかと思うと、肩の矢に手が伸ばされる。
躊躇いなく引き抜かれると同時に激痛が走った。

「―――ッ!!」

身体は動かないのに、痛覚を伝える神経は正常だなんて…。
なんて迷惑な薬だ、と心中で愚痴染みたことを吐く。
やがて波のような痛みが治まった所で、紅は漸く彼の顔を見上げる事に成功した。
彼、政宗の眉間には深々と皺が刻まれていて、自分を見下ろしている。
こんな時だというのに、その真っ直ぐな眼差しに心臓が跳ねた。

「…悪い」

何故、彼が謝るのか。
そう思うが理由を考える前に、彼女の思考は一時考えることを放棄する。

一言紡いでからは無言のままに彼女の襟元を寛げた彼は、躊躇いなく露になった肩に顔を埋めた。
その時点で、頭はすでに状況整理を投げ出してしまっている。
次いで傷口を強く吸われるのを感じ、紅は痛みに眉を寄せた。
一旦肩から唇を離すと、口内に溜まったそれを地面へと吐き出す。
赤が地面を染めるのを見届ける事無く、彼は再び傷に唇を寄せた。

「ま、政宗様…っ!平気ですから…っ」

恥ずかしいやら申し訳ないやら。
とにかく、どうしようもないほどに、この場から消えたくなった。
穴があったら入りたい、と言うのはこう言う状況なのだろうか。
制止の声は届いている筈なのに、吸い出しては吐き、と言った行動を繰り返す。
薬を抜くための応急処置だと分かっているけれど、どうしようもない羞恥心を抑える事は出来そうに無い。
漸く彼がそれをやめてくれた時には、心身共に全力疾走の後のように疲れ切っていた。

「紅様…!申し訳ありませんっ。私…」

政宗が離れたからだろう。
そんな声と共に、少女独特の少し高い声が近づいてくる。
薄く目を開けば、あの町で出会い、そして先ほど自分が庇った彼女が、心配そうに見下ろしているのが見えた。

「…無事、ね?」
「申し訳ありません。私が来なければ、こんな怪我…っ」
「大丈夫よ」

そう言って、紅はゆっくりと身体を起こす。
例えようもないほどに恥ずかしい思いをしたけれど、その価値はあったようだ。
まだ完全に痺れが抜けたわけではないけれど、動かせないほどに酷くはない。
被害の酷かった左手を握ったり開いたりしてから、次に右手を同様に動かしてみる。
それが終わってから、紅は再び少女に目を向けた。

「それより、あなたの事はあの人に頼んだ筈なのに、どうしてここに…」
「………」

言いにくいのだろう。
彼女はふっと目線を落とし、躊躇うように唇を閉ざす。
だが、怪我をさせてしまったという負い目がある所為か、ゆっくりと口を開いた。

「…その………夜のうちに…抜け出してきたんです」

躊躇いつつそう告げられ、紅はきょとんと目を瞬かせる。
また、見かけの儚さに似合わず思い切ったことをする子だ。
クスクスと苦笑に似た笑みを零すと、紅は彼女の目元に滲んでいた涙を指先で拭う。

「…夜の道を女一人で移動するのは危険だから、これからは絶対に駄目よ」

自分でさえ警戒するくらいだ。
丸腰の少女が村にたどり着けたのは奇跡に近い。
紅の心配していることを理解したのか、少女は俯きながらもコクリと頷いた。










「―――政宗様」

頃合を見計らっていたのだろう。
紅と少女の遣り取りが終わって一息つくと、小十郎が政宗にそう声を掛けた。
二人の会話を傍らで聞いていた彼は、自身の名を呼ばれてそちらを向く。
つられるように紅も目線を動かし、小十郎と、それから縛り上げられている秀成を見た。

「如何致しますか?」
「…とりあえず、城に連れ帰るか。聞く事は山積みだからな」

そう答えると、彼は静かに振り向いた。
その視界に映ったのは、すでに己の足で立ち上がり、そしていつの間にか剣を抜いた紅の姿。
彼女の様子に異変を感じた政宗は、軽く表情に険しさを乗せる。

