廻れ、

- 廻 れ 、 廻 れ 。  時 空 よ 、 廻 れ -

-- 042 --

疑問を感じる心は残っていたらしく、村人に危害を加えた者は居なかったようだ。
紅自身が一軒一軒回って確認したから、それに間違いはない。

「大事に至らなかった事は幸いだけど…」

村の中心部に無造作に置かれた岩の上に腰掛け、紅は膝に肘をついて額に手をやる。
これからを考えると、頭が痛い。
村人の不信感を拭い去るには、時間が必要だろう。
現に兵達が荷物を纏めている今も、彼らは遠巻きに家の中から顔を覗かせるだけだ。
そうしてぼんやりと過ごしていると、すでに用意を整えたらしい兵士が二人、彼女の元へと近づいてきた。

「結局、あんたは何者なんだ?」
「…もうふた月ほどしたら伊達軍に入る予定の女」

正式に伊達軍に入ったわけではないのだから、それが一番的確だろう。
質問してきた伊達兵は、彼女の返答に隣の男と顔を見合わせる。

「強いのか?」
「さぁ。基準がわからないから何とも」
「そんな細腕じゃあ、刀も持てそうにないけどな―――」

ヒュンと前を掠めた刃先に、男は思わず続きを飲み込んだ。
それを向けた彼女はにっこりと笑みを浮かべる。

「残念だけど、持てるわよ」

そう言ってから刀をクルリと回し、鞘に納める。
男は唾を飲んで、彼女をからかうのはやめようと誓う。
ただ単に向けられた刃に威圧されたのではない。
抜刀の一瞬が見えなかったのだ。

「私からも質問。あなた達、何でこんな馬鹿な勘違いをしたの?」

馬鹿な勘違い、と言うのは、乱捕りが政宗の命令であると認識していた事だろう。
勘違いかどうかを本人に問うたわけではないが、よくよく考えれば明らかだ。
自分達の知る筆頭と言う男は、天地がひっくり返ろうともそんな事を命令するような人間ではない。
それを忘れてしまっていたのは…恐らく、集団心理と言うものが働いたのだろう。
赤信号、皆で渡れば怖くない―――つまりは、そう言う事だ。
当たり前だった筈なのに、彼女の言葉で目が覚めたような気がした。

「東にある城の城主からの命令だったから…なぁ?」
「…疑わなかったわけね。まぁ、ある程度の畏怖の感情も働いたんでしょうけれど…やっぱり、馬鹿だわ」

初対面である彼らに対しても容赦ない。
彼らが気付けるはずも無いが、彼女は酷く不機嫌だった。
漸く気付いた彼らをこれ以上怒るつもりはない。
元々、怒るべきは自分ではなく、彼らの上である政宗だ。
それがわかっているからこそ、初めから怒りをぶつけたのではなく、気付かせた。
今はただ…これからを考えて頭の痛い思いをしているだけ。
頼まれてもいない尻拭いをしてやろうと言うのだから、少しくらい返事に棘があっても許してもらいたいものだ。

「あーもう、やだ。こんな事なら氷景をこっちに残しておけばよかった…」

気付いてからの彼らの動きは、政宗を筆頭と慕うに値する動きだった。
村人一人ずつに頭を下げ、手元にある食料を返す。
そんな彼らを見ていると、自分の中で燃え滾っていた怒りが消沈してしまった。
一度小さく萎んでしまったものをまた膨らませるのは、色々と面倒だ。
村に寄らずに諸悪の根源を断った方が良かったのかもしれない。
今更言っても遅いけれど。

「氷景ってのは…筆頭に仕えてるあの忍か?」
「ええ、多分ね。あの忍よ」

指示語が同じものを指しているのかはわからないところだが…筆頭に仕える氷景と言う忍と言えば一人だろう。
投げやりな返事を返す彼女に、男達はまた顔を見合わせた。
先ほどから何度かこの遣り取りを見ているが、その意味は知らないし、聞くつもりもない。

「…いい兵士達ね」

一見近寄りがたい身形の彼らだが、意外と視野が広い。
派手なのは見た目だけで、中身は存分に政宗の思考に沿っているようだ。
道行くご老人を手助けする鉢金を斜めに巻いた男を見ながら、紅はポツリと呟いた。