「紅」

名を呼ばれても、彼女は一瞥すら寄越す事はなかった。
剣を提げたまま真っ直ぐに秀成の方へと歩く。
そして、その前に立ち、自身を捉える彼の目を冷たく見下ろしてから、剣を持つ腕を上げた。
持ち上げる速度とは打って変わり、勢いよく剣をその首目掛けて振り下ろす。

「紅!」

その声に反応したのか、初めからそうするつもりだったのか。
彼女の剣は秀成の首の皮一枚を切り裂いてピタリと止まる。
彼女にその意思がなければ、間違いなくこの剣は首と胴とを切断していた。
その身に纏う空気からそれを感じ取り、秀成は声すらも忘れて冷や汗を流す。

「…この勝負、私の勝ちです」

静かにそう紡ぐと、彼女は躊躇いなく剣を鞘に収める。

「………他人の力を借りて、一騎打ちに勝利したと戯言を抜かすか」
「初めに他人を巻き込んだあなたに、それを非難する権利があると?」

冷たくそう切り返すと、紅はその場に膝を着き、彼の腹に突き刺さったままの刀に手をかける。
そして、迷う事無くそれを引き抜いた。
肉が締まりつつあったのか、若干の抵抗と共にそれが切っ先まで露になる。

「その身はすでに罪に塗れていると理解してください。ここから先、あなたの命は政宗様に委ねられる」

傷口をせき止めていた物を抜いた所為で、新たな血が溢れ出す。
持っていた手拭いを裂いて簡単な止血を終えると、彼女は漸く彼から離れた。
そして、政宗の前まで歩くと膝を着いて深く頭を垂れる。

「ご迷惑をお掛け致しました」
「いや…。頭を上げろ」

彼の言葉に紅は下げた頭を上げる。
立て、と目で促されれば、それに従うように折った膝を伸ばす。
まだ痺れの残る身体は完全に思い通りには動いてくれず、やや鈍い反応に軽く眉を寄せた。

「お前にも聞きたい事はある。とりあえず、城に戻るんだが…」

そこまで言ってから、彼は少女の存在に目を向けた。
ここから村に一人で帰すわけにも行かないだろう。
その考えに気付いたのか、紅が一歩進み出た。

「私が彼女を乗せて―――」

紅の言葉を遮るように、政宗は指笛を吹く。
それに誘われるようにして二頭の馬が蹄を鳴らして駆け寄ってきた。
一頭は彼の、そしてもう一頭は紅の馬である虎吉だ。

「小十郎。先に待たせてある奴らと合流してろ。俺と紅はこいつを送り届けてから追う」
「お一人で大丈夫ですか?」
「そりゃ、こっちの台詞だぜ。かなりの深手を負ってはいるが…一人で平気か?」
「問題ありません」
「OK。暴れたら斬れ。躊躇う必要はねぇ」

紅はそんな彼らの遣り取りを横目に、少女を虎吉の背に乗せる手筈を整える。
頭の良い彼は紅の考えを理解し、乗り易い様にとその背を低くした。
やや梃子摺りながらも何とかその背に彼女を乗せると、紅も鐙に足を掛ける。
だが、背中から腹に回された腕によってその自由を奪われた。

「政宗様!?」
「落馬する気か、お前は。そんな身体で手綱を取れるわけないだろうが」
「いや、でも…!彼女を一人で乗せるわけには…」
「安心しろ。村からここまで乗ってきてるんだ。それに…そんなに速度は出さねぇよ」

一時虎吉の姿が見えなかったのは、その所為か。
戦闘に集中していたからいつ彼が村に戻ったのかは知らない。

「怪我人は怪我人らしく、大人しくしてろ」

無駄な足掻きの合間にひょいと馬に乗せられてしまえば、それ以上暴れる事はできない。
誰かの前に乗るなど、子供の時に父親に乗せてもらって以来の事。
無論、父親に乗せてもらう時とは訳が違い―――紅の心臓は、早鐘のように弾み続けた。

07.05.08