「当然だろ!俺達は筆頭率いる伊達軍だぜ?」
「…その政宗様の名誉をこの上なく傷つけるような事を仕出かしていたけれどね」
「…や、それは……あれだ…あー…うん」

一度は胸を張る彼も、紅の鋭い返答に思わずたじろぐ。
そんな彼を横目に、彼女は少し反動をつけて岩から立ち上がった。

「まぁ、気付かないよりは随分マシよ。この分なら、村人との和解も自分達だけで何とかなりそうね」
「お、おう。あんたにも迷惑かけたな」
「構わない―――と言いたい所だけど、二度目はないわよ」

チャキ、と彼女の刀の鯉口が鳴る。
一瞬のうちに鋭さを帯びたその眼に、彼らは身を硬くした。
二度目はない、つまり、次はこの刀が閃く事になる、と言う事。
あの頃は若かったから…なんて笑い話では済まされない。

「ど、どこに行くんだ?」
「その雪耶って男の所。原因を断たないと、結局は同じことの繰り返しでしょう」
「止めとけ!雪耶様は女にだって容赦ない人間だ!命まで取られるぞ!」
「もとより承知。こう言う時に懸けられない命ならば、私には必要ないわ」

こう何度も止められれば、紅とてその男の実力がまがい物ではない事くらい理解している。
けれど、引けないのだ。
怒りはすでに収まっているとはいえ、現状が変わったわけではない。
ただ、彼の支配下にあった村が一つ、戻っただけの事。
それ以上の変化を求めるには、相応の覚悟が必要だった。

「内乱になる前に、止めてみせる」

それが出来たならば、きっと自分は胸を張ってこれからを歩いてゆけるだろう。
その礎となれ、と言うわけではないが…折角だ、踏み台にはさせてもらう。
現代では味わう事のできない、命を懸けた緊張感。
一瞬でも悪くはないと思ってしまった自分に、改めて変わった性格だと認識する。
もしかすると、自分は来るべくしてこの世界に来たのかもしれない。
そう思えるほどに。

「本当に、やめた方がいい!」
「ってか、伊達の戦姫をおちおち死なせた日にゃ、筆頭に顔向けできねぇ!」
「…伊達の戦姫って…こんな所まで届いているの…?」

ここは奥州の端の村で、政宗の居城であり紅が世話になっていた米沢城からはかなり距離がある。
こんな所までその名前が知れ渡っているのか…と紅はやや呆れた風に溜め息を吐いた。
二つ名と言うのは自ら望んだものである事は、多くはない。
現に、彼女はいつの間にかついていた「伊達の戦姫」と言うそれを背負う事になってしまった。
姫ではない、といくら反論しようが、こんな所まで届いているのでは時間と労力の無駄だろう。
人の口に戸は立てられず、と言うが、まさにその通りだと思う。
このまま定着してしまいそうだ。

「戦に出た事もないのに『戦姫』なんて…ねぇ」

どこかおかしいだろう、と思うのは山々だ。
しかし、そう言った一種の神がかり的なものに縋りたくなるほどに、現状は良くないのかもしれない。
その噂が自分達を勝利へと導くような…そんな確証もない願いと共に、口から口へと伝えられているのだろうか。
一番初めに誰が言い出したかなど知らないはずの紅だが、何となく、気付いている。
尤も、彼女が奥州で会った人といえば本当に限られているのだから、それも無理はなかった。

「それじゃ、これ以上筆頭の名に泥を塗らないように頑張って和解してね」
「…あぁ」
「所で、城まではどうやって行けばいいの?誰か知ってる?」

迷っている時間が惜しいので、出来れば聞いておきたいところだ。
その質問に、その場に居た彼らは顔を見合わせた。
アイコンタクト、とでも言うのだろうか。
目と目での会話を済ませた彼らはどちらともなく頷き、そして彼女に向き直る。

「城主の雪耶様なら、明日この村に来る事になってる」
「そうなの?」
「あぁ、三日おきに村に来て、筆頭からの命令を伝えてたから…多分、間違いない」
「城主自らご苦労な事ね…。でも、それなら丁度いいわ」

そう言うと、紅は着物のあわせから地図を取り出そうと手を差し込む。
そこで、指先に当たる別の布の感触から思い出した。
取り出したのは緋色の布で作られた匂い袋。
あの少女から渡されたものだ。

「適当に時間を潰して、明日出発する事にするわ」

未だにその場に止まっていた伊達兵にそう声を掛けると、紅は巾着型になっているその紐を指先で引っ掛ける。
そして、目に付いた家へと歩いていった。


少女との約束が果たせたのは、三つ目の家を訪れた時である。
娘の無事を喜び涙を流す母親に、是非と重ねられ、一晩その家で宿を借りる事となった。

07.04.27